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【一次創作】ノベル短編集

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【一次創作】ノベル短編集

4 - 空を集めて、空に溶ける。

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2023年03月12日

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それは、目を疑う光景だった。


空の欠片が、降ってきた。







それを見たのは、森の中の開けた草原だった。決して入ってはいけないと、子供の頃からよく言い聞かされてきたその森。もう高校生なのだから大丈夫だろう、なんて入れば見事に迷った。二時間かけて出口を探したものの、見つかることも無く歩き続けていた。その時に見つけたのが、その草原だった。出口かと思い走っていけば周りが森に囲まれている草原で、むしろ森のど真ん中まで来たらしいという事実に発狂しそうになった。けれど、口から出るはずだったその声は、目の前の光景を目にして飲み込まれることとなった。代わりに出たのは、

「…は?」

間抜けな声だった。









きらりきらり。

はらりはらり。


空の一部が剥がれて、降ってきていた。その下には同い年くらいの青年が居た。こちらに背を向けて居るので、顔は分からなかった。

降ってきた小さな空の欠片は、その青年の手元に吸い込まれていった。何か手元を動かしているようだったが、やはり分からなかった。けれど、そんなことをしている時点で常人では無いことが馬鹿な俺でも理解出来た。ここから離れるべきではないかと、脳が警鐘を鳴らしていた。それでも、目の前の光景から目を離せなかった。そうこうしているうちに、青年がこちらを振り返った。


「綺麗でしょ?この空。」


どうやら俺の存在に気づいていたらしい青年は、俺を見ても驚くことなくそう言った。青年の手元には小さな小瓶があり、その中にはきらきらとした水色の透き通った宝石のようなものが入っていた。きっとそれは、目の前の青年の言動と先程の目を疑うような現象から、空の欠片なのだろう。


「君、こんな森の奥まで来て大丈夫だったの?ここに人間が来るなんて、初めてだよ。」


青年はそう言いながら、こちらへ近づいてきた。危ないのではないかとうるさい脳内に反して、体は動かなかった。

あっという間に青年は俺の目の前に来た。先程まで遠くに居てよく見えなかったその顔は、ふわふわとした茶髪に空を丸ごと閉じ込めたかのような鮮やかな瞳で、なんとなく空みたいだと思った。


「村の人かな?言いつけ、守らなかったんだ。」


「え、あ、うん」


「へぇ、そうなんだ。ここまで来るの大変だっただろうな〜。」


ふわふわと喋る喋り方は雲を連想させて、より一層空みたいだと思った。


「ねえ、せっかく会えたし、友達になってくれない?僕いつもここに居るから、友達居ないんだよね〜」

「え、あ、い、いいけど、」

「ほんと?やった〜!初めて友達出来た!」


彼は同い年に見えるものの、本当は年下なんじゃないかというくらいに幼い印象を残した。なんだか、不思議な感じがした。


「あ、もうすぐ日が暮れちゃうから帰った方がいいかもよ?」

そう言って、彼は微笑んだ。

「え、もうそんな時間?」

「うん。あ、帰り道分かんないか。」

「ま、まぁ、そうだな」


なんとなく帰り道が分からないことが恥ずかしくなって、目線を逸らした。しかし彼は何も気にせず、またふわふわと喋った。


「大丈夫。すぐ帰れるようになってるから。五分くらいで森の出口に着くと思うよ。」

「え、それってどういう…」

「行けば分かるから大丈夫。じゃあまたね。僕はいつでもここにいるから、また来てね。」

そう言って彼はひらひらと手を振った。

「お、おう。じゃ、じゃあな。」

終始喋り方がぎこちなくなってしまったことに少し後悔を覚えつつ、彼と同じように手を振った。


「あ、このこと、村の人には内緒ね?絶対だよ?」

森に入る寸前、真剣な声色でそう言われて、思わず頷いた。


その後、彼の言ったように五分ほどで森の出口に着き、本当になんだったのかと不思議に思いつつ、家へ帰った。























「っていうのが、俺とお前が初めて会った経緯だったよな。」

「そうそう!懐かしいな〜、もう一年くらい前だっけ?」

ふふふ、と笑うその顔は、もう隣にあることが当たり前になっていた。


あの不思議な日から、俺はよく彼に会いに行くようになった。森に入って迷うこともなくなり、森に入って五分ほどで草原へ着けるようになった。その不思議な現象の理由ついては、すぐに彼から教えられた。


「にしても、お前が魔法使いだったことはマジで驚いたわ〜」


彼は魔法使いだった。空の欠片を瓶に入れたのも、草原に来るまでの時間が大幅に短くなったのも、全部彼の魔法のおかげらしい。


「いや、人間がここに来てくれたのも僕は驚きだったよ〜」


でも、彼にとっては人間の存在が驚きらしい。今まで彼は魔法使いの両親と暮らしてきていて、人間は物語の中でしか知らなかったらしい。


「お前にとっての人間が俺にとっての魔法使いみたいなもん、ってことか」


お互い、今まで干渉することの無かった者どうし。彼と過ごす時間は楽しさと面白さと驚きの詰まった、ちょっと非日常的な時間だ。




「さて、そろそろ今日も空の欠片を閉じ込めるかぁ」


いつもと変わらないふわふわとした口調で、今日も彼はポケットから小瓶を取り出した。

そして、「合言葉」を唱える。


『青く澄み渡りし広大な空よ、我が身のもとへ、その一片を授けたまえ』


先程とは打って変わったはっきりとした口調で、彼はそれを唱えた。すると、



きらりきらり。

はらりはらり。

あの日と同じように、空の一部が剥がれて落ちてきた。それは彼の手元の瓶へ吸い込まれるように入り、小さなコルクで閉じられた。


「今日の空も綺麗だね〜」


彼はそれをじっと見つめる。いつもそれを見つめるとき彼の瞳が少し悲しそうに見えるのは、気の所為だと思いたい。


「今日は、他の空の瓶開けるのか?」

「そうだなぁ、じゃあ一ヶ月前のを開けようか」


空の瓶を開ける。それは、前に魔法で閉じ込めた空を解き放つこと。この魔法は空と一緒に魔法使用者のその日の思い出も閉じ込めているらしく、瓶を開けると小さくその日の空が広がり、その日の彼の思い出も見ることが出来る。まぁ、「見る」と言っても、脳内に記憶が流れ込む、という表現が一番正しいらしいが。


「あ、これ夕焼け閉じ込めた日の瓶だ。この日は何したっけ?」

「そうだな…確か俺が学校から帰ってくるついでにここに寄った時じゃないか?」

「あ〜そうそう!それだ!」

「開けるか?」

「そうだね、開けようか」


コルクを取ると、目の前に小さく夕焼けが広がった。オレンジや赤のグラデーションは、一ヶ月前と変わらず綺麗だった。

そして脳内に流れてきたのは、その日の記憶。二人で夕焼けを見て話しているようだった。確か、少しシリアスな感じだった気がする。


「「なぁ、なんでお前はいつでもずっとここに居るんだよ。森の外とか行かねえのかよ。」」

「「そりゃあ、魔法使いは嫌われてるからね。魔法使いだって知られると、良くて実験体、悪ければ拷問の末に処刑だからね〜」」

「「でも魔法使いだってこと隠せばいいんじゃねえのかよ。見た目も普通の人間だし、魔法使わなければバレねぇだろ。」」

「「いやぁ、でも絶対バレないとは限らなくない?」」

「「まぁそうだけど…」」


そうだった。この日、彼がいつもでも必ずここに居ることが不思議で聞いたんだった。

彼は、いつ、どんなときでもこの草原に居る。朝も昼も夜も、晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も。いつだってここへ来れば、必ず彼に会える。それはありがたいことだが、それが疑問なのだ。彼は人間と全く同じ見た目なので、人間に紛れて生活した方がよっぽど楽なはずだ。バレる可能性も限りなく低い。なのに何故、ずっとここに居るのか。それに、俺は親友の彼と一緒に学校に行ったり遊んだりすることを少し夢見ていた。だから、疑問と少しの希望。彼に問うたその答えは、なんとなくはぐらかされた気がした。彼はよく、「だいたい何とかなるでしょ!」とか言って無謀なこともやろうとするから、「そっかその手があったか!」なんて言って一緒に来てくれると思っていた。それは俺の理想を彼に押し付けただけの妄想かもしれないが、どうにもそれだけじゃないような気がしてしまってならなかった。


「なぁ、お前は本当に、ずっとここに居るのかよ。」


「まぁそのつもりかな〜」


Noを期待して彼に問うたが、やはりここに居たいらしい。


「向こうの方が、絶対暮らしやすいのに…」

「…僕はここが好きなんだよね〜」


やっぱり、はぐらかされた気がした。

けど、それはきっと理由があるからなのだろう。無理に聞き出すのはなんだか悪いし、とりあえず何も聞かずにしておこうと思った。



「…ねぇ、明日も、ここに来てくれる?」


少しの沈黙の後、唐突な質問だった。そんなこと聞かれたこと無かったから少し驚きつつ、答えた。


「もちろん。毎日来てるだろ?」

「まぁ、そうだったよね、」


彼を見れば、少し悲しそうな目で空を見ていた。彼の目は、あの日と変わらない空だった。



長い長い沈黙が流れた。空は段々と、茜色に染まりだしていた。


「…あ、もうすぐ日が暮れちゃうから帰った方がいいかもよ?」


あの日と同じように、彼は言った。でも唯一違ったのは、その微笑みが悲しい雰囲気を纏っていたことだった。

なんとなく、気になった。まだ、ここに居たかった。話したかった。それでも、俺は帰らなければいけないから。村の人にこのことを知られたらいけないから、


「もう、そんな時間か。」


あの日と同じように答えて、


「じゃあな。また、”明日”。」


ひらひらと手を振った。


「…うん、ばいばい。」


彼もひらひらと手を振った。





彼と会える”明日”がもう来ないなんて、考えることも無く、当たり前のように言葉を交わして、手を振って、彼の空色の瞳に微笑んだ。





















翌日、またあの草原へと行った。その日は、雲ひとつない晴天だった。

いつもと同じように五分程で森を抜けて、草原へ辿り着いた。だけど、そこに彼の姿は無かった。彼と出会ってからの一年間、こんなことは無かったから、本当に驚いた。辺りを見回すものの、やっぱり見当たらない。

ふと、草原の真ん中辺りに何か落ちていることに気づいた。急いで近づけば、そこには文字が書かれた数枚の紙と鮮やかな青色の空が閉じ込められた瓶が二本落ちていた。

その紙を手に取って見れば、それは手紙のようだった。しかも、彼から俺宛ての。俺は書かれている文字に目を落として、読み始めた。


『これを読んでるのはきっと僕の親友以外考えられないから、宛名は省くね。

昨日ぶりだね。僕がいつもの場所に居ないから驚いてるかな?とりあえずそのことについて話さなくちゃだね。僕は話をまとめるのがすごく苦手だし、余計な話もたくさんしちゃうから長くなるけど、最後まで読んでくれると嬉しいな。

まず、僕が魔法使いってことは君も知ってる通り。ここからは知らないかもしれないけれど、魔法使いは二十歳を過ぎると不老になるんだ。普通の人間よりも病気や怪我もしにくくなるし、治りやすくなる。まぁ不死ではないから、致命傷を負ったり酷い病気にかかれば死ぬんだけどね。もしかしたら君は、僕が同い年と思っていたかもしれないけど、実は僕、九十八歳なんだよ。驚いた?

まぁ、ここから本題に入るんだけど、僕は呪いにかかっていたんだ。百歳で死ぬ呪い。本来、魔法使いの百歳はめでたいもので、人間で言う成人みたいなものなんだ。だからその歳に死ぬ呪いは本当に不吉で、親はそんな僕を嫌って捨てたんだよね。だから、ずっとここに一人で居たんだ。生まれつきの呪いで何故かかったかも分からない原因不明の呪いだったから、どうにもならなくて仕方なかったんだけどね。

まぁ、簡単に言えば僕はもうすぐ呪いで死ぬはずだったんだ。でも、僕はそれが嫌だった。最期が呪いなんて、なんか嫌じゃない?だから、探したんだ。綺麗に終わる方法を。そこで見つけたのが、空魔法だった。僕がいつも小瓶にその日の空と記憶を閉じ込めていたのは、何回も見ていたよね?あれが空魔法。実は、魔法っていうのは使うと代償がついてくるんだ。分かりやすいもので言うと、炎魔法を使った後は体の一部が火傷したり、闇魔法を使った後は数分間目が見えなくなるとか。使い方とかによって代償がどのくらい酷くなるかも変わるんだけどね。それで、その代償が空魔法の場合だと特殊でね。使った後、毎回代償が現れる訳じゃ無いんだ。毎日使い続けたときだけに現れる。その代償は、「自分が空の一部になる」っていう代償なんだ。今まで小瓶に閉じ込めてきた空の代わりに、魔法を使った自分が空の一部になるんだ。でも、なんだか空に溶けるみたいな感じで綺麗な終わり方じゃない?だから、僕はこの魔法を使い続けたんだ。まぁ、「空の一部になる」ってことだから、死ぬ訳では無いんだけどね。

それで、僕はもう代償を払うときが来ちゃったんだ。でも安心して。さっきも言った通り、死ぬ訳じゃない。姿が変わるだけ。僕はいつでも空にいる。君が空のどこに僕が居るか分かんなくても、僕は君のことを見てる。

最後のお願いだけど、僕のことを覚えていて欲しい。君がここに来るまでに森を抜ける時間が短縮される魔法は維持出来るようにしておいたから、たまにでもここに来て欲しい。それと、手紙の横に二つの空を置いておいた。それは、僕と君が出会った日の空と、君と僕が最後に会った日、つまり昨日の空だ。その瓶を開ければ、今まで見てきた通り、その日の空と記憶が見れる。それを使って、どうか僕のことをずっと忘れないで欲しい。使えるのは一瓶につき一回きりだけど、どうか覚えていて欲しい。

話が長くなったね。僕はもうそろそろいくよ。君と会えて良かった。唯一君と出会わなければ良かった思ったのは、君と一緒に居るのが楽しくて、ずっと君と一緒にここに居たいと思ったことかな。本当に楽しかった。今までありがとう。それじゃあ、これからもよろしく。』


何枚にも及ぶ長い手紙の最後の文字は、滲んでいた。それは、これを書いた彼の涙か、あるいは、知らぬ間に俺の目から流れた雫か、その両方か。それすら分からなかった。


ふと、手紙に別のシミが出来た。

空を見上げれば、


「…雨?」


不思議な光景だった。空は雲ひとつ無い快晴だというのに、雨が降っていた。優しい雨だった。


「…見てくれてるのか?」


きらきらと雨粒が輝く。

きっと、見ている。彼は、そう言っていたのだから。


「この空、大切に使わせてもらうからな。」


空に向かって、微笑みかけ、手元の小さな空を掲げてみせた。



絶対、忘れない。忘れるわけが無い。

その空を閉じ込めた目を、ふわふわとした喋り方も、透き通った声も、微笑んだ顔も、全部全部。









ふと、澄んだ空の真ん中の色が、彼の瞳の色にひどく似ている気がした。

きっと、そこに居るのだろう。



「絶対忘れないからな!!」

大声でそう言えば、それに答えるように空が一瞬だけ、きらりと光った気がした。

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