「お、お母様!?」
「一体何が!?」
突如床に伏した3人。胸元を押さえ、苦しそうにしている。
何者かに攻撃されたような形跡は無い。もし何かがいた場合、オスルェンシスが影を通して即座に見つける事が可能だからだ。
駆け寄るネフテリアに、フレアは苦しそうに呟いた。
「もうむり……アリエッタちゃんの健気さは、薄汚れたわたくしには耐えきれない……浄化されて死ぬ……」
「尊さに当てられて召されかけてる!? お母様しっかりして!!」
3人はアリエッタの健気な行動に心を撃ち抜かれていただけだった。
実はネフテリアとオスルェンシスも多少ダメージを負っていたが、先日打ちのめされていたお陰で、致命傷には至らなかった。
しかし、泣いているアリエッタの保護者2人は、ここにいる全員に対して容赦無く追い打ちをかけていく。
「このお城は、アリエッタにはどう見えているんでしょうね。いきなり招待されて、起きた途端に心に傷を負って……」
『うぐっ』
フレアとネフテリアが悶絶し、
「誘拐されて……」
『はうっ』
側仕え2人が突っ伏し、
「泣かされたのよ」
『げはっ!』
オスルェンシスを含む5人が一斉に吐血した。ピアーニャもこっそり青ざめている。
そしてついに、フレアが頭を抱えて錯乱し出した。
「うわああぁぁ! わたくしなんかが王妃でごめんなさい! 王妃如きが偉そうにしていてごめんなさいいぃぃぃぃ!!」
「命令とはいえ、天使の誘拐に加担したっ……! 私は放置された生ゴミにも劣る畜生!」
「もう生きてるのが恥ずかしい……このまま干物になりてぇ……」
側仕え2人もつられて嘆き出す。
一方、なんとか耐えたネフテリアはというと、殴られて倒れているディランの方に歩み寄った。
「え、えっと……起きてっお兄様っ。どうしてアリエッタちゃんを誘拐したのか説明してっ」
ミューゼに見せつけるように乱暴に揺すって起こそうとしている。優しく起こそうとしたら、なんだかさらに怒られそうな気がしたからである。
「ぐ……っつぅ~~。おぉ、テリア。どうした?」
「どうした?じゃないよ。どうして誘拐なんてしたの?」
今は要件以外の事を話す雰囲気ではない。手短に大事なことを質問した。
ディランは立ち上がりながら、アリエッタを見据え、正直に答えた。
「もちろん、そのアリエッタと婚約する為だ」
「………………」
「………………」
沈黙の後……
ひゅっ ガスッ
ディランの顔の横を何かが通り抜け、壁に衝突し、赤い髪の毛が少しだけはらりと落ちた。壁にはステーキナイフが深く突き刺さっている。
ナイフが飛んできた方向に振り向くと……
「ひッ!?」
王女は見た!
本当に視線だけで射殺せるのではと思ってしまう程の、深く鋭い殺気を宿した瞳を。しかも腕の中にいる少女にはその鋭すぎる殺気を微塵も感じさせず、慈母のように優しい手つきで撫で続けている。
ステーキナイフと殺意の送り主はもちろんパフィ。
(アリエッタと婚約なのよ!? このゴミクズが!? ハンバーグじゃ生ぬるいのよ、皮向いて塩もみしてから燻製にして、害虫の群れの上に吊るしてやるのよ!)
(……って目だけで叫んでるぅぅ!!)
恐怖のあまり、何故か正確に視線の意味を察してしまうネフテリア。このままでは確実に兄が殺されてしまうという状況で、どうしたら丸く収めることが出来るのかを懸命に考えていた。
しかし殺気を向けられている当の本人は、深々と壁に刺さったナイフを引き抜き、パフィの元へと歩いて行った。
「お兄様!? 危ないですよ!?」
警告されるも、ディランは真剣な面持ちでパフィに向かい、ナイフを差し出した。刃ではなく柄の方をパフィに向けて。
「貴女がアリエッタ嬢の母君ですか? 初めまして、僕はディラン・エインデル・エルトナイトと申します。……ところで、ナイフを落としましたよ」
「それ落としたんじゃなくて投げつけられたの! 何普通に挨拶してるの!?」
状況が読めないのか、はたまた妙な所で大物なのか。ディランは鋭すぎる殺気をものともせずに、平然と向かい合っている。見ているネフテリアの方がガタガタと震えていた。
物怖じしないディランを見て、パフィは静かに考え直した。
(じわじわ焼いてケバブにするのも悪くないのよ)
「ってわぁぁぁ!! パフィさん何考えてるんですか! お願いですから少し落ち着いてください! ほら、アリエッタちゃんは一応無事ですし、まずは冷静に! れいせ~いにお話ししましょ!?」
ネフテリアは必死でその場を取り持つ。時間は掛かったが、説得の甲斐もあって、なんとか普通に話をする態勢まで持ち込む事に成功した。
「うぅ……疲れた……話するだけで命がけって……」
「僕の事はディランと呼んでくれて構わない。テリアとも仲が良いようだからな。それで、アリエッタ嬢との関係は許していただけるだろうか」
「お願いだからお兄様は黙ってて!!」
ディランが口を開けば、狩られるかもしれない。ネフテリアは必死にディランの口を抑えにかかる。
パフィはアリエッタの手を取ってフニフニし、心を落ち着けながら口を開いた。
「私はパフィ・ストレヴェリー。アリエッタの嫁となる女よ」
「なんで対抗したの!? その前に同性ですよね!?」
「パフィちゃん! わたくしとは遊びだったのね!」
「お母様もややこしくなるから黙ってて!!」
ネフテリアのツッコミは止まらない。止めさせてもらえない。
「あたしはミューゼオラ・フェリスクベル。アリエッタの妻です」
「なんで既に結ばれてるの!? ってか性別!」
「なん……だと……」
「この世の終わりみたいな顔をしないでくださいお兄様!」
「テリア、がんばれ」
「手伝ってくれないんですか!?」
一通り叫んだネフテリアは、息を切らしながら助けを求めて後ろを見た。が、
「ちょっとシス! なにそのムカつく顔は!」
いつもネフテリアに振り回されるオスルェンシスにとって、この状況は蜜の味であった。口には出さないが、『ネフテリア様ざまぁ』という思いが表情に現れている。
そして我慢していたディランの側仕えが、同時に噴出した。
「だあああぁぁぁ!! 笑うなあああぁぁぁ!!」
そしてすっかり泣き止んでいたアリエッタは、そんなネフテリアを不思議そうに見ている。
(このお姉さんずっと叫んでる。どうしたんだろう? )
「そんな純粋な目で、今のわたくしを見ないで!?」
結局この短い間で、全員と絡んでしまったのだった。
ネフテリアがツッコミ疲れでぐったりしたので、話を進める為に代わりにピアーニャが口を開いた。
「さて、ディランがアリエッタをさらったりゆうは、こんやく。まぁナットクだな。こんなゴウインなしゅだんにでたのは、おどろきだが」
ピアーニャの言葉に、ミューゼとパフィが首を傾げ、その他の一同は納得するように頷いている。
意味が分からないパフィが、どうしてそれで納得出来るのかを問うと、ピアーニャが困った顔で答えた。
「わちはコイツにずっと、くどかれていたのだ……10ねんいじょう。まさかアリエッタにめをつけるとはな」
「10年以上? えーっと、王子様の年齢って……」
「18です。一応わたくし達は双子なんですよ」
「へぇ、顔がそっくりだと思ったら双子だったのよ」
双子という情報に一瞬気を取られたが、すぐに奇妙な事に気付く。
「……総長が口説かれていたって、本当なの?」
「うむ」
ピアーニャの見た目は3~4歳程度である。身長も大人達の半分もない。
「ディランは幼い子にしか興味を持たないんです。その点で、ピアーニャ先生は理想のお方なのですが……」
「わちはイヤだぞ、こんなヘンタイ。わちよりつよく、ふつうのオトコがいい」
(それはさすがに無理でしょ)
最強幼女なピアーニャの無謀な願望を、全員が声に出さずに心の中で否定した。
「でも、どうしてピアーニャ先生じゃなくて、アリエッタちゃんなの?」
「ふと訓練場を見た時、その愛らしさに惹かれてな。少々年齢が高すぎるとは思ったのだが……魔法を観て無邪気に喜ぶ姿が、僕を成長させたのだ」
「何の成長なのよ! アリエッタは渡さないのよ!」
「わぷっ」(うわっ!? ぱひー?)
絶対にアリエッタは渡さないとばかりに、その豊かな胸でアリエッタの顔を包み込む。ドレスは胸元がそれなりに開いている為、アリエッタはその中で恥ずかしそうに顔を赤らめてる。
(こんなところで……さっき泣いちゃったせいか安心するというか……でもやっぱり恥ずかしい)
(くっ、なんて包容力。アリエッタがあんなに甘えて……)
毎晩一緒に寝たりお風呂に入れられたりして、すっかり抱きしめられるのに慣れてきていた。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいが、最初の頃に比べて平静を保つ事は容易になっている。イケナイ事という意識はあるが、成長前の女の子としては、邪な考えよりも安心感の方がかなり優先される様子である。
アリエッタ本人は平静にし、慌てて動いて迷惑がかからないようにしているだけだが、保護者達にはそれが甘えているように見えている。そして、この事に関してミューゼは、パフィには絶対敵わないと嫉妬していた。
「……仕方あるまい。本人が了承すれば、すぐにでも式をと思ったのだがな。言っている事が分からないのであれば、諦めるしかないだろう」
ディランは少しアリエッタを見つめていたが、目を伏せて潔く諦めた。
「誘拐犯にしては物分かりがいいですね。いいからその子を寄こせって言うと思っていたのですが」
「まず王妃としての教育が出来ないのでは、どうしようもないだろう。非常に残念だ。やはり僕の運命の相手はピアーニャだけだな」
「わちはずっと、ことわっているだろーが」
ピアーニャはキッパリ断り続けているが、ディランは諦めるつもりが無いらしい。嫌な顔をするピアーニャに向けて微笑むだけである。
不思議な和み方をする兄に、ネフテリアが根本的な疑問を投げかけた。
「ねぇお兄様。ピアーニャとの結婚は分かるけど、元々アリエッタちゃんとは無理だったんじゃ……年齢的に」
ピアーニャは見た目は幼いが、100歳は優に超えている。法的には婚姻は問題ないのだ。しかしアリエッタは実年齢が不明だが、だからこそ見た目通りに扱う事しか出来ない。せいぜい7歳前後という見た目で、大人との結婚は普通に無茶である。
だが、ディランは自信ありげに微笑み、その恐るべき計画を口にした。
「それは問題無い。僕が王位を継いだ暁には、3歳から結婚出来る様に法を変えるつもりだからな」
「うわぁ……サイッテーな権力行使……」
その場にいる大人達が、全員ドン引きした。
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