テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
264
34
196
第1話 「画面の向こう」
「……また、一日が終わった。」
誰もいない部屋に、小さく声が響く。
高校二年生、朝比奈湊。
生まれた時から家族はいない。
親に捨てられ、施設を転々とし、高校入学と同時に一人暮らしを始めた。
「おかえり。」
そう言ってくれる人もいない。
「いただきます。」
そう言っても、返事は返ってこない。
それが、湊にとっては当たり前だった。
学校では友達もほとんどいない。
必要以上に話さず、授業が終われば真っ直ぐ家へ帰る。
誰かと関われば、いつか失う。
そんなことは、もう嫌というほど知っていた。
夜十一時。
イヤホンを耳につけ、スマホを開く。
毎晩のように開く音楽チャットアプリ。
知らない誰かが歌い、ギターを弾き、ピアノを奏でる。
湊は誰とも話さず、ただ音楽を聴くだけだった。
「……今日も、きれい。」
そんな時だった。
一つの配信が始まる。
『夜空へ。』
シンプルなタイトル。
興味本位で開くと、静かなギターの音が流れ始めた。
優しく、どこか寂しい旋律。
自然と息を呑む。
「……すごい。」
曲が終わる頃には、胸の奥が少しだけ温かくなっていた。
コメント欄を見る。
『ありがとう。』
『今日も癒やされた。』
『また明日ね!』
配信者の名前は――
Ritsu
湊は少しだけ迷って、初めてコメントを打つ。
『すごく、好きな音でした。』
送信。
すぐに後悔した。
「……やっぱ消したい。」
その瞬間。
『ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。』
画面に表示された一文。
たったそれだけ。
なのに。
胸が少しだけ苦しくなった。
誰かに「ありがとう」と返されたのは、いつぶりだろう。
配信が終わったあと、スマホが震える。
Ritsuさんからメッセージが届きました。
『コメントありがとう。音楽好きなんだ?』
湊は画面を見つめたまま固まる。
返した方がいいのか。
返さない方がいいのか。
また誰かと関わって、傷つくくらいなら。
そう思うのに、指は勝手に動いていた。
『好きです。あなたの音が、一番好きでした。』
送信。
既読。
数秒後。
『嬉しい。また話そう。』
その短い言葉が、誰もいない部屋を少しだけ温かくした。
その時の湊は、まだ知らなかった。
この”たった一通のメッセージ”が、自分の人生を大きく変えていくことを。
そして、その恋が、あまりにも切ない結末へ向かっていることを――。
コメント
29件
いい!めっちゃいい!