テラーノベル
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昭仁は朝、よくコーヒーを淹れる。コーヒーと言っても、ブラックすぎると美味しくないので、カフェオレに近いコーヒーを飲む。少し前までは特に濃いキャラメルラテにハマって飲んでいたのに、カロリーと血糖値を気にして本来飲んでいたコーヒーに戻した。
仕事が朝早いと職場でもコーヒー作ってるので、色んな人に飲ませている。
でも、なぜか晴一向けには淹れてくれない。もちろん、過去にコーヒーを淹れてくれた記憶が全くないというわけではない。
そのうえ、彼にだけは絶対淹れたくない秘密があるとか、そういったはっきりとした理由とかがあるわけではない。
なのに、いつしか昭仁は晴一との距離をつくっていた。
「じゃぁ、僕そろそろ帰ります」
「あぁ、もうこんな時間」
既にアルバム制作もラストパートを迎え、曲の最終チェックをしていた。いつの間にか時計の針は夜の11時を指し、秒針は、そんな時間を惜しむ彼らを無視して止まらなかった。
「昭仁、今からうち来る?」
「いや、明日朝から用事あるから別日にする」
昭仁はそう言って軽く、晴一からの誘いを断った。本当に用事があったのか、適当に言い訳を付けたくて言ったのかは表情では読み取れなかった。
晴一は昭仁があまりにも構ってくれないので、鬱憤が積もりに積もっていった。
家に戻るなり、彼との時間を思い出してしまい、ベッドに倒れては真っさらな天井を見上げた。
彼と出会って30年以上経つ。一度だけいいから、地面に足を付けて駆けた、あの時の2人だけの熱をまた感じたい。なんて思いながら、額に手の甲を乗せる。
晴一はそのまま眠りについた。
「昨日、どこまで進みましたっけ」
「えぇと、ラストはどの曲で締めるかってとこですかね」
「あぁ、それは今回のツアーのトリの曲で良いんじゃないかって。でも、それだと前の曲との温度差が出来ちゃうんで…」
昨日と同じく、晴一と昭仁と他数人で曲のチェックをしていた。昨日書いた文字が乾燥して、消しづらくなったホワイトボードに苦闘しながら、彼らは仕事という仕事をこなした。
「一段落着いたので休憩しますか?」
「うん、手も疲れてきたし、少し休憩します」
昭仁がそう言うと部屋を後にした。私物は基本、この部屋にしか置かないので、何をしに行ったのかは知ることが出来なかった。だが、晴一は昭仁がする行動なんて大体想像出来るので、気にするまでもなかった。
10分ほど経てば昭仁が戻ってきた。両手にはコーヒーで、熱そうにしながらカップの縁部分を掴んで持ってきた。
流石に淹れたばかりのコーヒーは熱いので、すぐにテーブルに置いて、熱い部分を触った指を確認していた。
ちょっとの指の確認があってから、昭仁は晴一に声をかける。
「コーヒー飲まん?もう手元にないじゃろ」
昭仁がコーヒーを渡してきた。
晴一はコーヒーを持ってくるであろうとは想像していたものの、まさか自分に向けて淹れてくれたなんて想像していなかった。少しの動揺があってから、確かに飲みかけのコーヒーは数滴といっても良いぐらい空になっていたのを確認した。その後すぐに、喉に何かがつっかえた状態でも言葉を返す。
「ありがと、貰う」
ただそれだけを言ってコーヒーを貰った。晴一はコーヒーが段々と熱を帯びているのを感じた。
これは一体何の熱なのだろうか。
最近肌寒くなってきたので、朝になれば晴一もコーヒーを淹れる回数が増えた。晴一は私流の飲み方もなく、苦くてもいけるので、市販のコーヒーをそのまま淹れて飲む。
そして今日はライヴがあった。ライヴの日は水かお茶が基本で、いつもよりコーヒーを飲む回数が減る。しかし肌寒いとはいえ、やっぱりライヴをすれば心身ともに熱くなった。
「やっぱ昼はまだ暑いんじゃ」
「まだ9月の頭じゃし、ライヴしたばっかじゃし」
「ふふ、こんくらいが丁度いいわな」
晴一は昭仁の言葉に惹かれた。このくらいの温度が”丁度“いい、だなんて。
気温の話で、暑いと寒いの中間ぐらいが快適だという話なのは分かるのに、なぜか今の自分の心の内側と被せてしまう。それくらい晴一には影響のある話だった。
それから晴一は昭仁への見方が変わったような、そんな淡くて脆い感覚を覚えた。
街中では、本格的に長袖や上着を着る人も多くなってきた。もちろん昭仁と晴一も寒いのは苦手かつ、職業柄、なるべく風邪は引きたくないので、完全に衣替えしていた。
そして数日前、ミュージックビデオを撮影するために下北沢に行った。撮影が終わるとそのまま現地解散だったので、特に予定のない昭仁は街中を歩き回った。下北沢はめったに来ない場所でもなく、デビューしたての頃は小さいライヴハウスでライヴをしていた記憶もあるので、言ってしまえば馴染みがある街だった。
沢山店がある中でも、“心ごと暖まるコーヒー”とか謳う店にふらっと立ち寄った。中に入れば柔らかいコーヒーの匂いが壁まで染みついていて、建物全体をほろ苦い匂いで充満させていた。
適当にブレンドコーヒーを頼んで休憩した。飲んでいる間、この店ではコーヒー豆が売っているのに気が付いた。
店を出るといつの間にか買ってしまっていた。あんまり来ない場所だし…なんて脳内で言い訳しながら、帰ろうと駅へ向かう。
「あ、昭仁」
どことなく聞き馴染みのある声が横から聞こえてきた。
「あっはは、さっきぶりじゃの。何しとったん?」
「そら今日は食べ損ねたからご飯よ。って…それは?」
「ん?あぁ、コーヒー豆。下北沢でぶらぶらしとったらコーヒー店あったから、そこで買った。」
昭仁は晴一とまさか数時間ぶりに、こんな場所で再会するとは思ってもいなかった。
「これから予定とか?」
「ないよ。明日休みだから今日の夜飲もうかなってぐらい」
「じゃあわしの家来る?」
昭仁は下心はなしにせっかくなので誘ってみた。
「…珍しいの」
「最近断ってばっかりだし。今日くらい」
「一応酒もあるし、コーヒーもあるよ」
「じゃぁ、昭仁が好きな方で」
家に着けば一応飲み物を聞いてみた。晴一のことだから絶対酒を選ぶと思っていたので、昭仁は意外な返答に動揺が隠せない。
せっかく買ってきたし、晴一にも振る舞おうと思っていたのでコーヒーを選んだ。
「はい、熱いの苦手だからちょっとぬるいかもしれん」
「ふふ、普通に職場のが熱すぎるんじゃ」
2人はたわいもない会話を楽しんだ。流石にコーヒーだけじゃ来た意味がないので、酒も用意しておいた。晴一は気が利くと言わんばかりに缶を開けた。
一本途中目の昭仁でも、話していくうちに段々酔いが回ってきて、まぶたが重くなり意識が薄れていくのを感じた。
「こんな所で寝たら風邪引くよ」
「ん…帰らんで」
「本当?酔ってる?別に良いけど…」
そう聞くと昭仁は寝室に移動してベッドに倒れ込んだ。晴一はその甘い寝顔に惹き込まれて、じっと顔を見つめた。
なんで今日誘ってくれたのとか、今日の仕事のこととか、もっと根掘り葉掘り聞きたかった。
晴一は昭仁の頬を撫でてじんわりと体温を感じた。1分ぐらい頬に手のひらで撫でていると、昭仁側から吸い寄せられるように優しく抱きしめられた。
「なんだ、まだ起きとったか」
晴一は彼の耳元付近に小声で呟いた。
そのまま優しく口づけあって、ほのかに香るコーヒーの匂いは体の内部まで浸食した。
リビングに置きっぱなしになっていた飲みかけのコーヒーは、まだ温かさを残していたことを2人は知らない。
コメント
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もうエモすぎて胸がキュッと締め付けられたんだけど!?😭💕 コーヒーが2人の距離感とか温度を象徴してるのが本当に上手で…昭仁が最後にコーヒー淹れてあげたシーン、まじでドキドキしたよ✨しかも酔った勢いのキスまであって、もう尊さで爆発しそう!!🥺🔥 「飲みかけのコーヒーはまだ温かさを残してた」って終わり方が秀逸すぎて続きが気になりすぎる〜!