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警察に相談してから数日間、元彼は姿を見せなかった。パトロールを強化してくれると言われ、少し安心したはずなのに、心の奥では不安が消えなかった。
静かすぎる日々は、嵐の前触れのように感じられた。
そして――その嵐は、突然やってきた。
その夜、私は仕事の帰り道、吉沢さんと駅で待ち合わせをしていた。
ホームへ向かう階段を降りようとした瞬間、背後から荒々しい力で腕を掴まれた。
「久しぶりだな。」
耳元で響く、あの声。
元彼だった。
帽子を深く被り、マスクで顔を隠していたが、目はあの狂気を帯びた光を放っていた。
「離して!」
叫ぼうとした口を、彼の手が塞いだ。
「静かにしろ。ちょっと話すだけだ。」
力任せに引きずられ、駅の人気のない通路へと押し込まれる。
冷たい壁に背中を押し付けられ、息が詰まる。
「警察にチクったそうだな。……裏切られた気分だよ。」
低く笑いながら、彼は私の顎を掴んだ。
「でもまだ間に合う。あの男なんか捨てて、俺とやり直せばいい。」
「絶対に嫌!」
恐怖よりも、怒りが口を突いて出た。
その瞬間、彼の目に怒りが閃き、手が強く私の肩を押し付けた。
「お前は俺のものだ!」
――バンッ!
鋭い音と共に、私と元彼の間に人影が割って入った。
「彼女から離れろ!」
吉沢さんだった。
息を切らし、全身で私を庇うように立ちはだかる。
「またお前か……。」
元彼は鼻で笑った。
「ヒーロー気取りで何になる? お前がいない時、また来てやるよ。」
「そんなことはさせない。彼女はもうお前のものじゃない。」
二人の間に緊迫した空気が走る。
そして、その瞬間――私は気づいた。
このままでは、吉沢さんが危険に晒される。
守られるだけでは、何も終わらない。
「もうやめて!」
私は二人の間に踏み出し、元彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「私はもう、あんたを恐れない。あんたの言葉も、あんたの存在も、全部捨てる。
二度と私の人生に入ってこないで!」
元彼は目を見開き、次の瞬間、歯ぎしりをして吐き捨てた。
「……覚えてろ。」
彼は警察官に取り押さえられる前に逃げようとしたが、すでに通報を受けていた警官たちが駆けつけ、その腕を掴んだ。
「離せ! 俺はただ――!」
叫びは、駅の喧騒にかき消されていった。
騒動の後、駅のベンチで私は息を整えていた。
吉沢さんが隣に座り、そっと私の手を包む。
「怖かったな……でも、よくやった。君は強い。」
私は首を振った。
「強くなれたのは……あなたがそばにいてくれたから。」
吉沢さんは微笑み、私をそっと抱き寄せた。
「これからは、もう怖がらなくていい。僕がずっとそばにいる。」
その言葉に、初めて心の奥から「大丈夫だ」と思えた。
過去の傷はまだ残っている。
けれど、その傷に支配されることはもうない。
私はこれから、自分の足で前に進める。
――そして、その隣には、必ず彼がいる。
第5話(最終章)
ー完ー