突然ピアーニャがやってきて、目の前から男が急にいなくなった……アリエッタからはそう見えていた。
「……ぴあーにゃ?」
「アリエッタ……だいじょうぶというか、わかってなさそうだな。おきたばかりなのか?」
キョトンとしているアリエッタを見て、ピアーニャは安心する。
アリエッタは話が通じない時は、無理に話そうとはしない事が分かっているからである。そしてどうしても伝えたい事がある場合は、何かを頑張ろうとする事も分かっている。リアクションしないからこそ、何も無かったと判断できるのだ。
「本当に、言ってる事が分からないんですね……」
「まぁな、これでもすこしずつコトバをおぼえていってるんだぞ」
ピアーニャの背後から、料理人が少し辛そうな表情で、アリエッタを見ている。
(また知らない人だ。それはいいとして、ここどこなんだろう? さっきの人は?)
アリエッタがピアーニャに掴まれながら、キョロキョロと見まわすが、ディランは見つからない。真後ろで倒れているのを、ピアーニャが見せないようにしているのだ。
「ほら、アリエッタ。ベッドからおりるぞ」
(うん? ベッドから出ろって事? ぴあーにゃはお昼寝とかしなくていいのかな?)
手を引かれ、素直に降りるアリエッタ。しかし靴が無い。
さすがにベッドに寝かされる前に、靴だけは脱がされていた。
「おい、アリエッタのクツをさがしてくれ」
「分かりました」
料理人の女がベッドの近くを探し回ると、すぐに靴は見つかった。何故か倒れたディランのポケットから、はみ出していた。
靴を手に取った時、その腕をディランの手が掴んだ。
「くっ……これは渡せん……」
「なんでだ……」
真剣な眼差しで靴を死守するディラン。
どうしたものかとピアーニャが考え始めると、再び扉が開いた。
「王子! ……ピアーニャ総長! 先に着いていたのですね!」
「なんだ、おまえもアシドメされてたのか」
ピアーニャは、オスルェンシスの後ろで息を切らしている男を見て、状況を察していた。
「……お前達、足止めもう少し頑張れよ」
『いや無理ですから』
「諦めるの早いな!?」
間髪入れずに2人の側仕えに同時に答えられ、これまた間髪入れずにツッコミを入れるディラン。
そもそも、別リージョンを渡り歩くシーカーの最高戦力と、自由奔放な最強王女であるネフテリアのお目付け役を相手に、足止めが出来る事自体が凄い事だったりする。2人もそれを分かっている為、動けなくなった時点でこれ以上は無意味で危険だと判断し、すぐに負けを認めているのだ。
オスルェンシスは、ディランに強く出る事の無い2人の代わりに、アリエッタの靴を取り返そうと、前に出た。
「さて王子、その靴を渡してください。貸した物とはいえ、これではアリエッタちゃんが歩けません」
「ほう、アリエッタというのか……ふふふ……」
ディランがアリエッタの名を知り、不敵に笑う。それを見て、他の4人がため息をついた。
「ぴあーにゃ?」(疲れてるのかな? よしよし)
「なでるな、まったく。テリアたちがきたらメンドウなことになりそうだから、さっさともどってゴウリュウするぞ」
「くっ……」
アリエッタに撫でられるピアーニャを、ディランが睨みつけている。圧倒的に不利だが、まだ諦めてはいなかった。
ディランは立ち上がり、全員を見渡しながら語り始める。
「別に危害を加える気が無いのは知っているだろう? その子…アリエッタと話をしたいだけだ」
何もしない事をアピールし、話をする機会を得ようとするディランだったが……
「むりだ」
「不可能です」
「出来ないんですよね」
「ああ、無理ですぜ」
問答無用で全員に否定されていた。
「おい!? お前達までそんな事言うか!? 別に話くらい構わんだろうが!」
何も知らないディランは必死に食い下がる。もちろん否定の言葉に悪意は無い。
「……あの、アリエッタちゃんはまだ言葉を知らないんです。どうやって話をするおつもりですか?」
今更ここで隠す事でもないので、オスルェンシスが正直に理由を話した。
一瞬ディランが何言ってるんだ?と言いたそうな顔になったが、アリエッタを見て少し考え、再びオスルェンシスを見た。
「冗談だろ?」
「いいえ、事実です」
冗談は言っているように見えない……と判断したディランは、他全員の顔も見るが、頷かれるだけ。それでも実際にそれを見るまでは…と考え、机の上に置いてある物を手に取り、アリエッタの元へと向かった。
「何を?」
「心配するな、確かめさせてもらうだけだ」
ディランは手に持ったそれをアリエッタの目の前に掲げた。
(なにこれ? キノコだよね?)
それは紛れもなくアリエッタの前世と同じ形状のキノコである。柄に傘が乗った形のオーソドックスなそれをアリエッタの目の前で指差し、その名前を口にした。
「おちn──」
ドギャァッ
「ほがぁぁぁっ!?」
「んひぅっ!?」
全部言い終わる前に、『雲塊』と『影』がディランをぶっ飛ばした。驚いたアリエッタも悲鳴を漏らす。
「なにをおしえようとしてんだ! このクソおうじ!」
「変な事すると殴りますよ?」
口の悪いピアーニャと、口より先に影が出たオスルェンシス。もはや王子を王子と思っていない。
そのすぐ傍で、アリエッタが茫然としている。いきなり人が吹っ飛んだ為、驚いて動けないのだった。
(何が起こった!? 目の前にいたお兄さんが何かに殴られた? どうしよう、何か怖い事が起こってるのか? ぴあーにゃは大丈夫か!?)
近すぎた為に、ディランが何に飛ばされたまでは見えていなかったアリエッタ。見えない敵?がいると思い込み、徐々に慌て始める。
「ぴ、ぴ、ぴあーにゃ……!」(守らなきゃ! でも怖いぃ!! 足竦んでる場合じゃない! 動け! 動かなきゃ!)
震えながら、なんとか横にいるピアーニャを抱きしめた。そのまま恐怖で涙を流し始めるが、勇気を振り絞ってピアーニャを守る盾になっている。
「おぷっ…おいアリエッタ……!?」
抱きしめられるも、なんとか上を見たピアーニャは、アリエッタの真剣な顔と涙を見て愕然とした。
(やばい……これ、わちがパフィとミューゼオラにおこられるパターンか?)
思いっきり殴り飛ばした事で怯えさせたというのは、容易に想像がついた。しかし抱き着いているのが守る為だという考えには至っていない。震える体に包まれながら、謝罪の言葉や品を考え始めていた。
ディランは離れた場所で男に起こされ、残り2人はどうしたら良いのか分からず、心配そうにアリエッタを見ている。
(怖い……涙止まらない…なんで……だめだ…うごけない……たすけてみゅーぜ!)
怯えるアリエッタが心の中で助けを求めたその時だった。
バンッ
「あだっ!?」
突然勢いよく扉が開き、側に立っていた料理人に直撃した。
そして部屋に入ってきたのは……
「アリエッタ! だいじょう……!?」
「なんで泣いてるのよ!?」
「あうっ!?」
先頭のフレアを押しのけ、ミューゼとパフィが駆け寄った。
王妃が突き飛ばされたが、そこにツッコミを入れられる者は今はいない。
「みゅーぜぇ……ぱひー……」(よかった……もうだいじょうぶ……よかったねぴあーにゃ)
アリエッタは、恩人で保護者の2人には絶対の信頼を寄せている。2人が来たことで安心し、その場でピアーニャを抱きながらへたり込んで、声を出して泣き出してしまった。
「うわつめたっ! なみだ! ぬれる!」
パフィは違う悲鳴を上げるピアーニャごとアリエッタを包み込み、落ち着かせるように優しくアリエッタを撫でてあげた。
ミューゼもアリエッタを少し撫で、オスルェンシスの方へ振り向く。
「何があったんですか?」
「ひゃい!?」(ミューゼオラさん怖っ!? なんで王妃様とネフテリア様まで怯えてるの!?)
ミューゼの怒気は、視線を向けた相手が竦む程まで膨れ上がっていた。これは逆らってはいけないと、オスルェンシスはこの部屋で見た全てを正確に報告した。
それを聞いたミューゼは……
「王子の息の根を止める許可をください」
「仕方ないですね」
あっさり処刑許可をもらった。
「待って待って! それはさすがにマズいから! お母様も許可しないで!」
「だってサンディちゃんが……」
「テリア様どいて、そいつ殺せない」
「いやああぁぁ!! シス手伝ってぇぇ!」
悲しい顔の王妃の前で、王女が泣きながら一般人を食い止めて、必死に説得を試みるという珍事件が、王子の部屋で起こったのだった。
しばらくして、ミューゼが少し大人しくなった。
「え~っと……アリエッタちゃんはなんで怯えながら、ずっとピアーニャ総長に抱き着いているんでしょうか……」
すぐに話題を変えないと、また大変な事になりそうだと感じたオスルェンシスが、疑問に思っている事を投げかけた。
ミューゼはアリエッタを見て少し考えるが、今までの行動パターンを思い出し、すぐに結論へとたどり着いた。
「ん~……これは王子を殴り飛ばした『正体不明の何か』から、妹分のピアーニャちゃんを守っているんだと思います」
「はぁ……ではずっと泣いているのは?」
「……アリエッタって怖がりなんですよ。転移時の光にも怯えて泣いちゃうんです。名前すら持たずに森の中にいたんですから、そりゃ警戒心は強いですよね。あたし達が駆け寄るまで、頑張ってピアーニャちゃんを守ってたのね……偉いよアリエッタ」
アリエッタが前世に比べて怖がりで泣きやすいのは、幼い本能というのももちろんあるのだが、実は女神エルツァーレマイアの影響でもある。というのも、産み出した本人に自覚は無いが、『庇護欲を掻き立てる可愛い子が欲しい』という願望がアリエッタの体に反映され、そしてアリエッタの元の性格である努力家な一面と合わさり、今の『泣き虫な頑張り屋さん』な性格が構築されていた。先天的に創られてしまった泣き虫は、おそらく治る事は無いであろう。
ミューゼが頑張ったアリエッタを褒めながら優しく撫でた、その時だった。
「うぐっ……」
「くっ……」
フレアと、ディランの側仕え2人が、突然崩れ落ちた。