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注意書き
・ブルーロックの二次創作です。
迷惑がかかる行為はお辞め下さい。
・キャラヘイトの意はありません。
・糸師兄弟の幼なじみ設定のモブがいます。
モブ目線で話が進みますし、めちゃくちゃ喋ります。当て馬にもされてます。
・271話までのネタバレを含みます。
・自傷行為あります
・rnちゃんが弱っているのは癖です。
長いです。
なんでもありな方だけ、どうぞ。
1
「初めまして⋯⋯いとし、りんです」
それが、初恋の凛ちゃんとの出会いだった。
引越しが決まって、私は友達と別れたくないと大泣きした。それでも、親の言うことに幼稚園児の私は逆らえず、神奈川へと引越し。
そこで出会ったのが、私の初恋の糸師凛ちゃんだ。
お隣さんのお家は、他のお家よりも少し大きめで、きっとお金持ちなんだろうなって思ってた。挨拶に行ったら、お隣さんのお父さんとお母さんが、2人を紹介した。
私より少し年上で、身長も高い、ツンツンした赤い髪の男の子。私と同い年で、ちょっとおどおどしている黒髪の男の子。
「糸師冴」
お兄ちゃんである冴ちゃんは、ぶっきらぼうに名前を告げる。多分、この頃から今の性格の片鱗があったのだろう。
それとは対照的に、弟の凛ちゃんは小さな声で自己紹介をした。
「初めまして⋯⋯いとし、りんです」
きゅんっと胸が締め付けられた。
一目惚れだった。母性とはまた違う、愛の形。これが私の初恋だ。
冴ちゃんは、めちゃくちゃサッカーが上手かった。大人に混じっても勝てるんじゃないかっていうくらい、凄くて。お部屋には、沢山のトロフィーが飾ってある。
でも、性格はちょっと捻くれている。大人に凄く口の悪い言い方で物申したりするし、一言一言が鋭くて棘が入っている。それでも、凛ちゃんだけには優しかった。
凛ちゃんは、一言で言うと変わってる子だった。
高いところから飛び降りたり、ジェンガを思いっきり崩したり。いつもどこかしらを怪我している。それが凛ちゃんだった。
そんな凛ちゃんに困ったのか、2人の両親は段々とやつれていく。特に、お母さんの方は酷い。クマが濃くなって、冴ちゃんとお揃いだった赤い髪はツヤが無くなった。
お隣の糸師家では、よく怒鳴り声が響いていた。
ある日、凛ちゃんの腕に傷が出来ていた。
「これどうしたの?」と聞くと、凛ちゃんは「自分でやった」と返答。これで、凛ちゃんは本格的におかしいって、分かってしまった。
「なにかをぐちゃぐちゃにしたいっていう思いが、鉛筆で刺したらすって消えてったの。■■ちゃんもやってみたら?」
息が詰まる。私の名前を呼んだ凛ちゃんは、純真無垢な瞳でこちらを見つめていた。
出来るはずがない。自分で自分を傷つけるなんて、痛くて怖くてできっこない。
凛ちゃんは、きっと純粋な気持ちで私に自傷行為をオススメしたのだろう。何も知らない、子どもだから言える残酷な行為。
いつもなら、凛ちゃんに名前を呼ばれると嬉しくてたまらないはずなのに、その日だけはとてつもなく怖かった。
「凛ちゃん、おかしいよ⋯⋯やめなよ」
「なんで?」
コテンッと凛ちゃんが首を傾げる。本当に分からない。と言った様子だ。
「これ、すっごく楽しい」
「⋯⋯⋯⋯」
数日経ったとき、凛ちゃんの腕には消えかけた傷が残っていた。どうやら、冴ちゃんに説得されて辞めたらしい。
どろり、と心の中で醜い感情が渦巻く。
(私だって止めたのに。なんで冴ちゃんの言うことだけ聞くの?)
2
それから、凛ちゃんの異常といえる行動は、収まってはいないが悪化してもいなかった。
体が丈夫になってきているのか、凛ちゃんの傷は少しだけ減っていった。でも、凛ちゃんはまだあのおかしな行動を辞めてくれない。
糸師家の両親が、本当に鬱になりそうだった頃。冴ちゃんが凛ちゃんをサッカーに誘った。
「お前なら、俺の次に強くなれる」って。
なんだそれ。って思った。でも、冴ちゃんらしくていいな。とも思った。凛ちゃんは、きらきらと宝石みたいに目を輝かせて、こくりと頷いた。
それからだ。凛ちゃんのおかしな行動が治まり始めたのは。
冴ちゃんと凛ちゃんは、そのおかしな行動を『破壊衝動』と呼んだ。どうやら、なにかをぐちゃぐちゃに壊したくて堪らない。そんな欲望が凛ちゃんの中にはずっと渦巻いているようだ。
それが、サッカーを始めたことで、その破壊衝動をぶつける先が出来た。とのこと。2人の両親は非常に喜んで、みるみる内に表情を明るくさせた。
サッカーをしているときの凛ちゃんは本当に楽しそうで。冴ちゃんとサッカーが出来ることを心から嬉しがっていた。
私と話すときもよくサッカーの話をしてくれて、そのときの凛ちゃんが楽しそうだから、私もとっても楽しくなった。でも、凛ちゃんは冴ちゃんに依存し始めた。
仲睦まじい兄弟愛に、ほんの少しヒビが入る。
依存するなら、私にしてよ。とも思った。ただ言えなくて、その感情ごとアイスと一緒に飲み込む。凛ちゃんが好きなソーダ味のアイス。私は本当はバニラ味が好きだったけど、凛ちゃんが好きだからソーダ味のアイスを舐める。
一緒のものを食べて、一緒の行動をしたら、凛ちゃんと同じになれたみたいで嬉しかった。ただただ、この日々が幸せで仕方が無かった。
冴ちゃんが13歳の頃。
凛ちゃんと私が11歳の頃。
冴ちゃんはスペインに行くことになった。
そうしたら、もう無くなっていたと思っていた凛ちゃんの破壊衝動が増え始める。凛ちゃん曰く、「兄ちゃんが居なくなってから思い通りのサッカーが出来なくなって、破壊衝動が上手くぶつけられない」らしい。
凛ちゃんは趣味が変わった。殺戮シーンの多いホラー映画を見始め、対象年齢大丈夫?って心配するほどグロいホラーゲームをやり始めた。最近のお気に入りは、サメに次々と人が飲み込まれていく映画らしい。私には正直良さが分からないけど。
ある日、幼い頃のように凛ちゃんの腕に傷があった。でも、あの頃よりももっと鋭い、尖ったなにかで切ったような痕。
「破壊衝動、どこに向ければいいか分からなくて。昔は鉛筆で刺してたけど、これはカッターで刺しちゃった」
ふへ、と笑顔を浮かべる凛ちゃん。どうして笑うのかが分からなかった。
私は凛ちゃんが好きだ。凛ちゃんのことなら何でも知りたいって思うし、何でも理解してあげたいって思う。
でも、これだけはどうしても分からなかった。そもそも私に破壊衝動なんて歪なものは無いし、自傷行為の良さだって分からない。生憎、私は厨二病気味なクラスメイトのようにリストカットはしないので。
凛ちゃんの傷は次々と増えていく。最初は少なかったリスカの痕は、今じゃ両手を使っても足りないくらいには増えた。冴ちゃんに相談しよ。って言っても、「兄ちゃんは忙しいから」の一点張り。
私も、冴ちゃんに「ちょっと相談したいことがある」というメッセージを送ったけれど、未だに既読は付かない。スペインで頑張っているのだろう。
平和だったはず糸師家は、もう一度崩壊しかけていた。
3
「凛ちゃん、お誕生日おめでとう!」
パンパンパンッ!
「わ⋯⋯ありがとう⋯⋯!」
クラッカーの音が鳴り響く。今日は凛ちゃんの誕生日だ。
長袖の隙間から覗くリスカ痕に、私の両親は何も言わなくなった。どうやら、凛ちゃんは精神科に通っているらしい。それでも破壊衝動は消えないという。
凛ちゃんの好きなアイスケーキに、凛ちゃんの好きな鯛茶漬け。誕生日プレゼントは、凛ちゃんが好きな梟のぬいぐるみ。私の手作りだ。
凛ちゃんの好きなもので溢れかえってるこの部屋に、凛ちゃんと私が好きな人はいない。とうとう冴ちゃんは、凛ちゃんの誕生日に電話をくれなかった。
届いたのは、「誕生日おめでとう、凛」というメッセージと、スパイク。プレゼントは凛ちゃんが欲しかったスパイクらしいけれど、凛ちゃんは何処か悲しそうだった。
凛ちゃんが鯛茶漬けを口に運ぶ。丁寧なその所作に、私は凛ちゃんにまた惚れ直した。
凛ちゃんは、一つ一つの動きが綺麗だ。美しいといったほうが正しいかもしれない。天使か疑ってしまうような所作。全てに上品さが感じられて、それを凛ちゃんの素晴らしすぎるお顔が引き立てていた。
凛ちゃんは、幼い頃から顔が良かった。それは、お兄ちゃんである冴ちゃんも同様で、2人とも告白された数は考えられない程だと言う。
冴ちゃんはかっこいい。キュッとつり上がった目尻に、固く結ばれた口元。少女漫画で例えるなら⋯⋯ちょっと強引で無理やり系の男の子に似てるかも。
凛ちゃんは、女の子かと疑うほどに可愛らしかった。「ちゃん付け」で呼ばれるのは日常茶飯事。通りすがりのおばさんにも、「可愛らしい娘ちゃんね〜」と毎回声をかけられるらしい。
冴ちゃんとは対照的に、ほんの少し下がった眉と目尻。ぽけーっと少し開いた口からは涎が垂れていて、あんなに顔がいいのにあまりにも警戒心の無さすぎた。
冴ちゃんは不審者を見かけたら速攻で防犯ブザーを鳴らし、逐一で親に報告していたのに対し、凛ちゃんはほえほえーっとしていて、誘拐未遂や性行為未遂は多すぎる。こうして元気に生きているのが不思議なくらいに。
⋯⋯と、まぁ。2人の顔について考えていたら凛ちゃんは鯛茶漬けを食べ終わったみたいだった。ケーキに包丁を切り入れ、一切れのケーキを食べようとしている。
凛ちゃんに刃物を持たせると不安なんだよな。なんて思いながら、私は凛ちゃんから包丁をパスしてもらった。ケーキに切り込みを入れて、私と凛ちゃん。2人分のケーキを切り分ける。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。⋯⋯でも、俺こんなにケーキいらないから、半分あげるね」
「⋯⋯美味しくなさそう?」
「ううん。とっても美味しそう。だけど、美味しいものは体に悪いって兄ちゃんが言ってたから」
⋯⋯また、冴ちゃんの話。
凛ちゃんの人生の大部分は、冴ちゃんに染まっている。私が入る隙間なんか、無い。
(いいなぁ⋯⋯私も凛ちゃんのお姉ちゃんだったら、凛ちゃんにあんなに想われてたのかな)
ダイエットをしている女子高生みたいな量のケーキを頬張る凛ちゃんを見つめる。凛ちゃんの頬は、一気にパンパンに膨らんで、ハムスターのよう。
私もケーキを頬張る。砂糖が効いていて、とても甘かった。
4
私と凛ちゃんが中学3年生の冬。もうすぐ高校生になるといったときに、冴ちゃんが4年ぶりに日本に帰ってくる。と聞いた。
それを知った凛ちゃんは、本当に嬉しそうでいつにも増してサッカーに励んでいた。私も嬉しかったけど、また冴ちゃんに凛ちゃんを取られるんじゃないかっていう、醜い感情が渦巻いて。よく遊んでくれた優しいお兄ちゃんにそんな失礼なことを思う私が嫌だった。
冴ちゃんが帰ってくる前日、雪が降った。神奈川では珍しい雪。しかもそれはかなりのスピードで降っていて、直ぐに雪が積もった。その日、凛ちゃんはサッカーの練習をすると行っていたけれど、帰ってこなかった。
代わりに、冴ちゃんが帰ってきた。どうやら予定が早まったらしい。久しぶりにみる冴ちゃんは、身長も伸びて、声変わりもしていて、私が知っている冴ちゃんとは別人のようだ。ただ、冴ちゃんの目の下にクマがあるのが気になった。
凛ちゃんは、夜になっても帰ってこなかった。
しんしんと雪が降り積もる夜。真っ暗な世界が銀色に染まっていくのは、とても綺麗だったけれど、帰ってこない凛ちゃんが心配でそれどころじゃない。
冴ちゃんは、凛とちょっと喧嘩して、だから帰ってこないのかも。と言った。珍しく歯切れが悪い冴ちゃん。多分、ちょっとどころじゃなくて大喧嘩したんだろうな。
凛ちゃんの両親や私の両親まで動きはじめて。私は大人たちに危ないから絶対に探そうとするなって言われたけれど、あまりにも心配で家を飛び出した。
寒い。マフラーを口元まで上げて、しっかりとジャンバーのチャックを閉める。雪が積もり始めていて走りにくかったけど、必死で足を動かした。
凛ちゃんがよく練習するグラウンド。アイスを買う駄菓子屋。どこを探してもいなくって。
「凛ちゃん⋯⋯どこに居るの⋯⋯?」
はぁっと吐き出した息が白く染まる。段々と雪が強くなっていって、指先がかじかんで赤くなった。霜焼けが痛くて、指を動かすことすら辛くて。鼻水をすすって凛ちゃんを探し続けた。
ふと、視界の端に海が映った。
⋯⋯凛ちゃん、海見るの好きだったよね。
バッと走り出して、砂浜の辺りを見回す。雪が降った夜、誰もいないはずの砂浜に、1人の少年が佇んでいた。
「⋯⋯っ、凛ちゃん!!」
大声で彼の名を呼ぶ。振り向いた凛ちゃんは⋯⋯
とても、美しかった。
目眩がするほどの美麗さで、雪が凛ちゃんを際立たせている。ツゥ、と凛ちゃんの頬を伝った涙は月の光に反射して白く輝いていて、女神様だと勘違いしてしまいそう。
慌てて凛ちゃんのところまで駆け寄って、手を握る。凍りついたかのように冷たくて、小さく震えていた。一体凛ちゃんは、何時間ここでこうしてボーッとしていたのだろう。凛ちゃんは、何を考えていたのだろう。
とりあえず、持っていたハンカチで凛ちゃんの手を覆った。温かくなれ。体温上がれ。と願いながらぎゅうっと凛ちゃんの手を握りしめる。
「⋯⋯⋯⋯っ、」
しゃくりあげるように、凛ちゃんが声を上げた。声変わり前の、高いけれど不安定な男の子の声。震えている手の原因は、きっと寒いからだけじゃない。
「⋯⋯凛ちゃん、お家帰ろう?」
「⋯⋯⋯⋯」
返事をしない凛ちゃんを、殆ど引きずるようにして家へ向かった。抵抗したら私なんか簡単に引き剥がせるはずなのに、凛ちゃんは何もしなかった。ただ大人しく、私に引きずられていた。
翌日、私は死ぬほど怒られて、凛ちゃんと揃って風邪をひいた。
あの雪の日からというもの、凛ちゃんの性格がガラリと変わってしまった。
なんだか、若干冴ちゃん味を感じる。凛ちゃんは笑顔を浮かべなくなったし、サッカーに対してよりストイックになった。それは、見ているこっちが心配になるほどに。
冴ちゃんは、結局凛ちゃんと一言も言葉を交わさなかったみたい。そのたった1週間後には、もうスペインに戻ったし、凛ちゃんも喧嘩の内容を話そうとしないから、何が起きたのかは私たちにはさっぱりだ。
でも、きっと冴ちゃんに言われたことは、凛ちゃんの人生を大きく変える一言だったのだろう。それは⋯⋯良い意味でも、悪い意味でも。
凛ちゃんが変わったのは性格だけじゃない。サッカーのプレイスタイルもだ。素人目にも分かるほどに、ガラリとスタイルが変わった。
前までは、まるで冴ちゃんのトレースのような、味方にパスを出してゴールを決めてもらう。そんなアシスト役に徹していたはずなのに、雪の日からの凛ちゃんは自分でゴールを奪いに行く、強欲な選手に変わった。
でも、私的には今の凛ちゃんのプレースタイルの方が合ってるな。とも思う。アシスト役に徹していたときは、何処かつまらなさそう顔でサッカーをしていたから。⋯⋯まぁ、初心者から見た意見だからね。本当のことは分からないけど。
5
雪の日から1年後、凛ちゃんはブルーロックプロジェクトに参加した。強い選手ばかり集められていたみたいだけれど、そのなかでも凛ちゃんは1位らしい。
U-20とブルーロックが戦う際、凛ちゃんは腕にキャプテンの黄色い印を付けていたから。
凛ちゃんが居るブルーロックは、脱落するとサッカーの代表に一生なれないらしい。その代わりに、ここで1位になった人は世界一のストライカーになれる。その自信は一体どこから湧き出てくるんだ。とブルーロックの説明をしている黒髪パッツン眼鏡さんを画面越しに睨んでみる。凛ちゃんを危険な目に合わせるなよ。という意思表示も込めて。
でもまぁ、私と同じことを考える大人が大半だったみたいで、ブルーロックプロジェクトは終了の直前まで追い込まれたらしい。
そこで行われたのが、U-20とブルーロックの戦い。ブルーロックが勝てば、プロジェクトは続行。その代わり負けたら終了。とまぁ、もちろん私は凛ちゃんの居るブルーロック側を応援するつもりだったのだが、日本に帰ってきた冴ちゃんがU-20に加わってブルーロックと戦うと。
正直、どちらを応援したらいいのか分からなくて。私はなんだか煮え切らない気持ちで試合を見ていた。私と両親と、冴ちゃんと凛ちゃんの両親。5人で見る試合は、それぞれ一喜一憂してすごく面白かった。
結果的に、ブルーロックが勝ち、プロジェクトは続行された。冴ちゃんも凛ちゃんも、あの中で目立ってゴールを決めていて、本当に凄かった。
だけど、少し気になったのが試合後の2人の姿。
幼少期の頃のように、目をキラキラさせた凛ちゃんに冴ちゃんがなにか言ったあと、凛ちゃんは表情に影を落とした。何処か、泣きそうにも見えた。
私たちは観客席から見ていたから、冴ちゃんが何を言ったのかは分からない。でも、きっと兄弟仲の溝は深まってしまったんだろう。よく分からないけれど、そう思った。
試合後、2週間の休暇をもらった凛ちゃんは、お家へ帰ってきた。冴ちゃんは、ホテルに泊まると言って帰ってこない。2人の両親は、ちょっと寂しそうだった。
ブルーロックから帰ってきた凛ちゃんの腕には、もう新しいリスカ痕は無かった。もう薄くなりかけた何本かの線。幾つかは消えずに凛ちゃんの陶器のような白い肌に残るんだと思うと、なんだか悲しい。
「凛ちゃん、ブルーロックは楽しい?」
「あぁ。命をかけてサッカー出来る場所は、あそこしかない」
「⋯⋯そっか。」
凛ちゃんの破壊衝動は、ブルーロックにぶつけられているのだろうか。だから、リスカを辞めたのか。
⋯⋯私からしたら、あんな環境に居るほうがストレス溜まって自傷行為に走りそうなんだけどな。その⋯⋯絵心さん?に失礼だけど。
「凛ちゃん、ゲームでもする? 凛ちゃんがブルーロックに居る間に、新しいホラーゲーム買ったんだ。少しくらいサッカーから離れても大丈夫だよ」
「⋯⋯うん、やる」
凛ちゃんは、好きなものに触れているあいだは性格が少しだけ元に戻る。やっぱりあの性格を保つの無理してるんじゃないかなぁ。
ゲームをセットすると、目をキラキラさせてコントローラーを握る凛ちゃん。可愛いなあ。なんて思いながら、凛ちゃんの隣に座る。
凛ちゃんの背は大きくなっていて、幼い頃との差を感じて寂しくなった。
ゲームが始まる。説明操作を読み終えた凛ちゃんが、ゲームをしようとしても、なんだか動かない。
「あれ? ⋯⋯バグ、かな?」
「⋯⋯⋯⋯」
明らかにしょんぼりと落ち込んでしまった凛ちゃん。どうしよう。一旦ゲーム落とそうかな。
色々試してみても、ゲームは動かない。うーん、あとで新しいの買ってあげようかな。凛ちゃん悲しそうだし。
「あーあ。【欠陥品】だったな」
「⋯⋯っ、ぁ、⋯⋯、」
「⋯⋯っえ、?」
ガシャンッと凛ちゃんの手からコントローラーが落ちる。凛ちゃんは、こちらを見つめたまま動かない。ひゅー、ひゅー、と凛ちゃんの口から漏れる呼吸は、明らかに異常だった。
過換気症候群。授業で聞いたその単語が頭を過ぎる。どくどくと心臓が嫌な音を立てた。
慌てて凛ちゃんの背中に手を置いてさする。ぽろぽろと凛ちゃんの綺麗な目から涙が零れ落ちる。
何がトリガーだった? どうして凛ちゃんは急に過呼吸になった?
「凛ちゃん、息して。ゆっくり息吐こ」
「⋯⋯っ、はっ⋯⋯ひゅー、っひ⋯⋯、」
「落ち着いて」
凛ちゃんは背は大きくなったけれど、まだ16歳だった。大きなものを抱えすぎているだけの、ただの子ども。
私の横で過呼吸になりながら涙を流す凛ちゃんは、いつもよりも小さく見えた。
落ち着いた凛ちゃんは、疲れてしまったようでそのまま眠ってしまった。長い前髪をはらうと、凛ちゃんの腫れてしまった目が覗く。
スマホを取り出して、冴ちゃんに電話をかけた。本当は部外者が立ち入る問題では無いけれど、これはあんまりにも酷すぎると思ったから。凛ちゃんを過呼吸にまで追い込んだ、冴ちゃんの言葉を聞きたかったから。
『⋯⋯もしもし』
「冴ちゃん? 今大丈夫かな」
『嗚呼』
スマホ越しに冴ちゃんの声が届く。ぎゅうと凛ちゃんのことを抱きしめて、冴ちゃんに聞いた。
「冴ちゃん。冴ちゃんは去年、凛ちゃんになにを言ったの?」
『⋯⋯⋯⋯』
「覚えてるでしょ? 雪が降った日、凛ちゃんと喧嘩してた」
少しの空白のあと、絞り出したような声で『凛と俺の問題だ』と告げられた。どこか、後悔が滲み出ている声色だ。
過呼吸になったことは言うべきではないと思った。冴ちゃんは、きっと今でも凛ちゃんのことが好きだから、そこまで追い詰めていたなんて知ったら悲しんでしまいそうだから。
「凛ちゃん、泣いてたの。冴ちゃんと喧嘩したときのこと思い出して。悲しそうだった」
『⋯⋯そんなこと、俺が1番よく分かってる。凛を傷つけたことも、凛を失望させてしまったことも』
その言葉で、気づいてしまった。
迷子になっているのは、凛ちゃんだけじゃない。冴ちゃんもだって。
道標を失った凛ちゃんは、迷子の子供のようにサッカーに縋った。冴ちゃんは、それ以外の方法を見つけられなくて、迷子になってしまった。
どうしてこんなにすれ違ってしまっているのだろう。と思った。私にとって、サッカーはただの球蹴り。人生を左右されるような大きなものじゃない。
なのに、どうしてこんなに2人は苦しんでいるのだろう。
『凛なら、夢を書き換えた俺を許してくれると思ったんだ。でも⋯⋯そんなこと、なかった。そんな凛に八つ当たりをするかのように、俺は酷い言葉を投げかけた。
⋯⋯世界一のストライカー以外に価値なんてないと、教えたのは俺だったのに』
冴ちゃんの本音。冴ちゃんの弱い部分。泣きそうな声でそう言われて、私もつられて泣いてしまいそうになる。
本当は、お互いにお互いのことを想いあっているよ。大丈夫だよ。なんて言葉、言えなかった。
「仲直り、しないの?」
『W杯優勝までは、言えない。自己中だとは分かっている。⋯⋯凛は俺に依存してるから、1人で戦えるようになってからじゃないと』
凛ちゃんは、もう1人で戦えるよ。心配しなくて大丈夫。
その言葉を言わなかったのは、私の醜い部分が邪魔をしたから。喧嘩したままだったら、凛ちゃんは私のことを見てくれるかもしれない。そんな、最低で真っ黒に汚れた私の感情のせいだ。
「そっか。ありがとう、冴ちゃん」
電話を切って、酷く後悔した。凛ちゃんは、冴ちゃんとの仲直りを望んでいたはずなのに、私がその糸を切ってしまった。
「凛ちゃん⋯⋯ごめんねぇ⋯⋯っ。でも、私のことも見てよ⋯⋯っ」
その言葉は、大好きな人には届かなかった。
私は冴ちゃんよりも自己中で、凛ちゃんよりも弱かった。
6
時は進み、W杯決勝戦。
冴ちゃんと凛ちゃんは仲直りすることなく、この試合を迎えた。2人は同じ日本チームで、他の選手にはブルーロック出身の人たちが多い。
結果、ブルーロックプロジェクトは大成功で幕を閉じた。ブルーロックで生き残った人は、プロの道に進み、こうしてW杯に出ている。凄いなぁ。と思う。
試合は3-3。試合時間は残りわずか。
ボールは冴ちゃんが持っている。ゴール前に抜け出した2人が、冴ちゃんのパスを求めた。
「兄貴!!」
「冴!!」
凛ちゃんと、ブルーロック出身の潔世一選手。
冴ちゃんは華麗な動きで相手を翻弄し、なめらかな軌道のパスを出した。パスの相手は──
凛ちゃんだ。
とある日、凛ちゃんが言っていたことを思い出す。
『俺の夢は、兄ちゃんと世界一になること』
良かったねぇ、凛ちゃん。凛ちゃんの夢、叶ったよ。
「ゴーーール!!!! 糸師凛のゴールで、日本に1点が入りました!!」
興奮したように話す実況者の声が、右から左へと流れる。試合終了のホイッスルが鳴り、会場にはファンたちの雄叫びが響き渡った。
息を切らせている凛ちゃんに、冴ちゃんが近づく。見慣れない笑顔を浮かべて、冴ちゃんは言った。
「凛、よく頑張ったな」
「⋯⋯にい、ちゃ」
「言うのが遅くなって悪かった。お前は俺の、自慢の弟だ」
凛ちゃんの瞳が潤んで、綺麗な雫が頬を伝った。ああ、ハッピーエンドだ。美しすぎる終わり方だ。
素晴らしい兄弟愛だ。と絶賛する観客たちを、冴ちゃんは横目で見た。そうして形の良い口を開く。
「凛、愛してる」
「ふぇ、」
そう告げて、冴ちゃんは凛ちゃんの唇を奪った。時が止まったように感じた。
どうして。なんて言葉は声にならない。凛ちゃんは頬を赤くして、冴ちゃんに笑って返事をした。
「俺も」
と。
終わってしまった。私の恋が。
隣で驚愕している彼らの両親の顔を見ることが出来ない。熱いものが溢れ出してきて、でもこんな顔を誰にも見せたくなくて、下を向いた。
男同士。しかも兄弟での恋愛。
その話題は世間をかっさらって、大きな批判を集めた。男の人同士の恋愛が好きな腐女子⋯⋯?って人たちや、ブルーロック出身の選手たち。それに2人を応援しているファンは嬉しげだった。
私みたいな冴ちゃんや凛ちゃんにガチ恋をしていたファン。そんな人たちは、涙を堪えて仮初のお祝いを送った。
後日、2人は同棲することを発表し、新居の写真をアップした。部屋の中を写した写真。きっと、凛ちゃんの部屋なんだろう。沢山の冴ちゃんのグッズなんかが置いてある。
そんな中で、見つけてしまった。私が誕生日に凛ちゃんにあげた梟のぬいぐるみ。ベッドに置かれたそれは、古くて。でも大切にしているのかあまり汚れてはいなくて。
ああ、もう。どうして。
2人にメッセージを送る。『おめでとう! 幸せにね!』という、ありふれたお祝いのメッセージ。
「諦めさせてほしかったなぁ⋯⋯っ」
私じゃダメだった。凛ちゃんのことを理解してあげられなかった。
凛ちゃんを知って、納得して、肯定してあげれるような。そんな冴ちゃんが、凛ちゃんを手に入れたんだ。私が悪かった。冴ちゃんを憎んじゃいけない。
そう思っていても、どろどろとした感情は勝手に渦巻いてしまう。
「最低だな⋯⋯私。」
私の最初で最後の初恋は、終わりを迎えた。
あとがきという名の雑談
ここまで長ったらしい文章を読んでくれてありがとうございました⋯⋯!!
rnちゃんのことが好きで、なんでも理解してあげたいって思うけれど、破壊衝動だけはどうしても理解できないモブちゃんが書きたかった。
書きたいものを詰め込んでいたら、いつの間にか11000文字です。ビックリですね。
アニメの「ぬるいな。俺も、お前も」が気になりすぎて夜しか眠れないので、冴ちゃんサイドのナイトスノウください。お願いします。