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「なぁ、小此木ちゃん」
保科が笑った。
『何ですか、副隊長』
小此木がそれにつられてちょっと笑う。
まだまだ暑いこの季節。
せめてもの救いの秋まじりの風が吹き抜けた。
「僕なぁ、また失敗してん」
わずかに冷たい風が保科の髪を揺らす。
『…また?前に失敗なんてしてましたっけ』
小此木が首を傾けた。
「大失敗したら、たまに自分で自分のこと笑いたなる時あらへん?」
『言ってる場合ですか』
小此木は呆れる。
呆れたような顔をして見せるが、本当は全く呆れていないような、どこか楽しそうな顔。
「ほんまに…まぁ、笑われへんようなやつに比べたらどうってことないんやけど」
『そうですねぇ』
小此木の足元に落ち葉が飛んできた。
保科の指がそれを拾い上げる。
次に吹いた冷たい風に合わせて手を離すと、あっという間にどこかへ飛んでいってしまった。
「…うぅ、さぶ」
『風邪引かないで下さいねー』
保科は隊服のジッパーをあげて、襟に顔を埋めた。
「ちょ、聞いてや小此木ちゃん」
『んえっ!?…どうしたんですか?』
居眠りしていた小此木がびっくりして目を覚ます。
「亜白隊長の珍しい写真見つけてんっ!」
『えぇ!?それはすごいですね!』
胸ポケットから写真を取り出す保科。
『うわー、珍しい…亜白隊長が野良猫と触れ合ってる…』
「すごい珍しない?まだあんで」
レドの部屋
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『え、四宮隊員って大型犬が好きなんですね…』
「これ見てや。カフカ、チワワに首討ち取られそうになってんねん」
『好かれてるんですかね…?』
「やっぱお笑い担当として採った僕らの目に狂いはなかったなぁ」
『狂いしかないですよ!!』
一人笑っていた保科の目がふと陰る。
「…懐かしなぁ…」
『…そうですね』
あの時は、
あの時は、楽しかった。
「なぁ、小此木ちゃん」
『はぁい、副隊長』
保科は今日は笑わなかった。
『あれ、どうしたんです?』
伏せられた目はほの暗く翳っていて。
いち早く異常を感じ取った小此木。
『何かあったんですか?』
「小此木ちゃん…」
『…はい』
「笑って、くれへんか」
『あ…』
保科は顔を下に向けた。
顔に影が落ちる。
「もうあかんわ…隊員一人満足に守られへん…」
『…副隊長』
「司令塔がやられたら、そらもう部隊全体の責任や、分かっとんのに…」
『副隊長』
「…正直なぁ、ほんまに僕が副隊長やっとってええんか、って思ってんねん」
『副隊長!』
自責を断ち切るみたいに小此木が声を張る。
『副隊長…ずっと、そう思ってるんですか』
「…」
『あなたのせいじゃないって、ほんとは自分でも分かっているでしょう』
「…君の一件は僕の責任や。僕が持たなあかん」
『副隊長!』
「言うたやろ。司令塔がやられたら部隊全体の責任やて…」
今自分は笑えないから、小此木ちゃんだけでも笑っていてほしい。
膝をついてうなだれる保科から、痛いほどに伝わってきた。
「はぁ…っ。またやらかした。ごめんな、付き合わさして」
顔をあげた保科はいつもの笑顔で。
涙をこらえる小此木の足元に花束を置いた。
「見てみ、小此木ちゃん」
保科は振り返って少し先の、枯れた桜の巨木を指さす。
「あの木な、去年怪獣討伐に巻き込んで枯らしてしもてん」
『まだ…』
「でもな。ちゃんと若芽、育ってるんやで」
『若芽…?』
「たとえ誰が枯れても、誰かが後引き継ぐっちゅーことかな」
『不吉すぎる』
「だからな、君のこともちゃんと背負って、ちゃんと前向いて歩くわ」
『保科副隊長…』
小此木はまた、涙をこらえた。
保科が視線を戻した先には、真新しい墓標があった。
さっき供えた花束。
保科の声が揺らいだ。
「ほなね、…小此木ちゃん」
立ち上がった保科はぼろぼろと涙を落とした。
それでも堂々と歩いていく小柄な背中を、小此木が一人見送る。
彼はまた、平静を装うんだろう。
ここでは一人だから泣けるんだろう。
温かみを持つ春の風にのって、桜の花びらが運ばれてきた。
小此木の体をすり抜けて地面に落ちる。
小此木の声は、最初から一つも保科に届いちゃいなかった。
死者は生者に干渉できない。
侵されることのないこの世のルール。
小此木はそっと視線を下ろす。
供えられた紫のヒヤシンス。
花言葉は、 『悲しみ』『悲哀』『ごめんなさい』
柔らかく、ほのかに冷たい春の風に吹かれて揺れた。
その花が持つ意味を、保科はきっと知っている。
だからこそ、自分の大失敗を笑い飛ばすように。
小此木の前でだけは、いつものように目を細めてみせるのだ。