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翌朝、キースはベッドの上で静かに目を開けた。
窓から差し込む柔らかな朝日が彼の顔を照らし、いつもの優しい表情だ。
「……リアム?」
声は掠れていたが、確かに俺の名前を呼んでいた。
俺は椅子から立ち上がり、キースの元へ側寄る。
「兄様!気がついて……」
気を失ってたかちょっと怪しいが、侯爵邸に戻ってからこちらは眠っていたようにはある。
キースは少しだけ微笑むと、俺の手をそっと握った。
「……もっと、こちらに……」
するりと手が動いて俺を引き寄せる。
俺はそうされるとバランスを崩してしまい、キースの胸元に倒れこむようになった。
そこをキースに抱きしめられる。
ううううん……いつも通り、だな……。
「兄様、ええと……」
「君とノエル君が僕を助けてくれたんだね。ありがとう」
キースは器用に俺の身体を動かして、ベッドの上に乗せたてから、また抱きしめなおした。
述べられたものは感謝ではあったし、柔らかい声音で演技のようには聞こえない。
けれど、なんというか……。
「あの兄様」
「うん?」
「……兄様ですよ、ね……?その、今までと一緒で……」
俺の質問は自分でも、何を尋ねているんだか、と思わなくもない。
けれど、キースの答えを聞かずにはいられなかった。
キースは俺の顔を覗き込み、ふふ、と笑う。
「どうだろうね?でも、まあ……僕は僕でしかないと思うよ」
柔らかい声。けれど、言葉の裏に何かが隠されているような気がして、胸の奥がざわめく。
そうして俺が次の言葉を探している間に、キースは俺の唇を塞いだ。
ていよく、キスで黙らされている気がする。いや──もしかすると、本当にそうなのかもしれない。
けれど、それ以上何を尋ねても、キースはきっと答えてくれないだろう。
俺の中の違和感は拭えなかったけれど、今のところ危機もなさそうだし、これ以上追及しても仕方ない。 暁の刻も起きないと願おう。
──……まあ、いいか……。
そう自分に言い聞かせて、俺は目を伏せた。
※
次の日の午後、俺はレジナルドに呼び出され、王城の一室を訪れた。
今回は予めこのことはキースにも連絡済で、渋々とではあったが許可を得ている。
帰りは父同伴という約束はあったが。
部屋に入ると、そこには見覚えのある人影があった。
「……ディマス、様?」
彼は椅子に座り、少し憔悴した表情でこちらを見ていた。以前の高慢な態度は消え去り、その目には何か悟ったような光がある。
「久しぶりだな、リアム」
「え……」
俺は思わず声をあげてしまった。
以前の厭味だらけの声とは違い、その声は優しいものだった。まるで印象が違う。
レジナルドがその後ろに立って、静かに口を開く。
「ディマスは、昨夜郊外の空き家で見つかってね。幸いにも怪我などはないんだが……少々記憶が怪しいんだ」
「そうです、か……」
目の前にいる彼は以前のような敵意を感じさせなかった。
視線が合うと、少し困ったような笑みを浮かべる。
「……君には済まないことをしたと思っている。どうしてだろう……ずっと君が敵だと思い込んでいて。今ならそうでないとわかるんだが……申し訳なかった」
そう言って、ディマスは頭を下げた。王族だというのに、その態度は謙虚なものだ。
俺がレジナルドを見上げると、そちらも苦笑を浮かべている。
俺は慌てて、ディマスに手を振る。
「大丈夫ですから、頭を上げてください。僕も特に何もなかったんですから」
何もかもが許せるかと言えば、今ここでそれは即断できるものではないが、闇の力がそうせていたのだろうと思う。それが俺にだってわかるほどに、ディマスの様子は様変わりしていたのだ。もともと気が強かったり高慢なきらいがあったとしても、これが素と言うならばいつかレジナルドが言っていたように、悪い人間ではないのだろう。
「あの、闇の力はどうなったんですか………?」
遠慮がちに聞いてみると、ああ、とディマスが息を吐いた。
「あの時に、消失したようだ。……今は、もうないのだと思う。使うことが全くできないから。レジナルド、リアム……私は、国に帰ろうと思う」
ディマスは静かに言った。レジナルド先輩は一瞬驚いたようだったが、そちらも静かに頷いた。
「……そうか。君の選択を尊重する」
「……リアム」
ディマスが俺の名前を呼ぶ。
「私は……君が嫌いだった。本当に邪魔な存在だと思っていた……でも、今なら分かる。私は君に嫉妬していたんだ。君はいつも、君自身でいられた。私にはそれが、どうしてもできなかったんだ。私は君のようになりたかったのかもしれない……」
ディマスがぽつりぽつりとそう語った時、その声には弱さと痛みが滲んでいた。彼が抱えていた孤独や葛藤──それが俺にも少しだけ伝わってくる。
俺はただ、自分が生きることで精一杯だっただけで、彼がそんなに俺を意識していたなんて……想像もしていなかった。
「……今更かもしれないが、どうすれば自分の力を人のために使えるのか、それを考えながら歩いてみたいと思う。レジナルド、君にも迷惑をかけた。また……私と……いや、私がそうして少しでも変われたら、その時は話をしてもらえるだろうか?」
その言葉に、レジナルドは頷いた。
「勿論だ、ディマス。くれぐれも無理はしないでくれ」
ディマスは小さく微笑み、ありがとう、と零した。その姿には、本来彼が持っていた美しさと、どこか清々しさがあった。
そうして、ディマスの一件は解決した……でいいのだろう。
お互いに色々とあったものの、過ぎ去ってしまえば……前を向けないほどのことではない。
ディマスにも何時か幸福が訪れることを、祈ろう。