煌人(あきと)
夏の初め頃、蝉が鳴き始めた夜に俺は生まれた。
俺の母親はその時の痛みを知らない。
海の母親は俺を産んだ時に亡くなったそうだ。
母は元々も心臓が弱く、あまり体も強くなかったそうだ。
だから、俺の事を産む前に聞かれたんだ。
“赤ちゃんの命”か”自分の命”かどちらを取るか。
母は、躊躇う時間もなく、赤ちゃんと命を取ったそうだ。
母は俺に遺書を残してくれた。
俺が18歳になったら見ても良いと言われていたそうだ。
助産師さんが言っていた。
母が俺を産んだ時、母は笑いながら泣いていたと。
そのまま一生開くことの無い深い眠りについたのだと。
その時の空は暗く、だけど満月の月明かりが当たりを照らし、周りにいるたくさんの星。
その月が母には俺に見えたと。
そんなことを言っていたそうだ。
そんな俺ももう30歳。
これまでの俺の人生について少し振り返ってみようか。
俺が読み書きできるようになった頃、育てている母親が実の母親でないことを知った。
その時は、あまり理解できなかった。
そんな訳ないと思った。
そもそも、どういう意味かも分からなかった。
だから、いつも通りに過ごしていた。
でも、大きくなるにつれて、段々とその意味がわかってきて、10歳になった時。
その意味をしっかりと理解した。
俺は泣きそうになった。
それと同時に今の母親が何故俺のことを受け取ったのか気になった。
俺が養子というだけで、他の家族と変わりはない。
血が繋がっていないだけで、他の家族と変わりはない。
でも、血が繋がっていないなんて家族じゃない。
そう思った。
俺は怒りが込み上げてきた。
何故産みの親は俺を育ててくれなかったのか。
何故俺と今の家族を家族というのか。
分かった瞬間に親に言ったんだ。
“家族なんかじゃない”って。
その時の自分にはこれしか言えなかった。
他になんて言えば伝わるのかが分からなかった。
こんなこと言ったのに、母と父は優しく俺の頭を撫でようとしてくれた。
でも、俺はその手を振り払った。
あの手は誰よりも温かく、愛情の籠った手だったのに。
そんな大事な大事な手を俺は傷つけてしまった。
今思えば、これが親への初めての反抗だったのかもしれない。
そんなことも知らずに俺は泣きながら家を出て行った。
産みの親を探すために、何も持たずに家を飛び出した。
どこに行こうという計画もなく、ただその時の感情のままに動いてしまった。
その後困るのは予想通り。
俺は近くの公園のブランコに座っていた。
よくドラマであるやつだよ。
そんなのが現実に居るなんて。
ましてやそれが自分だなんて。
心配と悲しみと怒りで涙が止まらなくて、ブランコから落ちた。
俺が地面に座り込んでいると、父親が走ってきてくれた。
その時の父親の言葉は今でも忘れられない。
“いいか。よく聞きなさい。今煌人がやったのは悪いことじゃない。ダサいことだ。
こんなことをしていたら、クラスのみんなに笑われるぞ。それに、女の人を傷つけちゃダメだ。男の手は、女を守るためにあるんだぞ。”
俺は泣きながら深く頷いた。
父親はいつもの太陽のような笑顔になり、俺のことをおんぶして、家に帰った。
でもさ、こんなこと父親に言われたのにどうしても自分を制御出来なくて、何度も暴力を振るって先生や親に怒られたんだ。
ダメなのは分かっているのについやってしまう。
自分の感情を抑えられなくなってやってしまう。
悪いことだって分かってる。
こんなことを親に言ったんだ。
そしたらさ、
“そうだよな。お前はやりたくてやるような子じゃない。”
って言ってくれたんだ。
でも、俺はそんなことを言われても
誰も俺の気持ちなんて分からない。
そう思ってたんだ。
こんなに寄り添ってもらっているのに、わざわざ自分を不幸へ向かわせる。
何がしたかったんだろう。
誰かに心配して欲しかったのかな。
誰かに構って欲しかったのかな。
いや、あの時の俺が欲しかったのは
“共感”だったな。
よくあるじゃん。
死にたくなった時に音楽を聴いたらまだ生きていたくなった。
そういう時に聴く曲ってさ、自分を慰めてくれる曲じゃなくて、
“そうだよね。苦しいよね”
って共感してくれる曲。
それと一緒。
俺はその時、”そうだよね。”って
言って欲しかったんだろうな。
そして、俺が中学生になった時。
周りのみんながスマホを持っていたんだ。
もちろん。俺も欲しいと思ったんだ。
でも、親はダメだと言った。
俺が中学3年生になったら買ってやると言われた。
まだ早いって言われたんだ。
でも、周りはみんなスマホを持っているから周りの話にはついていけないし、そのせいで少し馬鹿にされる。
流行りには乗れないし、みんなが知っていることも知らない。
俺はそれが嫌で嫌で仕方なかった。
外に出かけるとみんなスマホばかりで話してくれない。
でも、スマホを見ているみんなの顔は笑っていない。
無表情で見ていた。
だから俺は言ったんだ。
“ねぇ、それつまんないの?それなら俺とゲーセン行こうよ!”
でもみんな言ったんだ。
“ごめん。コレ見終わったらね。”
俺は悲しかった。
俺が嫌われたんじゃないかって思った。
俺と話していても楽しくないんだと思った。
それで、母親に言ったんだ。
“俺、やっぱりスマホいらない。”
“友達、居なくなっちゃう。”
でも母親は少し笑った顔で俺の頭を撫でながら言った。
“使い方さえきちんとしていれば、友達は居なくならないのよ。”
俺はその言葉に少し安心した。
だから、中3になるまで待って、それまでは学校生活を楽しんでいようと思った。
もちろん。スマホを持ってからも、使う時間も使う場所もきちんと自分で考えてから。
そう決めた。
そんなこんなで迎えた中学の卒業式。
登校する時、みんなと登校したんだ。
もう卒業だな〜とか言いながら。
みんなと過ごした思い出が蘇ってくる。
入学初日に話しかけてくれた子が中2の初めに転校して、泣きながら手紙を書いたこと。
悲しそうな俺を慰めてくれた今の大親友のこと。
みんなで朝から晩までバーベキューをしたこと。
深夜に友達の家に泊まりに行って親に思いっきり怒られたこと。
修学旅行で友達が好きな子に告って恋が実ったこと。
先生の誕生日にみんなで花束を あげたこと。
卒業式練習で名前呼ばれた時にふざけて返事をして女子にめっちゃ怒られたこと。
今思えば、めちゃくちゃみんなに迷惑かけてて、でも一番青春してて。
俺はいつまで経っても成長しなくて。
でも、こんな俺を一番近くで一番優しく、一番厳しく、一番楽しく見守ってくれたのは、
両親だったんだって。
やっと気づいた。
卒業式が終わってからみんなで写真を撮った。
これまでに撮ってきた写真の数々。
この時が一番笑っていたかもしれない。
そして高校生。
みんなとは違う高校で、友達も0。
1からのスタートだった。
心配でたまんなかった。
でも、父親が俺の肩をポンと叩いて言った。
“そんなに心配するな。友達は、自分が良ければ勝手に出来るものだ。”
俺はその言葉をあまり理解できなかった。
だけど、今なら分かる。
自分が悪かったら誰も寄ってこない。
寄りたくもない。
高校生の俺には少し難しかったのかな。
高校では新しい友達がたくさん出来て、
文化祭もめっちゃ楽しくて、全部が思い出になった。
そして高校3年生。
俺の18の誕生日。
母は言った。
“貴方の産みの親からの誕生日プレゼントよ。これが最初で最後の。”
そう言って手紙を渡された。
久しぶりにこの手紙を読んでみるとしようか。
“煌人へ
こんにちは。私は煌人のお母さんです。
元気にしてますか?
今日で18歳になった煌人は今、どんな大人になりたいと思っているのかな?
私は、今から18年前に煌人を産みました。
誰よりも煌めく人になってほしい。
そう思って、この名前をつけました。
この手紙は、出産予定日の5日前に書きました。
今、私はすごく怖いです。
でも、煌人がこの世界に無事に産まれてきてくれるなら、私の命はなくても大丈夫。
子どもにとって、いちばん辛いのは産んでくれた親に感謝を伝えられないこと。
それだと思います。
伝えない。じゃなくて伝えられない。
それが一番辛いことだと思います。
それをわかっていても、どうしても煌人に幸せになって欲しいので、私は産みます。
お母さんのこと、嫌わないで欲しいです。
今の家族はどうですか?
良い親でしたか?
煌人が幸せと思ってくれればいいです。
煌人が幸せでいてくれるなら、私も幸せです。
安心してください。
お母さんは、いつでも煌人のそばに居ます。
生まれてきてくれてありがとう。
ここまで生きてくれてありがとう。
最後にこれも伝えておきたいです。
例え血が繋がっていなくても、家族にはなれます。
その人を家族だと思えば、誰だって家族になれるんです。
家族というのは、そういうもの。
大切で、自分の居場所で、安心できて、守らなきゃいけない。
だから、自分が居ずらかったらそこは家族じゃないのかもしれません。
でも、まずはそれをしっかりと伝えてね。
これからもずっと幸せに生きてください。
お母さん、天国で待ってるね。
お母さんより”
この手紙を読んだ時、自然と涙が出てきた。
自分のお母さんからの初めての手紙。
最初で最後のプレゼント。
いや、俺は人生の一番始めに”命”というプレゼントをもらったね。
お母さんは、俺を産むのが怖かったんだ。
本当は、死ぬのが怖かったんだ。
初めて知った。
でも、それでも、俺を産んでくれた。
なんて勇気のある人なんだろう。
俺も見習わなきゃね。
もしかしたら俺は、母や父の理想の息子にはなれないのかもしれない。
でも、俺の、自分の、理想の人になれば、俺は幸せで、お母さんへの一番の恩返しになるかな。
そう思った。
そんな人生を送ってきた俺も今日で30歳。
これからも幸せに生きていくよ。
そう胸に刻み込んだ。
これが俺の物語。
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