コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「はあ……」
バイトを終え、更衣室で着替えを済ませた私は裏口から外へ出るとふいに溜め息が漏れる。
普段ならバイトが終わって帰れる事が嬉しい筈なのだけど、昨日の事や昼間の事を思うと、こうして外へ出ること自体が憂鬱に思えてしまう。
(とにかく、なるべく人通りのある道を通ろう)
とは言っても、自宅アパートまでの道のりには途中どうしても人通りの少ない道に入らなくてはいけない。
辺りを警戒しながら歩き始めた、その時、
「由井」
名前を呼ばれた私が声のした方を振り返ると、そこには――
「小谷くん!?」
すぐ近くの電柱を背に立っている小谷くんの姿があった。
「どうしたの? こんなところで」
「もう帰りだろ?」
「うん、そうだけど」
「俺もバイト終わりだから、ついでに寄った」
「そうなんだ?」
何か買いたい本でもあったのかな、なんて思いながら私は一人で帰らなくて済むことに安堵した。
昨日同様小谷くんと並んで歩く。
「小谷くん、今日は何のバイトだったの?」
「本屋の先にある激安スーパー」
「ああ、あそこね」
彼は四つのバイトを掛け持ちしている。
大体はコンビニらしいけど、週二でスーパー、土日祝日メインにファストフード店、深夜メインに居酒屋。
よくもまぁ、それだけ掛け持ち出来るなぁと感心するくらいの働き者だ。
「前から思ってたけど、そんなに働きたいなら大学に入らないで就職っていう道は考えなかったの?」
「それはない。高卒と大卒じゃ給料にも差が出るからな」
「確かに」
理由を聞いて納得した。小谷くんは将来を見据えてきちんと人生設計を立てているのだと思った。
とはいえ、バイトが忙し過ぎて大学に来ない日が多かったり講義中は寝てばかりというのはどうなのだろうか。
「でも、掛け持ちで忙しいと勉強とか、レポートやる暇ないんじゃない?」
「その辺は計画的にやるから平気」
「そっか」
暫く話しながら歩いていると、突然小谷くんが足を止める。
「どうしたの?」
私が尋ねると前を向いたまま私にだけ聞こえるように、
「……後、尾けられてる」
表情一つ変えず言った。
「え!?」
初めは警戒していたものの小谷くんが居る事で安心していたのか、全く気づかなかった私は彼の言葉に驚きを隠せず、思わず声を上げて振り返ろうとしてしまう。
「馬鹿、振り向くな」
そんな私を小声で制し、腕を掴んで止めてくれる。
「ご、ごめん」
こんな状況でも変わらず冷静で居られる彼は凄い。私はどうしていいか分からず、彼の言葉を待つばかりなのに。
「とりあえず、このままアパートに入るのはまずいな。撒くぞ」
そう言って小谷くんは私の腕を掴んだままペースを上げて歩き出す。
「わっ、こ、小谷くん待って……」
私は引っ張られる形で再び彼と共に歩き出した。
アパートとは別の方角へ歩き、繁華街へ入る。どうやら人混みに紛れて相手を撒く作戦らしい。
考えてみると、かれこれ三十分以上歩いていた。