帰る人も沢山居たけど、屋台エリアにもまだ多くの人が居た。
そんな中でも小谷くんは特に迷う様子も無くどんどん何処かへ向けて歩いて行く。
そして、
「いらっしゃい」
ある屋台の前で足を止めた小谷くんと私に店番をしているおじさんが笑顔で迎えてくれた。
その屋台は――花火が始まる直前に話したようなアクセサリーが売っているお店で、
「祭りの思い出が切ないものってのは、悲しいだろ? そんなの今日で忘れて、楽しい思い出に塗り替えた方がいい。好きなの選んでよ、俺が買うから」
繋いでいた手を離しながら、そんな言葉を掛けてくれた。
「え……で、でも……」
「遠慮すんなよ。俺、今日の祭り結構楽しかったから誘って貰えて良かったって思った。だから、これは今日のお礼って事」
正直、小谷くんからそんな事を言われるだなんて思いもしなかったから、驚きの方が大きい。
けど、純粋に嬉しい。
嬉し過ぎて、涙が出そうなくらい。
「……あの、それじゃあ、お願いがあるんだけど」
「何?」
「……あのね、出来れば、小谷くんに選んで欲しいの、私に、似合いそうな物を……」
きっと、彼からしたら私が自分で選ぶ方が良いのだと思うけど、私は他でも無い小谷くんに選んで貰いたかった。
「俺、こういうのよく分からねぇんだけど……」
「本当、何でもいいの! 小谷くんから見て、これだって思う物なら何でも…………駄目、かな?」
でも、無理強いするのは良くないよなと思い直した私は、
「ごめんね、やっぱり私が自分で――」
今のは無しと自分で選ぶ事を告げようと口を開くと、
「――分かった、俺が選ぶ。どんなの選んで文句言うなよな」
それを遮って屋台へ近付き、沢山並んだアクセサリーの中から私に似合う物を選んでくれた。
「これとか、良さそう」
そう言って私に見せてくれたのはピンクゴールドのチェーンにハート型の石とピンクのカラーストーンが付いている二連のブレスレット。
「可愛い!」
アクセサリーなんて滅多に付ける事はないけど、ファッションとして友達と出掛ける時に付ける用にイヤリングやネックレスはいくつか持っている。
けれど、ブレスレットは持っていなかったから、それを選んでくれた事も素直に嬉しいなと思った。
「じゃあ、これでいい?」
「うん! でも、本当に買ってもらっていいの?」
「良いって。すいません、これください」
「はいよ」
買ってもらうのは申し訳ない気持ちがあったけれど、小谷くんが良いと言っているので甘える事にした。
そして、
「ほら」
お金を払い、小さい紙袋に入れられたブレスレットを受け取った小谷くんは、それを私に手渡してくれた。
「ありがとう!」
「どういたしまして。それじゃあ、帰るか」
「うん」
こうして私たちは祭り会場を後にした。
その帰り道、
「あれ? 葉月ちゃん?」
聞き覚えのある声で名前を呼ばれた私がそちらへ視線を向けると、
「あ、関根さん。お疲れ様です!」
仕事終わりなのか、関根さんの姿がそこにあった。
「お祭りの帰りかな?」
「はい、そうなんです」
「……そちらは、もしかして、彼氏、かな?」
そして、小谷くんをチラ見した関根さんは彼との関係をそれとなく尋ねてきた。
「いえ! その、彼はそういうのとは違くて、友達なんです」
「……どーも」
「そっか、友達かぁ……」
私が小谷くんを『友達』と紹介すると、紹介された小谷くんは一言挨拶をしてから関根さんに会釈してくれる。
関根さんも私の説明に納得してくれた様子だったけれど、何ていうか、男女で一緒に歩いていると、やっぱり『恋人同士』に見えるのかなと思った。
「――引き止めてごめんね、気を付けて帰ってね」
「はい、ありがとうございます! 関根さんも気を付けて」
「ありがとう」
それから二言三言交わした私たちは別れて別方向へ歩き出したのだけど、少しして、
「――さっきの奴って、職場の上司?」
関根さんについて小谷くんが問い掛けてくる。
「うん。関根さんは私が入った頃から仕事を教えてくれた職員さんなの。暫く夜勤が多かったんだけど、最近は昼間も入るようになって、また勤務が被るようになったんだ」
「へぇ、そうなんだ……」
私の説明に納得して相槌を打った小谷くん。
だけど、彼はその後に――「アイツ、由井に気があるよな」と、全く予想もしていなかった事を口にしたのだ。
「え……、誰が?」
「さっきの奴に決まってんじゃん」
「う……嘘? 関根さんが、私を?」
「そう」
「いやいや、それは無いって」
小谷くんの言葉が信じられない私は全力で否定する。
「何で、そう言い切れるの? アイツ、既婚者とか?」
「いや、別に根拠はないし、関根さんは独身だけど……だ、だって、今までそんな素振り一つも無かったし……」
「それは由井が鈍感なだけじゃねーの?」
「そ、それについては否定出来ないけど……でも……。それはそうと、どうして小谷くんはそう思うの? 根拠は?」
確かに、否定する根拠は無いけど、それなら小谷くんはどうなのかと思い聞いてみると、
「だってアイツ、俺の事鬱陶しそうな目で見てきたし、彼氏じゃなくて友達ってお前が言っても全く信じて無い感じだったから」
私とは違ってきちんと根拠を教えてくれた。
「そうなの? 全然気が付かなかった……」
だけど、それは小谷くんの勘違いかもしれないし、断言するのは違う気がする。
「……ま、由井がそれは無いって言うならそれでもいいけど、例のストーカーの件、まだ片付いた訳じゃないんだから、良い人だとかそういう理由であんまり異性に気を許さない方が良いと思う」
「……うん、そうだよね、気を付けるよ」
小谷くんはそれ以上関根さんについて何も言わなかったし、無いとは思うけど万が一関根さんが私に気があって小谷くんを敵視していたというなら疑いたくは無いけど、私を付け狙う一人として警戒せざるを得なくなる。
せっかく楽しい気持ちで終われるはずだった久しぶりのお祭りは気まずい空気になってしまい、微妙な形で幕を閉じる事になった。
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