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智絵里と一花がキッチンに行ってしまったため、恭介は一花の夫である|尚政《なおまさ》と二人でリビングに残されてしまった。
恭介は過去のことを思い出して気まずくなる。それに気付いた尚政は、クスクスと笑い出す。
「そんな構えなくていいよ。もう過去の事だしね」
「いえ……そうは言っても、俺が言ったことでお二人に迷惑をかけてしまったのは事実ですし……」
「そうそう。わざわざ大学まで来て『雲井さんがかわいそうだから別れてください』って言いに来たんだよね。いやぁあの後かなり大変だったよ」
「……智絵里から聞いて知ってます。本当にすみませんでした」
「でもまさかあの時の子がさ、智絵里ちゃんと付き合ってるとは思わなかったけど」
息子を電車のおもちゃで遊ばせながら、尚政は笑顔を浮かべる。
「一花と智絵里ちゃんって、本当に仲が良いんだよね。俺の仕事でアメリカにいた時期があるんだけど、わざわざ遊びに来てくれたりしてさ」
「あの……お二人はいつご結婚されたんですか?」
「俺たち? 一花が二十二歳だったから……」
「二十二歳⁈」
「そうそう。で、今は二人目を妊娠中。女の子なんだって。一花に似た子かなぁ」
尚政は息子を抱き上げると、嬉しそうに話す。膝に乗せ、何度も頭を撫でた。
「智絵里ちゃんを初めて紹介してもらった時、なんかちょっと俺に似た空気を感じたんだよね。トラウマを抱えているような、暗い感じ。一花といると楽しそうにしてるけど、一人になると影が見えるっていうかさ」
俺の前から姿を消した後の智絵里の姿を知り、また胸が苦しくなる。
「少し前までそんな感じだったんだけど、今日の智絵里ちゃんは今まで会った中で一番明るい気がする。やっぱり君のおかげかな?」
「そんな……でももしそうなら嬉しいです」
「いや、明らかにそうでしょ。俺も中学から大学までネガティブ男子だったからわかるよ。俺は一花に救われたけど、智絵里ちゃんは君に救われてるんだなぁって。だから今日うちに君を連れてきたんじゃない?」
その時智絵里と一花がケーキとお茶を持って戻ってくる。
「何を話してたの?」
「ん? 俺がずっとネガティブ男子で、篠田くんのおかげで大変だったって話」
「あはは。懐かしいねぇ。でも私は篠田くんのおかげでちょっと進展したって思ってるよ。雨降って地固まるみたいな」
「確かに。あの後から一花と先輩の距離が縮んだよね」
「でもそれは智絵里と篠田くんもでしょ? あれからすごく仲良くなったし」
一花に言われ、二人は顔を見合わせる。確かにあの日がなければ、二人が仲良くなることはなかったに違いない。
「じゃあ私たちのキューピッドは一花なのね」
「うふふ。そうだったら嬉しいな」
智絵里と一花が笑い合う。一花といる智絵里はすごく優しい顔をしている。逆に智絵里といる一花も同じだった。
俺がいいなと思った雲井さんの横にはいつも智絵里がいた。なのにあの頃は雲井さんばかりで智絵里を見ていなかった。なんてもったいないことをしてたんだろう。どんな表情をしていたのかな。
「でも智絵里が男子と一緒にいるって、本当に珍しいことだったよね。それだけ気が合ったってことかな」
「なんか俺って智絵里の番犬って呼ばれてたんだって。この間早川に会った時に言われたよ。智絵里に変な虫がつかないように守ったらしいよ」
「そうなの?」
「いや、ごめん。俺には自覚なし」
素直に話すと、智絵里は笑う。
「でも自覚があったらたぶんこんな関係にはなってないよ。友達として深く関わったからこそ、恭介を信頼出来ると思うの」
見つめ合う二人を見ていた一花と尚政の方が、逆に照れてしまう。
「尚くん、なんか私たちの方が恥ずかしくなっちゃうね」
「でも智絵里ちゃんが幸せそうで、俺はすごく嬉しいよ。なんかお父さん的な気分。感無量」
「勝手にお父さんが増えても困るんですけど」
「お母さんな彼氏もいるしね」
「そうそう」
そんなやりとりをしながら、智絵里がここに連れてきた意味を考える。アメリカにまで行くくらい、きっとこの人たちは智絵里にとって心を許せる人たちなんだろうな。
その大事な人たちに会わせてくれたということは、俺もそこに分類されたということなのだろうか。
恭介は少し深い所で智絵里と繋がれたような気がした。