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その日の深夜、トモエは緊張が解けたせいか、あるいは未だに自分が置かれている事態が理解できないせいか、死んだように眠り込んでいた。そのトモエを部屋に残し、ヒミコたちは東京港に近い人気のない場所へ来ていた。
高い木に囲まれた小さな公園に、その男はしきりに辺りをびくびくと見渡しながら入って来た。
ベンチにパンツスーツ姿のヒミコが腰かけ、かたわらにウルハが立っていた。男は震える声で二人に問いかける。
「俺を呼び出したのは、あんたらか?」
ヒミコが抑揚に乏しい声で答えた。
「へえ、逃げた親戚の娘を売る代金、取りに来いと伝えたんはウチらです」
男はトモエの伯父だった。彼は下品な愛想笑いを浮かべて、腰をかがめてヒミコにへつらう。
「そうですかい! それで金はどこに?」
ヒミコが円筒形のケースから日本刀を取り出して、すくっと立ち上がる。
「ほう? 娘の事はどうでもよろしいんか? ならあの子のために、三途の川渡ってもらいましょか?」
伯父がヒッと怯えた声を上げた。
「ま、待ってくれ! も、もちろん、トモエには悪い事したと思ってる。金が要るのは、その、トモエに償いをするつもりで、その」
「それやったら、手間省いてあげますわ。ウチらから渡しときまひょ。ほんで、いくらでしたんや? あんさんの娘の売値は?」
「三百万円だ。それだけありゃ、十分償いになるだろ。もちろん、全部トモエにやる。へへへ、それでいいでしょ?」
「トモエはんの後の事はウチが責任持って引き受けますわ」
「へへへ、そうですかい。じゃあ、俺はこれで」
振り返って駆け出そうとする伯父の首に、木の上からしゅっと音を立てて飛んで来た鉤付きの紐が巻き付いた。ヒミコが言う。
「トモエの事は引き受けると言うただけや。あんたを生かして帰すとは誰も言うてへん」
木の上に潜んでいた人影が、父親の首に巻きついた紐の片方の端を掴んだまま飛び降りた。父親の体は縛り首の格好で吊り上げられた。
紐の端を掴んで地面にかがんでいるのは、ナミネという名の、あの時の小柄な女だった。ウルハがその側に駆け寄り、紐の上の方を掴んでぐいっと下に引っ張る。
父親の両脚が宙に浮いた。クビに巻き付いた紐に指をかけ、外そうともがく。鞘を付けたままの日本刀を持ったヒミコがその下に歩み寄り、鞘の先で父親のみぞおちに、素早い突きを放った。
「ぐわ!」
父親は全身の動きが一時的に麻痺し、両手がだらんと下がった。そのまま首が締まり、意識が遠のいていく。
ヒミコがそれを見上げながら言う。
「たったの三百万で女一人の人生、償えると本気で思うてるんか? もうええ。トモエのためを思う言うんやったら、ここで死んでおくれやす。それがあの子にとって一番ええ事や」
小刻みに痙攣していたトモエの父親の体が全く動かなくなった。ナミネが立ち上がり、ピンと張った紐の、ウルハの手より上の位置を拳で叩いた。父親の体がピクリとも反応しない事を確かめ、ナミネがヒミコに言った。
「アネキ、ご臨終だよ」
ヒミコはベンチに置いていたトートバッグから、登山用のロープの束を取り出し、ウルハに向かって投げた。
ウルハはそれを片手で受け取り、紐を緩めて父親の体をゆっくり地面に降ろした。ヒミコがまたウルハに言う。
「それで吊り直してや。首吊り自殺した事にするんや。警察もそれなら納得できるやろ」
ウルハは慣れた手つきで素早く、父親の体を木の枝から吊り下げ直した。ヒミコは10センチ四方のハンカチサイズの布を取り出した。
広げると、細長い百合の花びらが6枚、円心状に並んだ模様、それぞれの花びらの先端に6個の銭の形の模様があった。
ヒミコの羽織の背にあったのと同じ模様の付いた布を、ぶら下がっている父親の服のベルトに差し込んだ。
「ほな、戻りましょか」
円筒形のケースを右肩に担ぎ、トートバッグを左肩に下げたヒミコが暗い道を歩き出す。
ウルハとナミネが左右の斜め後ろから続く。少し歩くと、暗がりからイオンとトワノが現れて合流した。
トワノは手の中の、ゲーム機のコントローラーの様な物を操作し、3個のドローンを手の中に回収し、背負ったリュックに仕舞い込んだ。
歩きながらイオンがヒミコに言った。
「珍しいね、ヒミコおねえちゃんが素人(しろうと)を仲間に入れるなんて」
ヒミコが答える。
「素人やから使い道がある場合もあるんや。そこは追い追い説明するさかいに」
ナミネがヒミコに言う。
「それであんな手の込んだ芝居したわけ? 売られかけてる女の子見つけただけなら警察に任せればいいじゃん、と思ったもん」
ウルハが笑いながら言った。
「全くだぜ。俺が被害者の役で、アネゴに斬り殺されてる様子をわざわざ目撃させて、アジトに連れ込む。それにしても、うまいタイミングで気絶させたもんだな」
ウルハはヒミコの少し先に立っている人影に向かって言った。
「さすがマユキだぜ」
雨も降っていないのに、和傘をさして立っているその女は一緒になって歩き出しながら言った。縦ロールのツインテールの髪形のその女は、トモエが夜中に窓を開けた時、下に潜んでいたあの女だった。気取った口調で言う。
「あの距離で、眠り薬を塗った吹き矢を当てるなんて、出来て当たり前ですことよ。褒められてる内には入りませんわね」
ヒミコがトワノに訊く。
「この辺りの防犯カメラのハッキング、抜かりはなかったやろな」
嬉々とした表情でトワノが答えた。
「もちろんですよ、ヒミコおねえさま。ただ、思ったより防犯カメラの数が増えて来てますね。ドローンの数を増やす必要は今後あるでしょうね」
「そか。トモエの面倒見るんはトワノに任せるさかい、しっかり仕込んでやってや」
そのまま6人の女たちは、暗闇の中に溶け込んで行くように、静かにその場から姿を消して行った。