呪術高専京都校の校舎の中、研究室だけに灯りがともっていた。机の上には山積みになった呪骸の設計図と、未完成の試作品。
研究に没頭するのは、若き呪術師、夜蛾正道である。
彼の手元で、小さな呪骸がカタカタと動いた。しかし、次の瞬間、動きが止まり、その場に崩れ落ちる。
「……まだ駄目か」
夜蛾はため息をつきながら、呪骸を拾い上げた。
「呪骸に意志を持たせることができれば、呪術師の負担は減る。だけど……」
彼の研究は、呪術界では異端とされていた。呪術は人間が使うものであり、呪骸のような”物”に頼るのは邪道だと。
「……もう夜明けか」
外の空が薄く明るくなり始めているのを見て、夜蛾は目をこすった。だが、その時――
「夜蛾ァ! いるか!?」
研究室のドアが勢いよく開かれ、長身の男が乱暴に入ってきた。
「……楽巌寺か。朝からうるさいな」
「お前が徹夜でこもってるからだろ!」
楽巌寺嘉伸が腕を組んで立っていた。髪はまだ黒々としている。肩には愛用の三味線を背負い、腰には長刀が吊るされていた。
「お前、またそんな呪骸の研究してたのか?」
「……そうだが?」
「いい加減、まともな呪術を磨く気はねぇのか? 呪骸なんて、お前が使い続けなきゃただの木偶の坊だろう」
楽巌寺の言葉に、夜蛾は静かに微笑んだ。
「なら、俺がいなくても動く呪骸を作ればいい」
「はっ……相変わらず変わり者だな、お前は」
楽巌寺が苦笑するのを見て、夜蛾は軽く肩をすくめた。その時――
「二人とも! 緊急任務です!」
今度は女性の声が響き、二人が振り向くと、庵歌姫が険しい顔で立っていた。
「任務? どこだ?」
「奈良。特級呪霊が発生した。上層部が京都校の精鋭を派遣するように指示を出した」
「特級だと?」
楽巌寺が眉をひそめた。――明らかに戦力不足だ。しかし、庵歌姫は続ける。
「それだけじゃない……呪詛師が関与してる可能性がある」
夜蛾と楽巌寺が顔を見合わせた。
「呪詛師……?」
「鹿島先生が向かってる。私たちも急ぐわよ!」
夜の闇に包まれた奈良の山中。その一帯は結界によって封鎖され、異様な瘴気が漂っていた。
「……嫌な感じだな」
楽巌寺が刀を軽く抜きながら、周囲を見渡す。
「異様に呪力が濃い。これは……」
庵歌姫が警戒する中、夜蛾が静かに目を細めた。
「……誰かいる」
彼がそう言った瞬間――
ズズ……ズズズ……
地面から這い出すように、巨大な呪霊が姿を現した。目を持ち、口から霧を吐き出す異形の存在――特級呪霊「怨嗟ノ鬼」。
「……来たか」
楽巌寺が刀を構える。庵歌姫は即座に呪力を高めた。
「さっさと祓うわよ!」
しかし――その時、呪霊の背後から人影が現れた。
「待てよ、お嬢ちゃん。そいつはまだ使い道があるんでな」
闇の中から姿を現したのは、和装に身を包んだ男。冷ややかな笑みを浮かべ、呪霊の頭を軽く撫でる。
「初めましてだな。俺は不知火 陣……お前ら呪術師の時代を終わらせる者だ」