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「うーむ……?」
夜が明け、疲れていたのか少し遅めに起きたピアーニャが、執務室で首を傾げながら唸っている。
「どうしたのよ? トイレなのよ?」
「ちがうわ。キボのおおきなホウコクがきていてな……」
「なんなのよ?」
2日分の報告書を呼んでいたのだ。訪ねてきたパフィに、唸っていた原因の報告書を渡す。
ピアーニャの隣では、頑張って報告書を読もうとするアリエッタが、難しい顔をしていた。
「なにをやっているんだ、コイツは」
「きっと妹が読んでいるのに、自分が読めないのは悔しいんじゃないですか?」
「だれがイモートだ」
「分かる所あるかなー? ここはラーチェルって読むのよ?」
「らー…?」(うぅ~わからない……ぴあーにゃが読めるんだから、僕も早く読めるようにならないと……)
楽しそうに単語を教えようとするミューゼの予想は大正解。今までは、絵や物を指差して単語を教えてもらっていたが、アリエッタが文字をまともに見たのは初めてである。
(教えてもらうには、1文字ずつがいいんだけど、ここにあるのは文字の羅列……こりゃ帰らなきゃ無理だ。単語で予習くらいかなぁ……うーん……)
(なんか文字睨んでるなぁ。形を覚えようとしてるのかな? そもそも文字っていうモノを知ってるの?)
ピアーニャに見栄を張りたいアリエッタは、ちゃんと『お姉ちゃん』でいられるように勉強がしたいと思っていた。しかし大人向けの報告書は、難易度が高すぎる。
そもそも読み書きを教わる為の、最低限以下の会話も身に付いていない。
(ぴあーにゃの前で勉強って、カッコ悪くないかな? 今は読んでるフリしてたほうがいいかな。いや待てよ? ぴあーにゃに教えてもらうような事になったら、お姉ちゃんとしての立場が……うん、やっぱり帰ってからの方がいいや。そんでもって、僕がぴあーにゃに色々教えてあげないとな!)
元大人としての意地があるのか、譲れない何かを内に秘め、今後の目標を定めていた。
「……なんかシンケンなカオでみてるが、よめないだろ。はやくゲンジツとモジをおしえてやれよ」
最年長者であるピアーニャには、そんな見栄など最初から通じない。アリエッタの決意は、無駄に終わる事だけが約束されているのだった。
そんなやり取りをしている横で、受け取った報告書を呼んでいたパフィは、首を傾げていた。
「あれ? これシャダルデルクの事件なのよ? 日付が丁度シャダルデルクに行ってた日なのよ」
「そうなの? あの魔王絡み?」
「ちがうぞ。そもそもバショがとおすぎる」
見ていたのは、シャダルデルク支部からの報告書。なんとなく気になって手を伸ばしたミューゼに手渡した。
記入日は最近のものだが、書かれている事件の日付が、魔王ギアンのドルナと遭遇した日と同じなのだ。その事件とは、
「ファナリアを狙うテロリスト組織が消滅? 原因は…何かが飛んできたと思われるが、爆心地ではそれらしき物は何も発見出来ず……はぇー。あの日にそんな事があったんだ」
「あのリージョンは、ハンザイソシキがかくれやすいからな。そのぶんタイコウソシキもおおい。とおくからみはっていたカンシインたちが、いまもチョウサチュウだ」
「へー」
大して興味がないのか、報告書をテーブルに置いた。アリエッタも見てみるが、当然読めないので、手に持っている別の報告書に視線を戻す。
「アリエッタ怖いねー、爆発だって。あの魔王の仕業なのかもねー」
「う?」
「……まぁ、そのカノウセイは、あるかもしれないか」
その日、魔王と対峙していた犯人達は、何も知らないまま、なんとなーく罪の無い魔王に濡れ衣を着せるのだった。
「まぁそんな事より、テリアとリリはどうしたのよ?」
パフィも興味を無くし、朝食後から姿を見ない王女達の事を気にし始める。
2人は報告書をまとめる為、ロンデルと共に別の部屋で作業をしていた。時々調査部隊のリーダーを呼んでは、整合性の確認をしていたりする。
「総長は報告書……ああ、アリエッタと遊んでいたから書く事無いのよ?」
「シツレイだな!?」
ピアーニャは否定したいが、実際ネフテリアの補佐や移動しかしておらず、大半がアリエッタに構われていた為、ネフテリアだけで事足りるのである。
「ぐぬぬ……」
(どうした? もしかして、ぴあーにゃも読めなくて悔しいのかな? なおさら頑張らないと!)
この後ミューゼ達とニーニルに向かう前に昼食を食べに行くのだが、ピアーニャが落ち込んでいると思ったアリエッタが、移動前からずっと手を繋いで離さない。
「ぴあーにゃ、ごはんごはん」
「う、うむ、そうだな……」
『ぷっ』
「総長がまた可愛い事になってる~」
「ホントだ。あはは」
「ぐぬぅ……」(せめてホンブでは、かまわんでくれ!)
可愛がるほど機嫌が悪くなり、機嫌が悪くなるほど必死になって可愛がるという、いつもの可愛い悪循環が展開されていた。
その傍では、マンドレイクちゃんも一緒に歩き、大人達が極秘事項を避けて、なおも話し合っている。
「流石にその為に、アリエッタは貸し出せないですね」
「トラブル対処が出来ないからねぇ」
「むしろ悪い虫がつかないか心配ですよ」
「宣伝の顔としては、最高の人材なのにねー」
「その辺の王女よりずっと可愛いのよ」
『まったくだわ』
「なんで本物の王女が2人とも即同意してるんですか……」
「だってアリエッタちゃん可愛いから」
「勝ち目の無い無謀な戦いをする程、愚かではないのよ」
「………………」
どうでもいい方向に脱線してはいるが、話題はリージョンシーカーのマスコットとして、マンドレイクちゃんをどのように売り出すかというものである。そこにアリエッタが加われば、さらなる可愛さアピールになるのだが、問題はアリエッタ自身が目立ちすぎるという事だった。
「可愛いって罪ねぇ」
「それは解ります」
話題はそのままに、昼食へと突入。
アリエッタはピアーニャと自分の椅子をくっつけ、いつも以上に甲斐甲斐しく世話をする。ピアーニャはその行為を、心を無にして受け止める。
そんなピアーニャの姿を見たロンデルは、真面目に感心していた。
「流石は総長。歴戦の戦士がたどり着く境地へ、既に踏み込んでいたのですね」
「……ただ平和にゴハン食べてるだけですけど?」
ピアーニャも日々無駄に甘やかされていた訳ではない。アリエッタの行動に耐える為、心を守る術を必死に編み出していたのだ。
食べている間のマンドレイクちゃんはというと、アリエッタの背後にじっと佇んでいる。護衛のつもりなのかもしれないが、他の人から見たら、ただ不気味である。
食事中も売り込み方法の話は進み、まずは大人だけでやってみようという事になった。
「それじゃあリリさん達の新しい服は、フラウリージェに頼んでみますね」
「はい。まずは3人分から。慣れたら徐々に衣装や人数を増やしてみましょう」
「後でアリエッタの服の絵から、良さそうなのをいくつか見つけるのよ」
どうやらリリ自身が最前線に立つらしい。
「城で踊るようなダンスじゃなくて、もっと賑やかな方がいいよね?」
「ああ、酒場の踊り子とか、そんな感じの」
「あれをもっと可愛くして、女性にも受けるようなのを……」
「音楽はどうします?」
「うーん……」
もしアリエッタが会話を理解していたら、色々ツッコミを入れそうな内容だが、なんとなく決まってきたようだ。
手探り部分が多いので、後は実際に計画を進めながら調整という事になったところで、食事は終了。みんなでニーニルへと転移した。
「はぁ、つかれた……」
ニーニルまでやってきたピアーニャ達はミューゼ達と別れ、そのままリージョンシーカーへと足を運んだ。報告書の続きを書く為に。
「お疲れ様。この後は極秘事項の多い報告書を完成させなきゃいけないから、ピアーニャはチェックよろしくね」
「ああ、コールフォンとかのことか。さいごにハッカクしたアレだけはかけないしな」
「アリエッタちゃんの力は、基本極秘ですからね。パフィさん達には口止めしなくてよかったんですか?」
「ひろめるホド、ねらわれやすくなるコトは、リカイしているからな。あのカホゴっぷりならダイジョウブだろ」
「それもそうですね」
ニーニル支部に入った4人と1体は、そのまま奥の部屋へと向かう。書類を広げ、見返していたロンデルが、疑問を口にした。
「この…巨大ドルナ・ノシュワールを破壊とありますが、どのようにして壊したんですか?」
『あ……』
それもコールフォンと同じく、外部に知られてはいけないレベルの情報。幼い少女が紙を使って、辺り一帯の星ごと吹き飛ばした…などと書いてしまえば、危険人物認定間違いなしである。
「テリアのマホウでふきとばしたコトに……」
「いや無理だからね!? わたくしの魔法だと、表面に小さな穴を空けるとかしか出来ないから!」
ネフテリアの魔法の実力がかなりのものだからこそ、あの巨大なノシュワールを粉々に破壊する手段が思い浮かばない。その報告で嘘をつこうにも、アリエッタの身替わりがどうしても用意できないのだ。
その現場を見ていないロンデルとリリは、本当の事を言わない2人を訝し気に見ていた。
「この際2人も巻き込んじゃおう……」
「そうするか」
結局、本当の事を打ち明ける事にした。
この後ロンデルとリリは、口をあんぐり開けてしばらく固まっていた。そして復活した後、4人でどう書くか夜まで悩み続けるのだった。
「やっぱり、アイツをシゴトにつれていくのはやめよう……」
「そうね、出来るだけお留守番だね……」
「破壊の原因はどうします?」
「……魔王のせいにしとこっか」
死後の悪役扱いはともかく、消滅後は世界を跨いで都合よく使われる、哀れな魔王であった。