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「メリークリスマス」
防寒着をしっかりと着込んだこいつは、紙袋をずいっと掲げた。
「…はい?」
いきなり突撃してきてなんなんだ。
私はすっとんきょうな声をあげて、突然の来訪者をお迎えした。
時は、ちょっと前に遡る。
今日はメリークリスマスなるものらしい。
その日、私はちょうど休暇日だった。
冬休みではないけど、私たち社会人も、ちょっとした休みくらいはもらっている。が。
「…暇だ。」
1人ごちた。
こんなものなら、いっそ職場に駆り出された方がましだろう。
しかしまぁ、うちには丁度いい湯たんぽが一匹いる。
あたりが薄暗くなってきたので、カーテンを閉めて、寒くなってきたのでこたつをつけて。
何にもすることがねぇと思いながら、こたつに足を突っ込み、ぬっくぬっくと飼い猫のきなであたたまってた。
リア充はどーせ「カレピッピ」とか言って遊んでんだろーな。
社会人の仲間入りしてから、色恋なんてものはしてなかった。仕事一心で生きてきたわたしにとって、どうでもいい行事の一つだった。
おかげで、私の彼氏いない歴イコール年齢と同じである。
昔はお母さんとかお父さんと一緒に、クリスマスケーキを食べて、プレゼントをもらってた。
その時にもらったぬいぐるみは、今はインテリアとして飾っている。
あぁ、あの頃に戻りたいな。
んなこと思いながらきなをもふる。のも一瞬。
「んに”ゃ」
どうやら嫌なところをもふってしまったらしい。
もふっていた腕を蹴りあげ、きなは走り去って行った。
じんじん痛む腕をさすりながら、その背中を見送った。
ちょっと寂しい気持ちになったとき。
ピンポーンとチャイムが鳴る。
ん?宅配便か?と思ったけど、ここ最近ネットショッピングなんかしてないことに気づく。
心当たりがないけど、きなが出てこないようにドアを閉めて、とりあえず出てみる。
出てみて…さっきの出来事が起きたのである。
「あい!?なんでここにいんの!?」
久しぶりなんて言葉は宇宙の彼方に消えてった。そんくらい、びっくりしている。
あい…愛衣は、高校・大学時代の友人だった。
正確に言うと、高校2年の時にこいつが転校してきて、そっから仲良くなった。大学も一緒だった。
だけど、わたしと愛衣は学科が違った。就職先も違うから、だんだん疎遠になって行った。
連絡先も交換してはいるけど、電話はおろか、メッセージすらしていなかった。
その愛衣が、ここにいる。
「…」
俯いてて、表情は読み取れない。ぎゅっと紙袋を持って、こちらに掲げたまま立ち尽くしている。
「いや、うん。受け取るけどさ…冷た!?」
細胞壊死でもしてんのかと言いたいほどに、彼女の手は冷たい。
氷みたいに冷たくて小さい手から紙袋を受け取る。
「受け取っちゃったけど、これもらっていいやつであってる?」
「…」
無言だ。とりあえず肯定と受け取る。
「とりあえず、上がって」
このまま立ち話を続けていたら、いつか愛衣は氷になるだろう。
だんだんわたしも寒くなってきたので、家に上げることにした。
クリスマスなのに、と、何にも用事がないのに、わたしは心の中で悪態をついた。
リビング…と言っていいかわからない部屋に通すと、愛衣はそこに立ったままだった。
座っていいよ、と促すと、大人しくちょこんと座った。
なんか、むすっとしてる?
「ちょっと待って、今茶用意する」
「…」
黙ったままである。
(なんだこいつ)
心の中で悪態をついた。今で2回目。
確か、愛衣はお菓子の会社で働いているはず。
お菓子の会社って、年中忙しい気がすんだけどな。特にこんな、ケーキとか食べる日とかは。
キッチンに立って茶っ葉を探すが、ない。
(そりゃ誰も家来ないもん)
仕方ないとココアを淹れることにする。
「若葉」
わたしの名前をよんだ奴がいた。愛衣だった。
「どうした?」
振り向かず答える。
「ごめん」
泣きそうな声だった。
こんな声は初めて聞いた。いつもハキハキした声だったから。
なんでか、高校時代の景色が見えた気がした。
湯がはいったポットを置いた。
「すまん、茶葉ないわ。ココアでいい?」
今度は彼女の方へ振り向く。
コク、と彼女が少し頷くのを確認すると、キッチンに向き直った。
「どーぞ」
ことん、と愛衣の前にココアを置く。白い湯気が、もわぁんと上へ昇っていく。
「…うん」
掠れた声で相槌を打つと、愛衣はココアを飲んだ。
飲んだが…
ふと、大事だったことを思い直す。
「なぁ、熱いから気をつけ…」
言うのが遅かった注意をいい終わる前に、愛衣はココアを飲んで、そのままむせた。
「…げほっ、げほ、」
「大丈夫」
ぶんぶんと首を振る。
愛衣は猫舌だった。氷入れておけばよかったと、少し反省する。
「ごめ」
軽く謝罪をすると、愛衣は涙目になりながら、こくと相槌を打って、かほかほと咳をする。
気道に入ったんだろうか。痛いっつうか、独特な苦しさがあるよな。あれ。同情する。
「んで、なんで来たの?」
愛衣の咳が収まったのを確認して、私は話を切り出した。
また愛衣は俯く。やばいこといったのかな。
「いや、言いたくないなら別に…」
「…かれたの」
小さく言った。聞き取れない。何か涙声になっている気がする。
「なんて?」
もう一度聞いてみる。返答がない。
「…大丈」
「彼氏と別れたの!!」
今度は大きな声だった。びっくりして彼女を見ると、鼻をすすりながら泣いていた。
「あー…」
俯いたり涙声だったりした理由がわかった。
ひっくひっくと愛衣はしゃくりあげるので、思わず背中をさする。
「彼氏って、侑?」
「…うん」
嗚咽が大きくなった気がした。今言うことじゃなかったなと、私は自己反省しつつ、愛衣の背中をさすった。
「…大丈夫、ありがとう」
ココアの湯気は薄くなっていた。
「…彼氏と別れてからさ、どうしたらいいか分かんなくて」
「それで私が思い浮かんだん?」
「…うん、住んでる所は知ってたから…。ごめんね、都合よくてさ」
「いいけど、そーいう時は連絡よこせや」
「ごめん」
愛衣は、まだ涙が止まっていない。
「ちょっと、愚痴聞いてもらってもいい?」
うんと相槌を打つと、愛衣はぽつりぽつりと話し出した。
なんでここにきたのか。彼氏と…侑と何があったのかを。
ほんとはね、今日、彼氏と…侑くんと過ごすはずだったの。
手作りで、お菓子作って。
その、紙袋に入ってるやつね。
…ごめんって。なんか、パニクってて。
でさ、待ち合わせ場所で、それ持って、待ってたんだけど。
なんか、時間になっても…来ないの。侑くん。
それで、なんか心配になって、探しに行ったの。電話しても、繋がらないから。
で、10分くらいさがしてさ。10分だよ。寒い中。
で、あの大通り、あるじゃん。雪夢大通り。
あそこに…その、ラブホテル、あるでしょ…?
そこにさ…侑…くんと…
知らない女の人…いたんだ…
は…って、ほんとにそうだよ、あたしも、最初びっくりして。
侑くんじゃなくて、見間違いなのかなって思ったの。
だって、約束してさ。「待ってる」なんて言われたのに。ありえないって、思って。
でも、話しかけてみたの。
そしたら、急に、しどろもどろになって。
女の人、凄い目でこっち見てるの。怯えてる目、っていうかさ。
でさ、別れて…欲しい、って。
…勝手にさ、付き合って欲しいって言ったのは、侑くんの方なのに。
キスしたのも、そういうことしたのも…全部…侑くんの方からだったのにさ。
聖夜に、なにしてんの…?
なんで、浮気したのかなぁ。あたしが、悪かったのかなぁ。
なんでなの、なんで…
なんでなの…?
言い終わると、愛衣はまた嗚咽を漏らした。
「…辛かったな」
定番の言葉しか掛けれない自分を嫌う。
なんにもできないもどかしさで、爪が食い入るほどに手を握る。
高校2年生の時、侑は愛衣に告白した。
よりにもよって、文化祭の時だった。大勢の野次馬の中、断れるはずもなくて、愛衣はそのままOKした。
でも、ほんとに愛衣は幸せそうだった。誕生日の時、侑からもらったうさぎのスマホカバーを、大学でも大事につけていた。
誰も彼も、私も、彼女たちを祝福していたんだ。
だから奥底にしまったんだ。
このまま、幸せになってくれ。
私はそう願ったんだ。
のに。
幸せとはかけ離れた姿で、愛衣は泣いている。
頬がぴくぴく引き攣る。眉間にシワをつくった。
「でもさ、やっぱそうだよ…」
愛衣が話す。
「私、かわいくなかったもん。あたし、24だよ。もう振られても、おかしくなかった。あの人、多分あたしより年下で、かわいくてさ…」
「そうだな」
私が相槌を打つと、愛衣が固まる。
「あいつは、お前を振って正解だと思う」
その瞳から涙が溢れる前に、次の言葉を紡ぐ。
「だって、あいつとお前は釣り合わないよ。こんな可愛いくて一途なやつを振った馬鹿とは」
愛衣の髪に触れる。さらさらして手触りが良い。
愛衣はほんとに可愛かった。可愛くて、一途で、まぁ、馬鹿正直だった。
だから、私は愛衣を傷つけたくなかった。
だから、譲ったんだ。のに。
愛衣を見た。
雫が、綺麗な彼女の頬を伝っていた。
「お前は浮気相手の方が可愛いって言ったよな。女なんて化粧でいくらでも変わる。私はそいつの顔なんざ見てないけど、お前の方が可愛い」
「…」
愛衣の目には涙が溜まっていた。
「あと、あれだ、侑には感謝しなくちゃな」
また愛衣が固まる。
「私がクリぼっちじゃなくなった」
愛衣は固まったままだった。なんかまずいこと言ったかな、と思った。
「…愛衣」
「…はは、そっか」
愛衣は笑ってた。正確には、泣き笑いだった。
「そっかぁ、若葉も寂しかったんだねぇ」
「あ?」
どうやら変な形に誤解したようだ。訂正しようとすると、愛衣にそのまま抱擁された。
「愛衣?どうし_」
「…ううん、なんでも」
「んじゃこれ解けや」
「いーや」
「…あのなぁ」
別に辞めさせようとしたわけではないけど。
肩にぽつぽつと伝う雨が止まるまで、抱擁が解けるまで待っていた。
「ごめんね」
愛衣はもう冷めたココアを飲んでいた。
まだ哀しさがのこる顔をしていたけど、もう大丈夫そうだった。
「いいけど、今日仕事ないん?お菓子会社じゃないの?」
「お菓子会社っていっても、技術部だからね。製品開発とかはもう終わったかなー」
「へぇ…」
「1番大変なのは工場の人じゃないかな?クリスマスケーキとかいっぱい作るし」
「あーね、それで1番疲れそう」
「そうだね、でも若葉のほうが疲れそう」
「大丈夫だよ、一応公務員だから給料しっかりもらってるし」
「んだねー、じゃなくて。メンタルの方。大丈夫なの?」
「別に。ただクレームがうるさいから、新人ちゃんがすっごい辟易してる。私らにもSC来ないかな」
「わぁ、最悪」
そう言うやつと浮気は滅びればいいんだと、愛衣はいつのまにか来たきなを撫でていた。
「若葉ねこ飼ってたんだね。かわいいね、名前何?」
「きな。女の子。かわいい。宇宙一」
「ねこって人を親バカにするんだね」
「もう可哀想な女とは扱わないからな」
「あ、可哀想とは思ってくれたんだ?」
レスバして良く負けたことを思い出す。傷心の身でも、その力は健在だ。
「んで、もう遅いけどどうすんの?」
「あ、話変えた。今…8時!?やばっ、外暗い!」
教えてよーと、愛衣はスマホに文句を言っている。
「気づいてなかったんか」
「だって雑談タイムだったじゃん、ほぼ」
えへ、と言う。可愛い、と思う。
惜しい女を手放したな、と私は愛衣の元彼氏に自慢したくなった。
正直言って、この時間帯に返すのはどうかと思う。駅前の方はまだいいが、愛衣は女だ。夜道はあんまり安心できない。
うーんと唸ると、私は閃いた。
もちろん、それをよしとするかは彼女次第だが。
「なぁ、今日泊まってくか?」
「ねぇ、今日泊まっていい?」
愛衣は固まる。私も固まる。
数秒見つめあって、噴き出したのはわたしの方だった。
「ふはは、考えてること一緒じゃん」
「いいの?その、ご飯とかどうするの」
「私が作る。その代わりいつか奢れ」
ぽかんとした後、愛衣は笑った。
「んだよ」
「…ありがと」
愛衣はふにゃっと笑った。
「…はいはい」
キッチンに行こうとすると、愛衣に裾を引かれた。
「ねぇ、あたしも手伝う」
「包丁使うよ」
「別にいいよー」
「火使うよ」
「料理はできるよ」
「修学旅行で米焦がしたの誰だ」
「…できますから、野菜切るくらいは」
「…はいはい、じゃお願い」
「うん!」
愛衣と2人でキッチンに並ぶ。いつのまにか足元にきなが来ていたので、しっぽを踏まないように注意する。
私が愛衣に言うと、愛衣はちゃんとやってくれる。
代わりにきながにゃーと、返事をするように鳴いて、愛衣が笑う。
「こういうの、ふたりぼっちっていうのかな」
そうかもなと相槌を返すと、愛衣ははにかんだ。
コトコトと、鍋の音がする。
サクサクと、野菜を切る音がする。
こんな日があるって思ってなかった。クリスマス、1人で過ごすって思ってた。
「なぁ、愛衣」
「ん?」
愛衣は野菜を切る手を止める。
「ありがとな」
「…んふふ」
こちらこそ、と言って、愛衣はサクサクと、また野菜を切った。
間に合ってよかった。
愛衣のビジュアル
メリークリスマスから、お正月になるまであと6日ですねぇ。早い。
読んでくださりありがとうございます。
次回作が出ましたら、何卒。
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