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ドン、ドン、と力強い音が体育館に響き渡る。
時折リズムや拍が変化しながら激しくなっていく。いよいよクライマックスになりかけた時、バキっ、と間抜けな音を境に音は鳴り止む。
「あーあ…宮バチ折れちゃった…最後だったのに…」
宮バチとは、和太鼓を叩くときに使う基本的なバチだ。そのほかにも締バチや桶胴バチなどがあるがそれらに叩かれる締め太鼓や桶太鼓は大人数でリズムを合わせて叩くモノなのだ。
しかし和太鼓部、もとい和太鼓同好会は今年の春をもって私一人だけという。先輩はいつの間にか減ってゆき、新入部員も今年はゼロ。それでもこの場所を残してくれたお爺ちゃん顧問には感謝をせねば。
という事でいろんな種類の太鼓を叩いたって演奏としては成り立たない。何せ一人なのだから。今日も一人寂しく基本のリズムとなる宮太鼓を練習していたのだがついにバチが折れてしまった。
「あーあ…まあちょうど帰りの時間だし、買って帰るか。」
急いで片付け、古ぼけたジャージを羽織る。バチ袋を背負い近くの楽器店へ向かう。がらんがらん、と折れたバチどうしが擦れる音が後ろから聞こえてちょっとうるさい。
この辺は暴走族が多く、夜は絶えずバイクを吹かす音が聞こえる。耳を澄ますともう排気音が聞こえてきた。
「やば…早く買って帰ろ。」
空はもう暗く、春だというのに寒い日だ。急ぎ足で向かうと路地裏から短く叫び声が聞こえた気がした。
「えええ…人間?お化け?…行ってみるか。」
狭い路地裏を通り抜けると何かが目の前に見える。暗闇に目を凝らすと、そこには山積みになった黒い物体が目の前にあった。
「…うっそ。…」
その黒い物体は全て人間であり、極め付けにそれらが着ている服はいつも見る暴走族が着ている服だった。中にはよく見る金髪くんやら青髪くんが混ざって倒れていた。
「ええっと…取り敢えず大丈夫ですkうぇあ”あ”あ”!?!?」
ガッッッシャアアアアン!!!と鈍い音が響き渡る。ぶつけた頭や擦りむいた足は痛みの前に熱さが襲ってきた。
視界の端に銀髪が見えたかと思えばそれを確認する間なく遠くの黒い人のところへ向かう。何事?
「八戒!!千冬!!大丈夫か?!」
なんか西遊記の豚の名前と知り合いの名前が聞こえた気がする。豚かあ…今日は豚汁でもいいなあ。とんかつもありだなあ…じゃなくて、今自分は殴られて吹っ飛んだのか?こんなか弱い華奢な女の子を?
思いっきり壁にぶつかった影響か誰かの家の室外機はへこんでしまっているがそんなの関係ねえ。あでも買い替えないといけないのは申し訳ない。ところでうちの同好会の合言葉はやられたらやり返す。打ったら打ち返す。だ。今がそれの実行の時なのかもしれない。
仲間のところへ向かう銀髪にゆっくり、ゆっくりと気配を消して近づく。この怒り、とくと受け取りやがれ。
「おい!八戒!何があった?!あんなヒョロい男にやられてんじゃnっっっぶふっっ?!」
「ダァれが男か?!こっちゃあなんの関係もない女の子ばい!ぶっ殺すぞ!!」
太鼓のバチを振り下ろすのをイメージして思いっきり銀髪の頭をぶん殴り返す。ヒョロい呼ばわり、しかも男と間違われた。若干強く殴り過ぎたがまあ良しとしよう。
青髪は絶句し、千冬と呼ばれた金髪は驚いたようにこちらを見ていた。
「「「お、女?!?!?!」」」
「あ、ハモった。」
そんな事を言ってる場合じゃ無い。暴走族に喧嘩売ってしもた…え、私死ぬ???後ろの山積みの黒い人間たちも少しづつモゾモゾと動き始めた。…ゴキブリみてえだな。
とりま派手髪3人組が唖然としているうちに逃げよ。
踵を返し元いた道へ小走りで戻る。冷静になると殴られた頬がくそ痛え。あの銀髪め。乙女のお顔を傷物にしやがって。次見かけたら水鉄砲でカレーかけてやる。カレー臭と洗濯じゃ落ちないターメリックの色に苦しめ。ははははは。
この時私は、逃げるのに夢中で致命的な忘れ物に気づかなかったのであった。