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『夜を拾う人』
終電を逃した街は、昼間より正直だ。
ネオンは疲れた顔で瞬きを繰り返し、アスファルトには誰かのため息が染み込んでいる。
僕はその夜も、路地裏で「夜」を拾っていた。
拾う、と言っても比喩じゃない。
人が落としていった未練や後悔、言えなかった言葉たちが、夜になると小さな影みたいな形になって現れる。それを集めるのが、僕の仕事だった。
古いコートのポケットには、
「ごめん」と言えなかった父親の影、
「行かないで」と言えなかった恋人の影、
そんなものがカチャカチャと音を立てて入っている。
その夜、駅前のベンチで、ひときわ強く光る影を見つけた。
高校生くらいの女の子が、スマホを握りしめたまま泣いていた。
彼女の足元に落ちていた影は、今までで一番、重そうだった。
「拾い物ですか?」
声をかけると、彼女は驚いた顔で僕を見た。
でも、不思議と警戒はしていなかった。
「……それ、返せますか?」
僕は黙ってうなずいた。
影をそっと彼女の胸に戻すと、彼女の呼吸が少しだけ楽になるのが分かった。
「大丈夫。夜は長いけど、ちゃんと朝は来るから」
それだけ言って、僕はまた歩き出した。
夜が明けるころ、ポケットは少し軽くなっていた。
その代わり、胸の奥に、名前のない温かさが残っていた。
今日も街は、誰かが何かを落としていく。
だから僕は、また夜を拾いに行く。
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