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第一章 木苺
「……おはようございます。」
男は特に返事もせず、暖炉の前で本を読んでいる。聖女は彼の隣に座った。
「何を読んでいるんですか?」
「……お前に関係ないだろう」
彼は、世界で恐れられる魔王だ。
人を攫い、肉を屠り、血を啜る魔王である。
そんな魔王に彼女はとある日攫われた。しかし、思っていた以上に彼はただの暇な貴族であった。
(人なんて殺さないし、人肉にも興味無いみたい。)
悪魔が彼に従っているので魔王なのだろう。それを、世間は知らない。
勇者が現れるのを待ち、聖女を迎えに来ようともしない。夢物語を支えにして。
聖女ノア・アレシアは退屈の息をついた。
「私も読みたいです。」
「何故今読む必要があるんだ。俺が読んでいるだろうが。」
「じゃあ答えてください魔王様!私は何故ここに連れてこられたんですか?何をすればいいんでしょう!」
魔王は本を取り上げられ少々切なげなため息をついた後、暖炉に薪をくべた。
「お前はそこにいるだけでいい。」
「……嘘。」
「嘘では無い。人間は聖女の力がなければ大いに困るそうだな。だから攫っただけだ。」
「じゃあ、私は何をしていればいいんですか?」
「生きているだけでいい。」
(はあ……つまり、私をここに監禁してるってことね。)
「私が帰りたいと言ったらどうするんです?」
魔王が聖女をじっと見つめた。赤い瞳が美しく妖艶で、聖女は息を呑んだ。
「帰りたいなら、帰ればいい。」
「……えっ、い、いいんですか?」
「帰れるものならな。」
はっとして、聖女は窓に駆け寄った。
ーー断崖絶壁である。
「う、うわあ……」
「死にたくないならこの城で大人しくしておくことだ。」
むっとして魔王を見るが、彼はいつの間にか聖女の手から取り戻した本を読んでいる。絶句したあと、聖女は退屈そうに魔王の傍に座っていた。
「ノア、お前、何をしている。」
「……べ、別になんでもないですけど。」
「腹が減ったのなら言えばいいだろう。餓鬼のようだぞ。」
「木苺食べてただけなんですけどっ……」
庭に生えていた木苺の木。もう何時間も何も口にしていないノアにとってはご馳走なのだ。種をコツコツと噛んでいると、魔王は不思議そうにこちらを見た。
「木苺には時々虫が入っていると聞いたことがある。」
「!!」
ノアが手に持っていた木苺を落とす。
「食堂にある物を食べろ。」
「……えっ、あれ、食べていいんですか。」
「我々は人間の食べ物など好まない。」
ノアは目を輝かせた。聖女として神殿に所属していた時は、食べ物こそあったものの質素で地味な食事だったのだ。平民の食事よりも質素なので、ノアは普通の食事を食べてみたかった。
結局聖女は神殿の奴隷。金を稼ぐ道具でしかないのだから、死ななければいいのである。
「あ、ありがとうございます。」
「あんなに甘いものを好むとは変な生き物だな。」
口に何かをねじ込まれたので、ノアが目を丸くしていると、甘酸っぱい果汁が唇から垂れる。木苺だ。
「んっ」
手袋をつけた手がノアの唇を撫でる。拭ってくれたようだ。
「こ、子供じゃないんですから。」
「俺から見れば物乞いの餓鬼だ。」
「う……」
頬が熱い。子供扱いされた屈辱が心に渦巻いた。
立派な淑女なはずなのだが。
「城に戻るぞ。」
「……はい。」
ノアよりも大きな手を取った。凶暴な男かと思えば、普通の人間のようだ。
調子が狂う。
(魔王様の事……観察しなきゃ。)
もっと詳しく知りたい。彼のことを、もっと。