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どれくらい時間が経っただろう。
「ようやく呼吸も落ち着いてきたな」
こんな風に優しくされることなんて無かったから、それが心地良くて暫く身体を預けてしまっていた私は航海くんのその一声で我に返る。
「あ、あの……ごめんなさいっ」
いつまでもこのままでは彼も疲れるだろうと私は慌てて航海くんから離れようとすると、
「謝ることなんてねぇじゃん。愛結は何も悪いことしてねぇんだし」
その言葉と共に、もう一度ぎゅっと身体を抱き締めてくれた。
「あ、あの……?」
「ん?」
「もう落ち着いたので……」
「離して欲しいって?」
「は、はい……」
「嫌だ。何か愛結をこうして抱き締めてると安心するから、もう少しこのままで居させてよ。駄目?」
「え、……と、その……」
航海くんの言葉に何て返せばいいのか分からない私は戸惑うばかり。
こんな傷や痣だらけで素性の知れない人間を抱き締めていて安心するだなんて、どうかしてる。
イマイチ人を信用出来ない私は、何か裏があるのではと疑いの心を向けてしまう。
それというのも私は航海くんに出逢う直前まで、交際相手である男の人の家に監禁され続けていた。
何度も脱出を試みては失敗して、見つかるたびに連れ戻されては殴られる。
このままじゃ本当に死んでしまうと恐怖を感じて、何とか隙を見て逃げ出せたのが、今回。
航海くんに出逢えなかったら、私はもう今度こそ殺されていたかもしれない。
彼がどんな人かはまだ詳しく分からないし、交際相手と同じく堅気の人間じゃ無かったことが分かって少し警戒する心はあるけれど、
それでも、
航海くんは、
今まで私に酷いことをして来た男の人たちとは、違う気がした。
だから、
「……私も、こうされると、落ち着くので……お願いします」
まだ暫くこのままで居たいと思っていることを告げた。
航海くんは不思議な人。
怖い世界に身を置いている人間なのにそんな風には見えないし、話を聞いてもまだ信じられない。
身体も心も疲弊していたこと、ようやく安らげる場所に身を寄せることが出来たからなのか、急に睡魔が襲ってくる。
「愛結、眠い?」
「……ん、少し……だけ」
「いいよ、このまま寝ても」
「……でも、」
「疲れただろ? ゆっくり休んどけよ。な?」
「……ん、」
彼の体温と、優しく撫でてくれる手と、心地良い声。
それだけ揃えば私が眠りの世界に誘われるには十分だった。
瞼が下がって視界が暗くなった瞬間、私はそのまま眠ってしまった。
こんなにも安心して眠りに就けたのは久しぶりだったから、ついついぐっすり眠ってしまったようで、
「…………ん、」
目を覚ますと、あれから数時間の時が流れていた。
「愛結?」
「……航海、くん……?」
「まだ寝るなら、流石にベッドで寝た方がいい。いつまでもこのままじゃ、疲れ取れねぇだらろうしさ」
「……っ! ご、ごめんなさい! 私、すっかり寝ちゃって!」
初めは寝惚けていて自分の置かれている状況をすっかり忘れていたのだけど、航海くんの言葉でハッと我に返り、私はずっとソファーで彼に身体を預けたままで眠っていたことを思い出した私は慌てて彼から離れようとした。
「落ち着けって。別に怒ってねぇからそんな簡単に謝るなよ。そもそも寝て良いって言ったのは俺なんだから気にするなって」
「……でも……」
「それより、シャワー浴びてくるか? スッキリしてから眠る方がいいだろ?」
そして、その言葉で思い出したことがもう一つ。
それは、彼のパーカーをずっと羽織ったままだったこと。
室内は暖かいから問題無かったのかもしれないけど、航海くんは私にパーカーを貸してくれたときからずっと、半袖シャツ一枚という格好で過ごしていたのだ。
「あの、パーカー、ずっと借りててごめんなさい……」
「ん? ああ、別にいいって。とにかくシャワー浴びて来いよ。な?」
パーカーのことも何てこと無いと言ってくれるし、ここまで優しくされると戸惑いしか無い。
「あー、服は俺の貸すとしても、下着の替えがねぇな……。今日だけは今ので我慢してくれるか? 明日用意しておくから」
「は、はい、大丈夫です」
「それじゃ、シャワー浴びて来な。風呂場はそっちだから」
彼に促された私はひとまずシャワーを浴びて来ることになった。