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雪の降る寒い冬のある日、蘭丸はいつもよりお洒落な服に着替えるのを不思議そうな顔で凝視する。学園長はその視線を感じながら、用事があることを伝える。
「蘭丸さん、今からデートに行ってきます」
「いって、ら……デート!?」
驚愕する声が背後から聞こえ、その声量の大きさに学園長も驚く。何か変なことでも言ったのかと思い振り返ると、何故か顔面蒼白だった。中々みない表情にピシリと固まる。そんなに彼氏という単語が衝撃だったのか。
「いつ?」
「今」
「誰と?」
「雨明くん」
「あまあきくん???」
「晴明くんのお兄さんですよ」
「え、お兄さん居たんだ」
「因みに双子です」
「聞いてないけど!?」
「今言ったんですから知ってる訳ないでしょ」
その後もあれやこれやと雨明について聞かれ、気がついたら家を出る時間になっていた。
「もう出るのでどっか行って下さい」
駄々をこねられる事は分かっていたので、返事を聞く前に蹴り飛ばした。過保護なところがあるのを、もう少し自覚して欲しいものだ。かなり遅めの初デートなので、邪魔だけはして欲しくない。
「俺以外の奴に裸を見せたんか!?」
「言い方」
集合場所に先に着き、デートを楽しみにしていた雨明は、学園長の言葉に耳を疑った。学園長の肩に手を置いてぐっと顔を近づける。
「何もされてへんよな!?」
「される訳ないでしょう」
「ホンマか?」
「はい。よく話している人ですよ」
「あぁ、あの蘭丸だか朱雀だか言ってる人か」
「私がいつ朱雀の話をしました???」
「酔っ払ってる時に言ってたで。俺の家にいる時やから安心せぇ」
「そんなジェラってる顔で言われましてもねぇ」
なんとか誤解もどきを解いて、気を取り直して目的地へと向かうことにした。蘭丸のことより、今は雨明に服装を褒めて欲しいものだ。何しろ、付き合ってから初めてのデートなので、いつもより気合いを入れてコーディネートをしたのだ。所々青色を入れているのは、雨明が好きな色だと言ってたから。少しだけ可愛い系統にしたのは、雨明の隣に並びたかったから。自分なりにメイクだってした。思っていたよりラフな格好な雨明に、気合いを入れすぎたかと反省する。
「雨明くん、そろそろ行きましょう」
「…蘆屋さん」
手を引かれ、抱き寄せられる。最初からクライマックスな状況に、胸のときめきよりも困惑が勝ってしまう。顔を隠すためのマスクを外される。
「やっぱり、蘆屋さんは別嬪さんやわ」
「そういうのは女性に言うものですよ」
「俺の彼女は蘆屋さんや。例え別嬪さんがおっても、蘆屋さんには敵わへんよ」
「その別嬪さんにぶっ飛ばされますよ」
よく分からなかったが、褒められたことにしても良いのだろうか。何も抱きつかなくても良いのにと思いながらも、悪い気は一切しなかったので良しとする。
「手を繋いで行きましょうか」
そう言うと、途端に恥ずかしそうに頬を染めながらら頷く雨明に可愛らしいと笑みとこぼす。
そうは言っても、中々上手くいかないのが現実。
「このパンケーキ、甘すぎませんか」
「俺は結構好きなんやけどな。晴のおすすめでもあるんよ」
「お2人とも甘党なんですね。少し胃もたれがして来ました……」
「パンケーキにメープルシロップかけたらそうなるわな」
雨明がおすすめしてくれたスイーツ系の店では、頼んだものが甘すぎて胃もたれしそうになったり。
「この映画、私のお気に入りなんですよ」
「むり…怖すぎて観てられへん……」
「顔が真っ青ですよ。御手洗に行きましょう」
「助かるわぁ……」
学園長の観たい映画が思いの外グロくて吐きそうになったり。
「すっっっっごく似合っとるよ!!」
「はぁ……今度はブレザーですか」
「あぁ、文化祭でセーラー着てたやつか」
「晴明くんから聞いたのですか?」
コスプレ専門店のブレザーに心を刺され、暴走した雨明が学園長を着せ替え人形にしたり。
「中々クオリティの高いお化け屋敷でしたね」
「ちょ、待ってや……うぉぇ」
「大丈夫……じゃないですね。少し休憩しましょうか」
リードしようとしたのか、雨明が怖いと有名なお化け屋敷に連れていき、逆にリードされたり。
そんなことが続き、我慢の限界を迎えた雨明は頭を抱えた。そんな雨明の頭をよしよしと優しく撫でる学園長も、遠い目をしていた。
「まっっったく上手く行かへん!!!!!」
「最初はそういうものでしょう」
「映画館からおかしいと思っとったん」
「初っ端のパンケーキからだと思いますがね」
「あれはメープルシロップが悪い」
しばらく落ち込んでいた雨明だったが、いつまでもカッコ悪いところを見せられないと思い、勢いよく立ち上がる。
「せや、蘆屋さんの家に行きたいねん!」
「わ、私のですか?」
困惑する学園長に、雨明は距離を縮めすぎたかと思う。そんな雨明の予想とは違い、学園長は部屋を綺麗にしていない事に焦っていた。タバコや酒缶は机の上だし、今日の服を決めるために出した服もそのままにしてある。そんなものを雨明に見せてしまったら、どんな反応をされるのか。だが、お家デートというのは気になる。
「別に、良いのですが、ちょっと……その、今は見せられないというか」
「……!なら、俺はちょっと買いたい物があるんよ!」
「その間に片して来ます!!!」
妖術で消えていった学園長を見送り、目当ての店へと向かう。
「…俺の色か」
学園長の服装を思い出しながら、頬を赤く染めて呟く。雨明の瞳には、怪しい感情でゆらりと揺れる。早く、買わなければいけない。早く、あの朱色の炎と満天の星空を消さなければいけない。黒い独占欲に支配されながら、ゆったりとした足取りで歩いて行った。
「可愛ええよ。もっと俺の色に染まって欲しいくらい」
ふと、記憶にあるモノを思い出し、一気に気分が冷める。
「……けど、俺の好きな色を入れてくれたけど、あれはそのままなんやね」
学園長の耳にあるものを忌々しげに見ることしか出来ない日々にイライラしていた。神に愛されている印。朱く燃える2つの光。今はもう堕ちた神。
「神主としてはアカンけど、堪忍な」
その分もっと愛してみせるから、もう離して欲しい。
「あの痣も、御先祖様のやろ」
学園長がたまに痛みに苦しみながら夜を過ごしているのを、雨明はもう知っている。
「愛しとるよ。貴方と共に生きていく為なら、嫌いな妖にだってなってやる」
雨明の黒い感情に、歩く度に増えていく周囲の人々は少し距離を置く。愛されている相手が可哀想だと思ったが、何も言えなかった。
「……まさか、あそこまでとは思いませんでしたねぇ」
雨明の雰囲気に嫌な予感を覚えた学園長は、バレないように様子を伺っていた。思っていたより危ない方向に感情が向かっていくのが分かってしまい、冷や汗が流れる。
「まだ、分からないのに」
想いを返せないのが、こんなにも苦しいとは知らなかった。
「お待たせしました」
「蘆屋さん!」
いきなり抱きつかれ、困惑する。そんなに欲しい物があったのか。しばらくぎゅっと抱きしめられたが、途中で我に返った雨明が恥ずかしそうに身体を離した。それから手に持った紙袋を学園長に差し出す。
「蘆屋さん、これ貰ってや」
「これは…ピアスですか。綺麗な色ですね」
藍色のピアスは、空の光に綺麗に反射していた。雫の形をしたそれは、なんだか雨明の髪色を連想させる。
「良かったらどうぞ。初めてのデート記念ってことで、頑張って選んだんよ」
「ふふ、ありがとうございます。有難く使わせていただきますね」
「あと、これも」
もう1つの紙袋も渡される。自分用に買ったのだと思っていたから少し驚いたが、嬉しそうに笑う雨明を前に断る訳にもいかず、有難くいただくことにする。
「お面、ですか?」
「いつも付けとるやろ?たまには違うもんを付けて気分転換でもしたらええと思うてな」
「ありがとうございます。色々といただいちゃいましたね。今度何かお返しします」
流石に貰ってばかりなのは申し訳ないと思ったが、雨明は特に気にした様子もなくいやいやと首を振る。
「別にいらんて。もう貰ったみたいなもんやし」
「そう、ですか……?」
「次からデートする時、この2つを付けてな」
「……分かりました」
暗く淀む瞳に息を呑み込みながらも、気づかない振りをする。雨明のその表情は、晴明を思い出すから苦手なのだ。全身を絡め取られるような気持ち悪さを感じる。
「行きましょうか」
あまり好意があると勘違いされる行動は慎まなければいけない。まだ、雨明が好きか分からないのだから。未来のある子、しかも安倍家の長男なら尚更外れた道に進ませてはいけない。そう心に誓った学園長は、どうしてか悲しそうな表情をしていた。
「蘆屋さん?どないしたん、気分悪いんか?」
「いえ、少し考え事をしていました」
雨明と付き合ってから、初めて晴明神社へ行った日のことを思い出していた。
神社へと訪れた学園長は、雨明の両親と、双子の弟の晴明に大事な話があると言った。今は晴明たちの目の前で綺麗に正座している学園長がいる。いつも付けているお面は取っていて、珍しく素顔を晒していた。両親は素顔を見るのが初めてなのか、とても驚いた表情をしていた。
「あの、どうかなさいましたか?」
「い、いえ!随分とお若いのだと思いまして……」
「…そうでしょうか。ありがとうございます」
複雑な気持ちになりながらも、お礼を言う。若いと言われて嬉しいのと、威厳が足りなくて悔しいのが入り交じっている。
「…なにか、ありましたか?」
不安な気持ちを抑えながら、晴明が問う。今までも何回か神社で会ってはいるが、こんなに真剣な表情は初めてみたかもしれない。いつもはお面の上からでも穏やかな雰囲気が伝わってきていたから。
「───私、雨明くんと交際をしています」
「……交際!?」
話を聞くと、付き合ってからそんなに時間は経っていないそうだ。雨明からそんな話を全く聞かされていなかった晴明たちは、状況をあまり飲み込めずにいた。
「いきなりの事で驚かせてしまいましたね。すみません」
困惑する晴明たちを前に、何故か学園長は申し訳なさそうにしていた。
「挨拶ではないですけれど、ご報告だけさせて頂きたくて参りました」
「ご丁寧にありがとうございます。雨は一緒じゃなくても良かったのですか?」
「……今は、まだ」
チラリと、晴明の方へ視線を送る。学園長の視線に首を傾げる晴明だったが、両親には話しづらいことだと分かり、出来るだけ不自然にならないように部屋から追い出す。思っていたより素直に出て行った両親は、多分何かを察していたのだろう。心の中で感謝する晴明は、学園長の方へ向き合う。
「僕に、話したいことがあるんですよね?」
「……はい」
ふわりと微笑む学園長だったが、まだ緊張していることが分かる。拳は固く握られ、少し震えているような気がする。晴明はそんな学園長の手をそっと握る。
「ゆっくりで大丈夫です。待ってますから」
「…あ、ありがとう、ございます」
しばらく手を握り、互いの体温で生緩くなってきた頃に、ようやく学園長の口が開く。
「私は、雨明くんが恋愛として好きなのか、まだ分かりません」
「はい」
「雨明くんが、どうして私を好いているのかも分かりません」
いきなりアプローチをされましたのでと語る学園長は、恋人の話をしているのに、辛そうだった。
「雨と、なにかあったんですか?」
そう聞く晴明に、首を横に振る。
「そうではないのですが、ただ……」
口を開いたり閉じたりする学園長。いつもの頼れる人ではなく、弱々しい様子に珍しいと思う。勿論、それで失望なんてしないのだが、どうしても心配してしまう。
「既成事実として犯されそうになった時はどうなるのかと思いましたが───」
「まってまってまってまって」
まさかの言葉が学園長の口から出てきたので、つい待ったをかけてしまった。
「なんですか。今大事な話の途中なのですが」
「もっと大事な話を軽く言わないで!?」
敬語が抜けてしまった晴明を、学園長はコツンと頭を叩いた。
「いてっ」
「全く、子ども扱いしないで下さい」
晴明にそんなつもりは無かったが、学園長はそう感じたらしい。あまり怒ってはいないようだったが、真面目な晴明は頭を抑えながら謝る。実際そんなに痛くなかった。
「ところで義兄さん」
「義兄さん???」
「雨と付き合ってるなら結婚しますよね。だから学園長のこと、義兄さんって呼びます!」
「まだ好きか分からないと言いましたよね?」
「付き合ってるのに結婚しないんですか?」
「いや、そういう問題では───」
いきなりボケだす晴明に、困惑しながらもツッコミを入れる。しばらくコントもどきをし、気がついたら小一時間経過していた。
「仕方ないので道満さんで許してあげます」
「なんかムカつくな……」
もう一発痛いのを入れてやろうかと拳を握るが、それに気づかない晴明はケロリとした表情で学園長を見つめる。
「でも、学園長は絶対に雨のこと好きですよ」
「…どうしてそんな事が言えるんですか」
不満気な学園長に、晴明は安心させるように笑う。だから子ども扱いするなと言いたかったが、次の晴明の言葉に固まる。
「じゃなきゃ、あんな顔出来ないもん。それに、雨のことでそんなに悩んでいるのなら、もうそれは恋だと思いますよ」
あんな顔ってどんな顔だと言いたかったが、顔が熱くなるのを感じる。耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かり、居た堪れない気持ちになった。
学園長は慣れた様子で雨明を部屋に通す。今はあまりしなくなったが、昔はよく人を招いたものだ。その名残りではないが、少し広めの客室がある。雨明と付き合い始めてからはよくここを使っていた。最近は来ないだろうと油断していたから、今度からは気をつけていこうと思う。
「それでは、お茶を淹れるので待っていて下さい」
「お客でもないし、そんな気にせんでええのに」
「ビールとお茶、どちらがよろしいですか?」
「お茶でお願いします……」
あまりお酒に強くない雨明は、不満ながらもお茶を希望する。それでも俺も淹れると言う雨明に呆れながらも、一緒に台所へ向かう。
「……雨明くん、私のこと好きですか?」
唐突に質問を投げかける学園長に、コップを落としそうになる雨明。慌てて持ち直すが、頭の中は学園長の言葉でいっぱいだった。
「す、好きやよ。いきなりどないしたん?」
「……いえ、特に深い意味はないです」
視線を逸らす学園長に、雨明は嘘だと察する。恋人の癖に気づかない程鈍感じゃない。持ち直したコップを机に置き、学園長の方へ近づく。
「雨明く───」
「目を逸らすなや」
「まって……!」
顔を強引に押さえつけられる。雨明の顔が近くにあり、心臓がドッと速くなっていくのを感じる。抵抗するが、雨明も負けじと対抗する。やがて諦めて力を抜いた時の学園長の表情に、目を見開く。
「いま、受け入れたばかりなのに……!」
顔を真っ赤に染めながらも、雨明を睨む。照れているのとが丸わかりなのに、必死に隠そうとする学園長が、可愛くて仕方なかった。
「ずっと、自覚はしてたんやな」
強く掴んでしまって学園長の顔を、今度は優しく頬を撫でる。こんなに恋人らしい雰囲気は、初めてかもしれない。いつも、受け流されるから。
「顔、真っ赤やで」
「っあ、ぇ……!」
たじろぐ学園長の口に、そっとキスをする。初めてでもないだろうに、生娘のような反応をみせる学園長に理性が切れそうになる。
「ほら、目閉じて」
「んっ……」
少しずつ理解が追いついたのか、大人しく目を閉じる学園長に、どれだけ愛しているのかを分からせてやると心に誓った。
ー終ー