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真夏の暑さが平穏な住宅地に降りてくる。
セミがなき、日傘をさしたマダムが空き地の横を通り過ぎる。
空き地の中には半袖半ズボンを履いた四人の男の子とピンクのスカートの女の子がいた。
そして青いたぬきが一匹。土管に寝転がり青空を見上げている。
そのそばの家の屋根に隊服を着た一人の少女の姿があった。
彼らを見下ろしながら、耳元に手を当てる。
「対象、確認しました。」
数秒の沈黙の後に”了解”と言うと少女は手を下ろす。
空き地のメガネの少年をじっと見つめると、ふと優しく笑う。
「また…」
屋根を軽く蹴ると少女は真上に浮かび、直線に空の中へと消えた。
同じ頃、白い壁に包まれた部屋の中で足を組んで座っていた少女が、手に持っていた資料を机になげるようにおいた。
何かを感知したのか立ち上がり、背後の大きな窓から真っ黒の空間を眺める。
平穏な日常はいつものことで今日もまたのび太が階段を駆け上がる。
ドラえもんはその音を聞き、呆れたようにため息をつく。
「ドラえもん!!」
勢いよく扉を開け、悔しそうな顔でのび太が姿を見せる。
「今日はどうした。ジャイアンにいじめられた?犬に追いかけられた?夏休みの宿題が終わらない?」
言いながら、四次元ポケットの中の道具を次々に出す
ころばし屋、お医者さんカバン、宿題リスト。
ここまで来ると、のび太が何を必要とするのかドラえもんはわかっていた。
だが、今日は違った。
「やることがないんだよ〜」
ズカズカと部屋を歩き言う
ドラえもんはズコーと倒れる
「なんだって?」
「だから!やることがないんだよ。」
両手を広げドラえもんに訴える。
ドラえもんは予想外の返答に少し戸惑うも冷静に返す。
「野球は?」
「ジャイアンに殴られるから嫌だ。」
「ゲーム」
「ママに持っていかれたー」
「しずかちゃん家…」
「しずかちゃんはピアノ〜」
そして完全に呆れるとドラえもんは机を指差す。
「宿題でもすれば?」
夏休みに入って一週間。夏休みはあっという間に過ぎていく。
のび太のことだ。きっと一つも手がついていない。ドラえもんはそう思った。
「宿題は終わったんだ。」
その習慣、沈黙が二人の間をすり抜けた。
窓の外の屋根で、ミーちゃんがゴロゴロと喉を鳴らす。
ドラえもんはふと我に変える。
「今なんて?」
「だから、宿題は終わってるんだって。」
「ないないない。のび太くんに限ってそれはない」
手を顔の前で横に振りながらドラえもんは笑う。
「本当だよ。しずかちゃんと旅行に行く計画をしてたから、手伝ってもらいながら一生懸命終わらせたんだ。」
ピタッと動きを止め、ドラえもんが振り返る。
「本当に?」
「本当に。」
のび太は真剣な顔でドラえもんを見つめる。
すると、ドラえもんの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ほんっズズ、ぼんとに?」
「だからそうだって言ってるじゃん」
ドラえもんは下を向くとプルプルと震えだす。
「わーい‼」
突然、足をバタバタさせながら飛び上がって喜びだした。
「ママ!ママ!」
そう言いながらドラえもんは階段を駆け下りる。
「なーに?」
茶の間のふすまを開けて、姿を現したママの前をドラえもんは勢いよく通り過ぎ、玄関のドアにぶつかる。
「どらえもん?!」
階段の上からおってきたのび太はびっくりして途中で立ち止まる。
ドラえもんはママの前まで来ると落ち着かない様子でまだ泣いていた。
「のび太くんが…ぅ…のび太くんが、夏休みの宿題をもう終わらせたって…ズズ」
「ええ?」
ママは驚いて、のび太を見る。
「うん。日記は残ってるけど。」
のび太は視線を下げて言う。
「偉いわ、のび太。やればできるんじゃない。」
「へへへ。」
ママはのび太の頭を撫でる。
ドラえもんはまだ落ち着かず、足を高速で回している。
「すごいっすごいっ!しずかちゃんのおかげだ。僕お礼行ってくる」
そう言うと、ドラえもんは風をたてて玄関から出ていった。
「ちょっとドラえもん?」
追いかけると、玄関の外で女の子が尻餅をついていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、はい。」
どうやら勢いよく出てきたドラえもんに驚いて後ろに倒れてしまったようだ。
その道路の先で、ドラえもんが左右にはねながら全速力で走っていきドラえもんの姿が小さくなっていく。
二階の屋根でミーちゃんが首を傾げている。
のび太は”もうっ”と肩を下ろすとドラえもんに向かって叫んだ。
「ドラえもーん!」