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琴子の捜査一課のデスクには、ある事件の調書がしまってある。


1998年10月23日18時10分、松が岬市あやめ通り一丁目、三ツ橋公園の東側道路で、木下初枝(62歳)が倒れているのが発見された。 

第一発見者である近所に住む河田セイの通報によって松が岬市立病院に運ばれたが、頭蓋骨骨折、脳挫傷により、同日19時21分死亡が確認された。 

現場の状況から、何らかの原因で後方に倒れた初枝が、コンクリート製の縁石に後頭部を強打したことが原因と見られた。 

一緒にいた孫の木下琴子は四歳であり、発見当初から翌日にかけて精神混濁が見られ、当時の記憶の曖昧さに加えて、「デビルマンがつかんで投げた」と、幼児特有の空想も顕著に見られ、聴取は困難を極めた。 

翌日、第一発見者でもあるセイの目撃情報から、初枝が何かの拍子で足をとられ、自ら転倒したことが明らかになった。セイは初枝の近所で幼なじみであり、多少の健忘は見られるものの認知症とのまではいかず、思考及び言動はクリアであるとの主治医の意見書も提出され、その証言は信用に足るとの判断がなされ、現場の状況からも矛盾する点は見受けられなかったため、同月30日、事故として送検された。 


もちろん原本ではなくコピーだが、それでも琴子はこの紙を読むたび、破り捨てたくなる。


辛うじてそれが形を保っているのは、この調書を根本から書き直してくれた人物がいるからである。 


あれは四歳の秋だった。


あの日は写真屋からの帰りだった。

三歳のときに交通事故にあった琴子は、七五三の写真を撮れなかった。

代わりに四歳の秋に家族写真をとろうということになった。


母親が仕事だったため、近所にある写真屋での衣装合わせには、祖母である初枝と一緒に行った。 


生まれて初めて袖を通す着物の艶やかさ、華やかさに、琴子はずいぶんはしゃいだのを覚えている。

鞠や梅や菊が色とりどりに刺繍された鮮やかな赤い着物も、えんじ色の帯締が映える金色の帯も、飾っておきたいほど雅で美しい草履も、すべて気に入ったが、一際琴子の心をときめかせたのは、かんざしだった。


とんぼ玉が先についた、玉かんざし。

淡い桃色の花は、大小二つ入っていて、まわりには鮮やかな青と赤のグラデーョンの中に、金粉が散っている。 


それはどちらかと言えば四歳がつけるのには少し大人っぽい品物であった。

作りも、頭皮に触れる部分が樹脂でできている子供用のかんざしとは違い、固い金属でできた一本差しであった。


先も尖って頑丈なため、遊んでいて転んだりして、どこかに刺さると怪我をするよ、目に刺さったら失明するし、首に刺さったら死んでしまうかもしれないよと、着物屋の主人に散々脅されても、それがいいと利かなかった。 


みかねた初枝が買い取り、やっと帰路についたのだった。 


そこからの記憶はあいまいだが、六時を告げる鐘の音が、市立公園から聞こえてきたのは覚えている。 


遠き山に陽は落ちて。 


続くのは断片的なシーン。

台詞も音もない写真のような細切れの記憶。 


鷲掴みにされて乱れていく髪の毛と、殴られて顔に広がる鼻血の赤色、辺りに漂う尿臭、そして笑うように歪むドクロのマーク。 



次に続く記憶は、病院で初枝に泣きすがる両親と兄の姿。

白い布がかけられた祖母の顔は、何だか他人みたいで、どうしても優しかった初枝に思えなかった。 


お巡りさんに話を聞かれた覚えは、ほとんどない。

河田セイという目撃者が現れたからだ。 


事件は、彼女の証言により、事故として送検された。 

無論、初枝の親友であったセイに悪意はない。

初枝はもう戻ってこない。それならば遺された家族に、特におばあちゃん子であった琴子には、初枝が殺された事実を背負って生きていってほしくない。何より彼女が望んでいまい。 


これは初枝という人物をよく知る親友だからこそついた、70年の人生で最も辛い嘘であった。 


だが、徐々に琴子に異変が現れた。

 

暴力的に遊ぶことが増え、大好きだったドラえもんの人形はたちまちボロボロになった。


テレビを見ていても急に叫んだり、泣き出す日もあったし、大好きだったアニメも見なくなり、夜中に起きては泣き叫び、小児科からは夜驚症と診断された。

月に一度、家族で訪れるのを楽しみにしていたファミレスでも、なぜか突然暴れだすようになった。 



気づいたのは母だった。 


舐めると色が変わるお化けキャンディのCM、ファミレスメニューに辛さ表示で使われているマーク、そして好きだったアニメ、デビルマン。どれもドクロが使われていた。 


「だって、デビルマンがおばあちゃんにひどいことをしたんだもん。服にあのマークがついてたもん」 


脈絡のない琴子の話を一生懸命聞いた母は、初枝の死が殺人であることを悟った。 


すぐさま琴子をつれて松が岬署を訪ねると、細切れの記憶から何とか見いだした事件のあらましを説明した。

ドラえもんの人形を持参して、あの日の再現をしていた、琴子の暴力的な遊びも実演させた。 

ビンタされ、床に転がされたドラえもんを見て、刑事たちは苦笑し母を宥めた。 


「子供はいろんな影響を受け、記憶を改竄してしまいますからね」

「遺体に不自然な点は見受けられなかったですよ」 

「目撃者のセイさんが嘘をついているようには思えないし」

 

そんな言葉を投げ掛けられながら、母が必死で訴えている間、琴子は廊下に座って、女性署員とココアを飲んでいた。 


「ねえ、ここはお巡りさんがいるところじゃないの?」 

「そうね、みんな警察官よ」

「じゃあなんでやっつけてくれないの?デビルマン」 

「うーん」 

「誰にも内緒にしてくれる?」 

「いいよ、何?」 

「琴子、戦ったんだよ。これで刺したの。デビルマンの手を」 

「おい」 



低い声に驚いて見上げると、影法師のような背の高い男が立っていた。


肩につくほどのボサボサの髪の毛は一見浮浪者のように見えるが、スーツを着ているため、辛うじて社会人だと認識できる程度だ。 


色黒の痩せた肌に、愛想とは程遠い冷たく細い目、通った鼻筋の上に刻まれた深い眉間の皺。 



「お嬢ちゃん、詳しく話を聞かせてくれ」 


かんざしを握った琴子の手を、大きな両手が包む。それが思いの外温かくて、琴子は思わず唾を飲んだ。 



これが青柳刑事こと、捜査一課長、青柳孝之介との出会いだった。

ビンタされ、床に転がされたドラえもんを見て、刑事たちは苦笑し母を宥めた。 


「子供はいろんな影響を受け、記憶を改竄してしまいますからね」

「遺体に不自然な点は見受けられなかったですよ」 

「目撃者のセイさんが嘘をついているようには思えないし」

 

そんな言葉を投げ掛けられながら、母が必死で訴えている間、琴子は廊下に座って、女性署員とココアを飲んでいた。 


「ねえ、ここはお巡りさんがいるところじゃないの?」 

「そうね、みんな警察官よ」

「じゃあなんでやっつけてくれないの?デビルマン」 

「うーん」 

「誰にも内緒にしてくれる?」 

「いいよ、何?」 

「琴子、戦ったんだよ。これで刺したの。デビルマンの手を」 

「おい」 



低い声に驚いて見上げると、影法師のような背の高い男が立っていた。


肩につくほどのボサボサの髪の毛は一見浮浪者のように見えるが、スーツを着ているため、辛うじて社会人だと認識できる程度だ。 


色黒の痩せた肌に、愛想とは程遠い冷たく細い目、通った鼻筋の上に刻まれた深い眉間の皺。 


「お嬢ちゃん、詳しく話を聞かせてくれ」 

かんざしを握った琴子の手を、大きな両手が包む。それが思いの外温かくて、琴子は思わず唾を飲んだ。 


これが青柳刑事こと、捜査一課長、青柳孝之介との出会いだった。



刑事になった今ならわかる。四歳の子供が話す記憶の信憑性の低さを。 


だが青柳刑事はドラえもんを使った暴行の再現をビデオカメラで録画し、ときには絵を描かせ、ときには選択肢を与え、熱心に話を聞いてくれた。

 

絶えず漂うタバコの煙と、それを咥える乾いた唇、細く長い薬指に光る傷だらけの指輪を見ながら、琴子は、青柳の取り調べを“魔法みたい”だと思った。 


最後にかんざしの話をし終えたあと、琴子はそれを青柳に渡した。


ドラえもんが腕の中で笑っている。

 

「ねえ、タイムマシン頼んで」 

「タイムマシン?」 

「時間が戻ったら、今度こそそれで、デビルマンを殺してやりたい」


青柳は目を細め、タバコの火を灰皿に押し付けながら言った。


「お嬢ちゃん。君の口から出る言葉のすべてには魂がこもっている。言霊というやつだ。

言霊は巡りめぐって自分に返ってくる。そんな言葉、口にしちゃダメだ」 


俯く琴子の頭を、煙草の匂いがする手が包み込んだ。 


「確かにデビルマンは、君からお婆ちゃんとの時間を奪った憎い奴かもしれない。

でもそいつを憎み続けるってことは、お嬢ちゃんの 大事な時間を、そいつに捧げてるってことだ。わかるか」

意味がわからず首を振る。 


「お婆ちゃんの写真と一緒にお茶を飲む。

お婆ちゃんが教えてくれた通りにやってみる。

お婆ちゃんが誉めてくれたことをもっと頑張る。それも立派な君とお婆ちゃんとの時間だ」 


琴子は目の前にいる強面の男の目に、確かに光るものを見た。 


「これ以上、犯人に、二人の大事な時間を盗られるな」 

堪らなくなって母が顔を覆う。 


「お嬢ちゃんの怒りも悲しみも、今ここで、全部俺がもらっていく」


ゆっくり頷いた琴子を覗きこんで続ける。 


「“先取り約束機”って知ってるか?」 

「知らない」 

「ドラえもんの道具だ。約束しておけば必ず未来はそうなる。しかし約束は必ず守らなくてはいけない」 

青柳の目が、真っ直ぐに琴子の目を見る 


「事件を解決して、このかんざしを必ずお嬢ちゃんに返す。確かに約束したぞ」 

頷く琴子の頭をぐしゃぐしゃに撫で、青柳は初めて笑顔を見せた。


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