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フロイド・リーチの独白
彼女が眠りにつき、フロイドは1人何を思うのか。
静寂の中、彼は初めて会った時のことを思い出す。
初めて会った時は…確かマジフトの前あたりだっただろうか。連続的に起こる傷害事件の被害者予想のためにハーツラビュルメンバーとリーチ兄弟が遭遇したのだ。
その時、フロイドには視界に真紅の彼を見つけたので追いかけた記憶がある。
リドルに夢中で、彼女の存在にすら気づかなかったような気がする。
その事を思い出し「オレ馬鹿じゃん」と自嘲気味に笑うフロイド。
彼がやっと彼女の存在を認知したのは食堂だった。
オクタヴィネル寮の寮長・アズールとの契約のことで声をかけたのだ。その時に命名した「小エビちゃん」というあだ名。
小さい体でビクッと後ずさりする姿には今でも加虐心が刺激される。
また、同時に湧く庇護欲。
虐めたい、だけど虐めるのはオレだけがいい。他のやつらに虐められたらオレが守ってあげる。
加虐心、庇護欲、────独占欲。
彼女への想いが交差する。
自分の気持ちに整理が付かずよくわからない。ただ、この気持ち達が彼女を嫌悪するものではないことはわかっている。
これらの気持ちをひとまとめすると、「愛」というものなのだろう。
だがフロイドは愛に慣れない。冷たい海で過ごした彼。仲間や家族が死ぬところなんて何度も見た。
それが当たり前だった。弱肉強食だった。
生き残るためには相手を喰らうしかなかった。なんてったって彼はウツボなのだ。完全なる、捕食者。
それでも冷酷な男ではない。忌み嫌われた捕食される側であるアズールに手を差し伸べたフロイド。理由はともあれ、見捨てはしない。
少々暴力的な性格が目立つが、彼だって心は持っている。現に双子のジェイドとはとても仲がいい。
そんな彼は、愛を知らないわけじゃない。慣れていないのだ。愛されることも、愛することも…。
この何気ない平穏に違和感を感じているわけではない。そりゃ、海の中ではいつ死んでもおかしくない状態だったので陸に上がった初期は平和にギャップを感じたが、今は自身の強さを理解しているので死ぬなんて縁はないだろうと思っている。
生い立ち故に、彼は愛に慣れない。
理解はしているつもりだ。この様々な想いが「愛」だということを。だが、「これが愛なのか」と軽々しく納得はしたくない。
アイシテルと言うらしいが、それじゃ収まりきらない気がする。
そもそも「愛」には色んな種類があると昔本で読んだ。
籠愛、慕愛、友愛、狂愛エトセトラ…自分はどのような愛なのか。
フロイドは確かその時、愛に種類がありすぎて「愛ってメンドクセー」と言い思考を放棄した。愛愛言いすぎて頭がおかしくなりそうだ。
「ここに居ましたか。」
「あ、ジェイド」
うんうん悩んでいれば現れる自分に瓜二つな双子の兄、ジェイド。
本人たちは自分たちが似ているだなんて微塵も思っていないが。
「探しましたよ。」
「連れ戻しに来たの?でもまだチャイム鳴んなくね?」
フロイドの問いに「いいえ」と首を横に振るジェイド。
「モストロ・ラウンジについて相談が…」
「却下」
片割れが相談を持ちかけた。しかも内容はバイトについて。嫌な予感しかしない。
ジェイドは一見困ったように眉を寄せて「おやおや。これは手厳しい。」と笑う。
「せめて最後まで言わせて貰えませんかね。」
「ぜってぇ嫌だ。どうせ山登りてえからシフト変わってとかでしょ。」
的確な答えに愉快そうに笑うジェイド。
「さすがですね。」
「シフト変わるのも山登られるのも嫌だ。諦めろ。」
「…仕方がないですね。」
やれやれとため息をつきフロイドが座るベンチの横に当たり前のように腰掛けるジェイド。
「は?ちょ、座んなし。」
「ふふ、寝ているのですね。」
フロイドの拒絶も無視し、さらっと監督生の頭を撫でる。
そんなジェイドの手をパシンと払うフロイド。
「…おや?」
「…触んな」
自分の手を払われたのにどこか嬉しそうにニヤニヤ笑うジェイド。
そんなジェイドに腹が立ち舌打ちを零すフロイド。
「…僕、手を払われて手も心も痛いです。しくしく」
下手くそな泣き真似をするジェイドを怪訝そうな顔で見つめるフロイド。
「…何が言いてぇの?」
遠回しな言葉など通じない。要するに何かを伝えたかったジェイドに痺れを切らし不機嫌そうに聞くフロイド。
「悩み事がありますよね?僕に相談してみてはいかがでしょう。」
「は?なんでだよ。」
「それはそれは…僕の可愛い弟が悩んでいたので優しい兄である僕が相談に乗らずに誰が聞くというのでしょう?」
ペラペラとよく回る口だ。軽い言葉たちを跳ね除け煩わしそうにフロイドは吐き出す。
「本音は?」
「そんなの面白そうだからに決まってるじゃないですか。」
ほら、どの口が言うのか。
彼はジェイド・リーチ。予定調和を嫌い、利益・損得は気にせずただ面白さを求めて生きていく男だ。
「後悔はさせませんよ。話すだけ話してみてはどうでしょうか。」
誰かに話すには気が乗らない話だが、誰よりも自分の思考を理解してくれるジェイドなら、話してみてもいいと感じたフロイドは徐に口を開く。
フロイドの話を黙って聞いていたジェイドは、顎に手を当てる。
「つまり、自分が監督生さんに抱く気持ちがどのようなものかわからない、ということですか?」
コクリ、フロイドが頷くと堪えるように震えるジェイド。
そして吹き出る笑い声。
「笑うなし」
「いいえ…ふふ、あまりにも僕の片割れが初心でしたのでね…まるで恋を知らない稚魚のようだ。」
馬鹿にされ口をとがらせるフロイド。内心ではジェイドも彼女なんて出来た試しは無いのに…と文句を言うが、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「コイ?」
「ええ。恋です。」
「鯉?」
「それは魚ですよ。ふふ、恋を知らないだなんてまだまだ稚魚さんですね、フロイドは。」
今日のジェイドは煽り散らかす。稚魚稚魚言われてフロイドもいい気では無い。
「簡単なことですよ、フロイド。…貴方は、監督生さんを番にしたいですか?」
「勿論」
即答。フロイドに迷いなんてなかった。当然のように出た言葉に感情が追いついておらず、いい終わったあと自分が言った言葉を理解したフロイド。
「っあ…」
「ふふ、そんなに難しく考えなくていいのですよ。言葉にせずとも、貴方が監督生さんのことを「好き」で、「番にしたい」のは事実ですから。」
言葉にしなくていい。そんな考えは初めてだった。
ずっとわけのわからない気持ちに名前を付けようと思っていたが、どうやら固定概念に囚われすぎてたようだ。
「愛なんて人それぞれです。僕が山へ向ける愛、フロイドに向ける愛、アズールに向ける愛、…監督生さんに向ける愛、それぞれ愛だなんて言っていますが想いは違います。 」
「…それって」
含みのある言い方をしたジェイドだが、またいつものように胡散臭い笑みに変わる。
「さて、そろそろチャイムが鳴りますよ。サボるのはよろしいですがくれぐれも監督生さんの体を冷やさぬように。最近は風が冷たいですからね。」
結局何がしたかったのかわからないが、自分の気持ちに納得した。名前なんて要らない。自分は彼女のことを番にしたい。
「好きだよ、小エビちゃん」
そんな呟きはチャイムとともに消えた。
同刻、廊下を1人歩きながらジェイドは呟く。
「さしずめ僕は…略奪愛というところでしょうか。」
そんな呟きはチャイムとともに消えた。