──その日、放課後の空気はいつもより重たかった。
軽音部の練習が終わり、ギターを背負って校門を出ると、どこかで誰かの視線を感じた。
振り返っても、誰もいない。
「(気のせい……じゃない)」
今朝、南雲さんは珍しくボクより早く出ていった。
「少し厄介な仕事がある」って、それだけ言って。
そんな日を狙ったかのように、
“それ”は─来た。
帰り道。
人通りの少ない住宅街。
ふとした角で、背後から気配が近づく。
「おい、そこのガキ。──立ち止まれ」
背筋が凍る。
振り返ると、見慣れない男が立っていた。
目が笑っていない。
──分かる。この目を、ボクは知ってる。
「(……“殺す側”の人)」
「お前、ORDERの南雲の……愛玩犬って噂のガキか?」
「……」
「黙ってんのか。まぁいい、噂が本当か確かめるだけだ」
そのまま、男はポケットからナイフを抜いた。
逃げなきゃ──
わかってるのに、足がすぐに動かない。
「(どうして……まただ……)」
頭の奥で、古い記憶の扉が軋む。
──ナイフを持った誰か。
──痛み。
──暗い部屋。
──叫び声。
「(ダメだ、思い出したくない)」
視界が揺れる。
「ほら、逃げろよ。もっと楽しませてくれ」
男が踏み出した瞬間──
パァン、と乾いた銃声が響いた。
男の手元に弾丸が掠め、ナイフが吹き飛ぶ。
「……え?」
驚いたように振り返る男の頬を、次の銃弾がかすめる。
「はーい、そこまで」
柔らかい声。
けれど、その声音には一切の甘さがなかった。
「──僕の“もの”に、よくも手、出してくれたねぇ?」
そこに立っていたのは、いつもの南雲さんだった。
でも、今の彼は「日常」の顔をしていなかった。
「朔、目つぶってて。すぐ終わるから」
そう言った数秒後には、男は動かなくなっていた。
夕暮れの中、歩道に座り込んでいたボクの前に、しゃがみ込む影。
「……怖かった?」
「……うん」
「よしよし。大丈夫、朔のこと殺そうとする奴は、僕が全部消すから」
言葉が怖かった。
けど、少しも否定できなかった。
その夜。
南雲さんはボクを抱いたまま離さなかった。
「怖かったよね、ごめんね」
「今日はもう何もしないよ。朔が寝るまで、そばにいるから」
南雲さんの胸に顔をうずめて、やっと少しだけ呼吸ができた気がした。
──この世界は、優しさだけじゃ生きていけない。
けど、あの人の腕の中だけは……まだ、温かいままだ。
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コメント失礼します とても大好きで楽しみに見てます 体調に気をつけて頑張ってください 応援してます 続きを楽しみに待っています