彼が音楽をやっていることは学年では有名だった。
「〇組のオオモリって知ってる?なんか音楽やってんだって」
「オリジナル曲?とか作っちゃってんだって」
「すごw よくやるなぁ」
それらは称賛ではなく、ただ珍奇な人として噂されていた。
その時はまだ関わりなどなく、体育の授業などで見かけたことがある程度の認識だった。
多分廊下などでもすれ違っていたりしたんだろう。
当時は彼の方が背が高く、隅っこの方でじっと何かを観察しているような人だった。
時折その鋭い視線が眼鏡の奥から向けられている気がして、なんだか怖い印象があった。
ヤンチャなクラスメイトがオオモリの動画のコメント欄を荒そうという行き過ぎた悪ふざけの話をしていたりと、とにかく好奇の目に晒されていたのを覚えている。
本当に彼らがコメント欄を荒らしていないか心配で、というのは建前で、ただオオモリという人の音楽が気になって動画を見に行ったのが始まりだった。
こんな凄いものを中学生が作っているのか、と圧倒された。
耳に残る音も、胸を打つ歌詞も、その全てに魅了され、純粋に感動した。
今までに上げられていた動画も全て見て、聴いて、テレビに映るアーティストよりもオオモリの曲を聴いた。
彼に憧れて、ギターを始めた。
中学3年生になって同じクラスになれた時は嬉しかった。
仲良くなりたいと思った。
しかし、元々あまり学校に来ない彼と関わりを持つのは困難だった。
プリントを届けに行く役を買って出て会いに行った。
その日は彼の母親にしか会えなかった。
翌朝、また彼の家へ行くと、 彼の母親がなんだか嬉しそうに彼を呼びに行ってくれた。
代わって出てきた彼は、母親とは打って変わってあからさまに嫌そうな顔をしていた。
他クラスだった頃の印象とは違い、俺は彼よりも背が高くなっていた。
一回り華奢な肩をすくめて、変なものを見るような顔で「学校は行かない」と言ってドアを閉められてしまった。
それから毎朝家まで行って、今日は学校に行くかを聞くのが日課になった。
返事は決まって「行かない」だったが。
頬を腫らして涙目で登校して来た日もあった。
兄に「学校に行け」と怒られたのだと言う。
周りの先生もクラスメイトも、また彼に好奇の目を向けた。
学校に来ようと来なかろうと、何かにつけて良くも悪くも彼は注目された。
本人がそれに気づいていたのか、気にしていたのかは分からない。
毎朝通いつめて少しずつ話してくれるようになった頃、「卒業アルバムに映らないのは嫌だから」と行事の際には学校に来るようになった。
修学旅行で同じ班になれたことが、人生で最大級に幸運なことだったと思う。
音楽を語り合った夜のことは忘れられない。
「長い付き合いになりそうだな」と、確か俺が言った気がする。
翌週からはもう一緒にスタジオに入るようになって、それまでやっていたサッカーも、それまで仲良くしていた友達もそっちのけで元貴とギターを合わせた。
元貴が曲を作って動画を上げる度真っ先に聴いて、次の日には直接感想を伝えた。
元貴は俺の後ろの席で、学校に来た日は後ろからシャーペンでつついて来たりなどちょっかいを掛けてくるようになった。
仲良くなると意外と構ってちゃんだった。
両親にはかなり心配された。
今までサッカーひと筋でいたのに、急にギターを始めて、むしろそっちにばかり熱中する息子が不安で仕方かったことだろう。
少し前まで、自分はサッカーの道で生きていくんだろうと漠然と思っていたのも事実だ。
いっときの感情や流行りで今までの頑張りを棒に振ることないのよ、と至極真っ当な意見をもらった。
母を喜ばせたくて始めたサッカー。
サッカーが嫌だったわけではないし、大好きな気持ちは変わらないが。
自分の新しい喜びのためにギターをやりたいんだと、両親を説得した。
心配されながらも、両親は許してくれた。
憧れた人とバンドを組んで、ギターを任されて、学校では何気ない話をして。
そんな夢のような時間は、3年生の終わりと同時に崩れた。
音楽で生きていく、と明確な指針を持っている元貴と他のバンドメンバーとでは、熱量に圧倒的な違いがあった。
心の底から解散したくなかったが、結局バンドは解散した。
卒業式の次の日から、今までなら学校があった時間帯もギターの練習が出来るようになった。
スタジオに入る予定はもう無いのに、ギターの練習に明け暮れていた。
バンドが解散したのは熱量の差というのもあったが、実力不足というのも大きかった。
元貴の生み出す楽曲の難易度に他のバンドメンバーが着いていけないというのはよく起こっていた。
実際、自分も着いていけていない自覚があった。
左手の全部の指先の皮がめくれるほど、ピックを動かす右手の筋がちぎれそうなほど。
腕が上がらなくなるまで練習し、休憩してからまた腕が上がらなくなるまで練習し、というのを毎日続けた。
こんなに無駄な練習があるかと、度々思ってしまう自分がいた。
もう、元貴から新曲が送られてくることは無いのに。
バンドを解散した日から元貴とは疎遠になっていた。
自分から何かを送る勇気は無かった。
人との関わりが狭い元貴と、もう一度関われる可能性は低い。
このまま二度と会うこともなく、連絡を取り合うこともなく、思い出として風化されていくことの方が有り得る。
言い表せない恐怖があった。
元貴なら、ぴったりの言葉を見つけられるのだろうか。
ただ練習することしか出来なくて、がむしゃらに、不安や焦燥を誤魔化すように、ギターに向かった。
また、元貴にバンドに誘ってもらえるように。
そんな淡い期待に縋り付いた。
高校生になってしばらく経った。
相変わらず、徒労に終わりそうな練習だけは往生際悪く続けていた。
学校からの帰り道、最寄り駅のロータリーを歩いていると行き交う人の中で立ち止まっている人に目がいった。
見覚えのある猫背。
何かを観察するような、眼鏡の奥の鋭い視線。
ぼんやりと街を眺める横顔が不意にこちらを向いて、目が逢った。
そんな偶然、あるだろうか。
脳が動くより先に体が動いて、一直線に向かって行った。
「元貴──」
学校に行って勉強するよりも、曲作りが楽しくて忙しくて、中学はほとんど学校に行っていなかった。
音楽の道で生きていくんだと確信していたし、少しの迷いも無かったから、周りの心配がどこか他人事だった。
人間に関心はあるけれど人付き合いはそこまで得意でもなくて、特にキラキラした人は苦手だった。
何の因果か、そんなキラキラの代名詞みたいな人に目を付けられた。
毎朝家まで迎えに来て、今日は学校に来るのか聞いてくる。
毎朝「行かない」と返しているうちに、何だかんだ少しずつ話すようになってしまった。
兄に「学校に行け」と殴られて泣きながら学校に行った日もあった。
周りが文字通り腫れ物の僕にザワつく中、「今日は学校に来たんだ!」と眩しい笑顔を向けてくる変な奴がいた。
圧倒的に嫌いなタイプで苦手だったのに、修学旅行をきっかけにあっという間に仲良くなってしまった。
キラキラした人特有の魔法なのだろうか。
打ち解けて一緒にスタジオに入るようになって、作った曲を弾いてもらったりして。
曲動画を上げた次の日には必ず感想を言ってきて、「いい曲だよ、すごいよ」と褒めてくれる。
最初家に来た時は変なのが絡んできたと思い嫌だったが、関わってみるといい奴だった。
いい経験値になったな、と自分でも呆れるほど捻くれて斜に構えた感想が出てきた。
バンドは解散したし、中学も卒業してしまった。
連絡先は持っているけれど、卒業以降連絡は取っていない。
お互い、新しい高校生活が忙しい。
そういう体で疎遠になっていた。
高校生活は、彼と出会う前に戻っただけ、という感じだった。
1人で曲を作って、1人で音を合わせて、1人で曲動画を上げて。
たまにライブハウスの人やプロデューサーを名乗る方からメッセージが届いて。
音楽を主軸に置きたくて通信制の高校に進学したお陰で登校日が少なく、中学の頃と同じ生活のまま音楽に専念出来ていた。
しかし、1人には限界が来ていた。
生み出す楽曲はどれもバンドサウンドで、この先を考えるとどうしてもバンドを組む必要がある。
次は本当にメジャーデビューを考えたバンドを組みたいと考えていた。
同じ熱量で一緒に音楽をやってくれる人。
既に所属していた事務所にバンドメンバーを探していることを伝えて、いい人がいないか探してもらったりしていた。
1人でスタジオに入った帰り、何となくいつもと違う駅で降りた。
知らない駅というわけではなかった。
この駅をよく使っていた人を知っている。
コンビニで飲み物を買って、しばらく街ゆく人々をぼうっと眺めた。
ぐるぐると頭の中でコード進行を考えて、何をしているんだろう、と冷静になろうとする自分を阻んだ。
当たり前に何も起きず、ただ無為に時間が過ぎた。
飲み物が空になったところで踵を返し、邪魔になっただけのペットボトルを持ち帰った。
次の登校日の帰り、何となく、またあの駅に寄った。
その次の登校日、次のスタジオの帰り、外に出る度に自分の最寄り駅とは違う駅に降りて、無駄に時間を過ごしてはゴミを持ち帰った。
宝くじが当たればいいなくらい期待の無い行動だったが、回を重ねるごとにその馬鹿馬鹿しさを誤魔化せなくなり、ストーカーじみていて気持ちが悪いことを自覚していった。
今日で終わりにしようと心に決めて、壁に寄りかかって街ゆく人々を眺める。
無常に時間が過ぎ、 残酷にも順調に飲み物が減っていく。
ひと口飲むごとに不思議と切なさを感じる。
残り数口のところを、ちびちびとゆっくり飲み進めた。
懐かしい気持ちで、初めて一緒にスタジオに入った時の彼の嬉しそうな顔と、解散が決まった時の悔しそうな顔を同時に思い出す。
あんなに本気で悔しがるような人なら、もしかしたら。
虚しくリミットが迫り、あと、ふた口。
もうこれは縁がなかったんだな、と少しずつ脳に理解させていき、気持ちの落としどころを探す。
あと、ひと口……
吹いた風の向きに合わせて顔を逸らした。
行き交う人の中に、知った顔があった。
その日は、ひと口分残った飲み物を持ち帰った。
コメント
9件
凄い です。 表現がすごいです。
天才だ 、 語彙力がたくさんある ( ? ) 発送も 、 文もテクニックが凄い 、 少し文の書き方を参考にさせて頂い てもいいですか 、 . . ? 、
うぉぉぉぉー!すげー! 語彙力無くなってしまいました… 既に提供されている情報を心理描写で埋めるとは…テクニックももちろん秀逸ですけど、発想が天才過ぎます!