警察官になるにあたって凄惨な事件に関わることになると予想していた。しかし、これ程早いものとは思っていなかった。警察学校を卒業し、落とし物の預かりや道案内、巡回を1日務めただけである。俺は本部に連絡をした。
1998年3月6日、弟のジークムント・ゲオルク・シュレーカーの死亡推定時刻は12時10分。兄のヴィルヘルム・クリストフ・シュレーカーの死亡推定時刻は12時15分と予想された。オーストリア共和国ウィーン市第2区の住宅街の2階、階段を昇って右手の一室で発見。2人の遺体はベッドの上にあり、争った形跡はなく、ジークムントには額に、ヴィルヘルムには右のこめかみに弾痕が残っていた。ヴィルヘルムの左足がジークムントの横に添えられており、また、右足が上に乗っていることから馬乗りの状態であったことが窺える。さらに、拳銃をヴィルヘルムが持っていることから、馬乗りになり、ジークムントの額を狙い射殺、すぐさまこめかみに発砲。死亡推定時刻の差が5分と短かったことからジークムント殺害後に動揺したようには思えない。射殺後に自害すると覚悟しての事と見える。争った形跡のないことも含めて拳銃を使っての心中として書類送検された。
若いふたりの心中というのは年齢の近い俺からすれば酷く強烈なもので、今まで自殺願望者やリストカッターにも出会ったことがなく、耐性のなかった俺は1週間ほどマイナス思考ですごした。
たしかに事実と向き合って論理的に問題を解決するドラマの主人公に憧れた。紅茶にチェス、読書、推理、知的欲求、そういう類のことを見るのが好きだった。それがどうして警察になってしまったのか。
向かいの奥さんがジークムントくんを気にかけていた。奥さんいわく、父クルト・アロイス・シュレーカーさんは虐待をしていたのではないかという話があった。ヴィルヘルムさんは5年前から児童養護施設での生活を始めていた。虐待が行われていたことは確かだったのだろうがなぜジークムントくんは兄のヴィルヘルムさんとともに施設へ行かなかったのだろうか。クルトさんと生活すると選んだ事にはどのような理由があるのだろうか。ヴィルヘルムさんがジークムントくんを心中しようと誘ったことにはどのような事情があったのだろうか。おそらく誘ったのはベッドの上で馬乗りになった時だろう。 書類送検されたので捜査をしようにもなりたての巡査では心もとない。まずは巡査としての仕事をきちんと覚えることから始めなければ。
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