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※ミセスの二次創作物です
※前回の続き
※本人様とは一切の関係がございません
ピピピピ───……
目覚まし時計の音で目を覚ました。いつものように起き上がって支度をしようとするが、どうにも体が重い。どこか見覚えのある感覚に、頭の片隅に浮かんだ可能性は見ないフリをして、思考を切り替えるためぐっと伸びをした後にベットから出た。
今日はテレビのインタビュー撮影がある。決して早くは無い時間帯だったが、他にもやりたい事が多くあったため早めに起きた。とりあえず新曲の歌詞やメロディ等の再確認と、今後のスケジュール調整をしなければ。やる事を頭の中で考えながら着替え、顔を洗う為に洗面所へ向かう。そこでふと、下腹に小さな違和感がある事に気付く。普段はお腹を壊したりすることが無い大森からすれば、思い当たる節は一つしか無かった。洗面所に着き、顔を洗う前にスマホを開く。目立たない場所に隠すように設置されていた周期管理アプリを開いて恐る恐る確認すると──。今日から丁度一か月前のその日には、赤い印が付いていた。やっぱりあの日か。どうりで起きた時に体が重かった訳だ。またあれが一週間続くのか。考えれば考えるほど憂鬱な思考が頭を埋め尽くしていく。嫌だと言っても来るものは仕方が無い、持ち前のポジティブ思考でそう考え直し、気分一新するように勢いよく顔を洗った。
それから何時間か過ぎた頃。やはり朝より酷くなってきている下腹の違和感は、次第に痛みへと変わってきていた。先月は貧血で倒れそうになる程酷かったので、今回はそこまで重くならないだろうという大森の憶測をゆうに超えるほどの症状が既に現れていた。生活リズムは乱れていないのにどこからともなく襲ってくる眠気や、腰周りを中心とした関節痛など、どれも耐えられない程では無いが、そんな症状が次々と大森の体を侵蝕していく様だった。それでも中々薬は飲む気になれなかった。極力外でどうしてもという時にだけ使いたい。実際医者にも、飲みすぎると体が薬に慣れてしまって効力が無くなる恐れがあると告げられたし、家で使うにはまだ早いと判断したのだ。その時は、集中していれば痛みも忘れられるだろうと仕切り直して作業に戻ってしまった。
それから更に時間が経ち、お昼過ぎ頃。やりたい事もひとしきり終えて昼食を食べていると、スマホが着信を知らせた。見るとスタッフさんからで、今日の撮影の詳細の連絡だった。スタッフさんに挨拶をして通話を切ると時計を確認する。まだ時間には余裕があるが、もしもの時に備えて早めに準備をしておきたい。残り少ない昼食を全て腹に仕舞い終え一息ついたところで、“それ”は狙ったかのようにタイミング悪く来てしまう。準備をしようと立ち上がった瞬間だった。じわりと広がる湿った感覚に嫌悪感を覚える。心臓が高鳴り嫌な汗が湧き出た。急いでトイレへ向かい確認してみれば、それは予想通り生理だった。今日が予定日だとは知っていたものの、せめて来るなら仕事が終わってからが良かった。しかしそんな愚痴を吐いたところで生理が終わる訳ではない。溜息を吐きつつも生理用の下着を着けてトイレから出た。こういうものは、どうしてか生理が来たと分かった瞬間から症状が悪化していく。一歩、また一歩と歩く度に、下腹は鈍器で殴られ内臓はじわじわと剥がされ落ちていく。
「…ぃッ……、」
あまりの痛みに呻き声に似た声を漏らしながら、なんとか部屋へと進む。先程から尋常じゃない量の出血に、早くも貧血になりそうな予感がした。行く途中で鉄分が摂れる飲み物でも買っていこう。そう考えながら、バッグに生理痛に効く薬といつもより多めの生理用品、一応カイロなども詰め込み持ち物の確認をした。痛みに耐えながら準備を済ませ、予定より早めに家を出た。
「オンエア十分前でーす」
スタッフさんの掛け声でぼーっとしていた意識を取り戻す。衣装さんやメイクさんが最終チェックなどをしてくれている間、大森だけ浮かない顔をしていた。現場に着いて薬を飲んでから少しは痛みが治まったからいいものの、時間が経つにつれ早くも薬の効果が切れてきたのか、再び痛みが湧き上がってきた。カイロでお腹を温めてもほとんど効果もなく、明らかにいつもより多い出血量も相まって着替え中もセット中も気が気では無かった。もし衣装を汚してしまっていたら、台本通りにセリフが言えなかったら。そんな不安でまた押しつぶされそうになる。いつもの本調子ではない大森の様子に先に気付いた若井が大森にしか聞こえない声量で声を掛けてくれる。
「元貴、顔色悪いけど大丈夫?」
「…ちょっときついかも、」
迷惑を掛けたくなかったが、以前の約束を思い出し(体調も限界であった為)メンバーには素直に頼る事にした。青白い顔でそう訴えかける大森に、若井が気を遣い小声で近くに居たスタッフさんに断りを入れ休憩室まで連れて行ってくれた。促されるままソファに腰を下ろし、衣装のネクタイを緩めて一息つく。若井に心配そうに、何か欲しいものやして欲しいことなどあれば言って欲しいと言われたが、それに大森はなんとか笑顔を作って大丈夫とだけ答えた。まだメンバー二人には毎月生理が訪れる事は話していない。今まで家族以外の誰にも言えなかった事だし、言ったら他人にどう思われるか大森にはよく分かっていた。先月からずっと悩んでいるうちに時間が経ち、気付けば一か月が経ってしまっていた。迷惑をかけておいてなお、なんでもないと言うのは割に合わないしメンバーにも失礼だ。それは分かっているがやはりそう簡単に勇気は出なかった。そうやってぐるぐると考えていると、またいきなり腹痛の波が襲ってくる。しかし今度は腹の中だけでは収まらず、痛みが体の中心をぐるぐると暴れ回るような感覚が走った。それに耐えていると次第に動悸が激しくなり、本格的な吐き気と変わっていった。あ、まずい──。そう思った時にはもう遅く、抵抗する暇もなくビクビクと肩を震わせて胃の中のものを吐き出していた。
「──……ッぇ゛、…ごほッ……、」
急に蹲ったと思ったら肩を上下させ突拍子もなく胃のものを吐き出す大森に、若井はすぐさま大森のもとに駆け寄りとりあえず落ち着かせようと背中を擦った。周りを見渡してもビニール袋らしきものは見当たらず、大森の傍を離れることも出来ないためゆっくりと背中を擦り続けてくれた。大森は嘔吐の経験が少なく、吐き方が分からない様子でずっと口元に手を当て困惑の表情を浮かべていた。かひゅ、かひゅと変速的な呼吸を繰り返し上手く息が吸えていなかった。過呼吸状態の大森を落ち着かせるため、若井はゆっくり背中を擦りながら優しい声音で声を掛けた。
「元貴、俺に合わせて息吸って」
「…ぅ、……は、ッ……はぁッ……はぁ…ッ……」
そう言って呼吸をするよう促して息を整える様子を見守っていると、落ち着いてきたのか大森の呼吸は段々と整ってきた。吐き気も治まり大森も安心したのか、若井が大森の太ももに添えていた左手を決して強くは無い力できゅっと握り、顔を少し上げて力無い笑みを若井に向けた。一瞬、たった一瞬だけだが、大森が病人だと理解しながらも若井はその様子がとても愛らしく、こうしてずっと大森の事を支えていたいと思ってしまった。感じた事のない気持ちに困惑していると、ふと休憩室のドアがガチャリと開いた。若井は大森の背中に手を添えたままそちらの方に顔を向けると、そこに立っているのは藤澤だと気付いた。二人とは少し離れた場所でスタッフさんと話をしていた彼は、あの後少しすると二人の姿が見当たらない事に気付き、スタッフさんに居場所を教えてもらって来たと言う。藤澤は、ソファに座っていた大森の後ろ姿を見るからに様子がおかしいと察し、そっと静かに大森の傍まで寄る。
「元貴、大丈夫?」
「…、りょうちゃん、ごめんね……」
落ち着いたとはいえ未だに顔色悪く曇っている表情を見せる大森に、藤澤も同じく何か出来る事は無いかと問う。先ほどから大森は、少量だが戻してしまったせいか今度は頭が割れるような頭痛に苛まれていた。うるさいほど頭をガンガンと殴られ続けているような感覚に陥り、視界はまともに見えずぼやけ始めていた。どれもこれも初めての症状に不安や焦りで大森の顔色は更に悪くなっていく。とりあえずいつも生理の時に飲んでいる、腹痛と頭痛に効く薬をバッグに入れていたのを思い出してそれが欲しいと伝えれば、藤澤は快く受け入れ大森の荷物がある場所へと向かった。その時大森は、自分の体調の事や仕事の事が頭を埋めつくしていて気付けなかった。
「…あれ、これ……」
「? どうした?」
バッグの中を探していた藤澤が、何かを見つけた途端に手をぴたりと止めた。思わず放ったであろう疑問の声は、大森の隣でずっと背中を擦り続けてくれている若井にも届き、若井はその藤澤の不審な言動に疑問を投げ返した。何を見つけたのか皆目見当も付いていない様子の若井の横で、大森はただひたすら焦っていた。自分が朝、そのバッグに入れたものを漸く思い出したのである。大森は反応からしてきっと“それ”を見つけてしまったのだろうと察するや否や、痛む頭を必死に働かせなんとか言い訳を考える。が、そんな都合のいいものはもちろんある訳もなく。結局思いつかないまま誤魔化すのは諦め、大森は漸く二人に話そうと決意した。藤澤は、大森が言いたくなかった事を察したのか、黙って何も無かったかのように薬を持って来てくれた。大森は礼を言いその薬を受け取る。その時でさえ大森を安心させようと普通の表情をしていた藤澤だったが、大森にはやはり不審な表情が隠せていなかった。怖いと思っていたのは事実だが、そろそろ二人に話さなければいけないと思っていた頃だったし丁度良い。さらに意志を固めるようにゆっくりと薬を飲み込み、ふぅと小さく一息吐く。即効性は無いので薬を飲んだからと言ってすぐに楽になる訳では無い。まだ頭も腰も腹もズキズキと痛み、意識を保つので精一杯な状態だったが、散々迷惑を掛けておいて黙り続けているのも二人に申し訳ない。
「──実は、……」
「大丈夫だよ」
「…ぇ、?」
そう思い口を開いたその瞬間だった。大森が意を決して伝えようとした言葉は、隣で様子を伺っていた藤澤によって遮られた。思いもしない返答に、大森は唖然とする。そんな様子の大森を見兼ねて、藤澤が更に言葉を続けた。
「元貴が言いたい時になったらで大丈夫だから。今は自分の事だけを考えて。」
普段もそうだが、普段よりももっと優しく、落ち着いた声でそう言われて思わず涙が溢れそうになる。ここまで散々頼って迷惑をかけてもなお、嫌味など一つも言わず応えてくれる二人に、どう感謝を伝えたらいいのか分からず抑えきれないまま遂に涙を一滴零した。
「えっ…元貴、!?どうしたの、なんか嫌だった?」
「いや、……全然、本当に……その、ありがとう……」
涙ぐんでいて聞き取りにくいと大森自身でも思ったが、どうやら二人には伝わったようだ。大丈夫、大丈夫と声を掛け続け背中を擦ってくれるその暖かい優しさに触れられていると、次から次へとまた涙が溢れて止まらない。期間中の情緒のせいでもあるだろうが、普段泣く事がない大森の涙は珍しく、泣き止むまで二人はずっと寄り添ってくれた。しばらく見守られながら二人の温もりに触れていると、次第に落ち着き薬の効果か安心からか唐突に眠気が襲ってきた。もうほとんど痛みは無いものの、やはり血の量は多く、今までほぼずっと出続けていたので既に貧血気味だった。寝てて大丈夫だよと言われ意識が段々と遠のいていくのが自分でも分かり、それから今自分が起きているのかも曖昧なままふっと意識を失うように目を閉じた。
起きると、そこは楽屋のソファの上だった。意識を失う前と同じ格好のまま、ブランケットを掛けられ寝てしまっていたようだ。今は何時なのか、仕事はどうなったのか、意識を覚醒させていくにつれそんな不安が募っていく。頭だけを動かして部屋を見回してもここからの位置では時計が見当たらない。薬のおかげか頭や腹の痛みは和らいでいた。また悪化しないようゆっくりと慎重に上体を起き上がらせると、目を覚ました大森に気付いた若井がスマホを操作していた手を止めこちらに向かってくる。
「元貴、体調は……」
「全然大丈夫……っ、!」
未だ不安そうにそう訊いてくる若井を心配させないよう出来る限りいつもの笑顔を作って問題ないと伝え、先程から姿が見当たらない藤澤の居場所を尋ねようとした、その時だった。安心したのか若井の腕が突然大森の背中に回ってきて、その両腕で優しく抱き寄せられた。途端に身に馴染みがない若井の香水の匂いが鼻を掠める。ここまで至近距離で若井を感じた事が無かったので不覚にも大森の心拍数は上昇していった。二人達以外誰も居ないことは分かっていたが、恥ずかしさのあまり今にも逃げ出したくなっている大森にも気付かず、若井は心底安堵したような溜息を零した。
「良かった……、」
「あ、あの……涼ちゃんは…、?」
そう尋ねると若井は漸く自分がしていた事に気付いたのかハッと我に返り勢いよく腕を離した。
「ご、ごめん、俺つい……」
そう言って顔を俯き気味に背けた若井の表情は、髪型のせいでよく見えなかったが頬が仄かに赤く染まっているように見えた。その初々しい反応に、思わず大森も恥ずかしくなりたじろいだ。二人して言葉を発せないまま黙っていると、そこにタイミングが良いのか悪いのか藤澤が部屋に戻ってきた。起きている大森の姿を確認するなり藤澤も同じように安心した様子で体調などを訊いてくれる。大森はそれに何事も無かったかのように対応しようとするが、分かりやすい大森の反応と勘のいい藤澤の不釣り合いな二人では、どうにも明らかにいつもと違う空気を隠すなど出来なかった。藤澤も同じく安堵の笑みを浮かべた後、未だ顔を背けている若井と大森を交互に見ながら今度は安堵とは違う笑みを浮かべていた。
「何ニヤニヤしてんの、…」
「別に〜? 元貴が元気になって良かったなって思っただけ」
絶対にそれだけではないと分かっていた大森だったが、これ以上追究しても藤澤相手では下手手に出るだけだと深追いするのを辞めた。そして今度は未だ顔を背けている若井と三人で居た堪れない微妙な空気に包まれていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。それはスタッフさんだったようで、藤澤が返事をし相手をしてくれた。それをぼーっと眺めていた大森は、漸く自分の現状を思い出した。そっと腰に巻かれていたブランケットを取ると、想像通りソファには付着していなかったがブランケットにまで経血が浸食していた。ということは確実に今着ている衣装にも血が付いているということだ。藤澤は自分が寝ている間スタッフさんやマネージャーさんに事情を説明してくれていたようで、先程から心配そうにしているスタッフさんに頭を下げている。自分も早く色々な人に謝らなければならないのに、この姿のままでは到底動けない。焦りが募る大森に更に追い打ちをかけるように記憶では久しぶりのあの嫌な感覚が下半身に広がった。動けないまま眉根を寄せていると、また体調が悪くなったと思ったのか若井に声を掛けられ、今度こそ本心で大丈夫だと返すが動けないのは事実だった。すると丁度そこに藤澤が尋ねてきた。
「元貴、今動けないよね…?」
「ぁ、ごめん、無理かも……」
「分かった!大丈夫」
申し訳なさそうに返事をすると、元気でいて天使のような優しい笑顔を浮かべ何事も無いようにそう返された。すると入口のドアに引き返していき、何やら事情を説明してスタッフさんに一礼した後、スタッフさんと別れた。その光景を見ていた大森は、また更に申し訳なくなり無力感に襲われる。明るい表情のまま戻ってきた藤澤は、やはりまだ心配なようで大森を見る視線に不安を感じた。
「着替えとか用意してくれるって」
そう言いまた笑顔を向けてくれる藤澤に、大森は安心して肩を落とした。
「なんでここまでしてくれるの?」
ふと、思った事を素直に口にしただけだった。しかしそれは二人からすれば愚問だったようで、言わなくても分かるだろうという視線を向けられた。大森はそれがどこか気に食わなくて、暫く黙ったままでいると二人が口を開いた。
「大切だからに決まってるでしょ」
それを聞いた後、次第に苦痛も和らいでいった気がした。
それから数日後、体調も安定してきていた大森は、二人に自身に生理が来る体である事を伝えた。藤澤にはあの日に勘づかれていたが改めて自分の口でしっかりと伝えたかったのだ。もちろん二人は驚いていたが、それ以前に伝えてくれた事が嬉しかったのか、真剣な表情でお礼を言われた。どう反応していいか分からずにいる大森に、二人はいつものような優しい笑顔に戻り目を見て真っ直ぐ伝えてくれる。
「もっとちゃんと頼って。俺達はそれが一番嬉しいから。」
その言葉は、今でも胸に残っている。決して忘れる事はないだろう。