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mogyumogyuGemi
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古流斬
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俺は紗希ちゃんからもらった名刺を頼りに大学に来ていた。
政府関係者のお偉い科学者なのかと思っていたが、地方の大学で生物学を教えている教授だった。
名刺に書かれてる電話に連絡したところ、14時に生物学の講義室にくれば話をしてもいいと言ってもらえた。俺は緊張しながら講義室をのぞいた。中には男が1人、腕を組んで黒板の前に寄りかかっていた。
「すみません。電話した者ですが、あなたがその…」
いい切る前に男が言った。
『あぁ。君が紗希さんが言ってた子だねぇ。この間、来るかもしれないとは言ってたから。待っていたよ。僕は生物学をここで教えている林という者です。』
教授は物腰低くく会釈をしてきた、どこにでもいる中肉中背のおじさんだった。語尾をわずかに伸ばす癖があるのか、柔らかい雰囲気で話をする教授にさっきまで抱いていた緊張が不思議と和らぐ。
俺も会釈を返す。
「俺は亮太といいます。
…紗希ちゃんは自分で死にました。尊厳死法があるのに、わざわざ屋上から飛び降りて。でもあの言葉は言ってたから、意識はなかっただろうけど。」
『そうですかぁ。』と教授はわかっていましたと言わんばかりに頷いた。
「紗希ちゃんは死ぬのが罰だと言ってました。死が怖いから怖いと思えるうちに死にたいと。
俺は彼女には生きていて欲しかった。尊厳死法は俺たちに罰を与えるものなんですか。」
教授は首を横に振った。
『アポの作用を知っているかい?カエルのオタマジャクシが成長とともに尻尾がなくなるように、 生物は生まれてくる時にすでに選択的な細胞死、つまり選択的に自殺を行って形を作っているのさ。人間の指とかもそうだね。もともとプログラミングされているものだし、自分で異常を排除する。
これによって個体はより良い状態に保たれ、種の保存という観点においてもバランスを保って行けるのさ。
だから自殺したいと思う人間が、ちゃんと自殺できれば、人間という種全体の貢献に役立つというのが、尊厳死法さ。』
教授はまるでそれが正義だと言わんばかりの口ぶりだった。疑う余地もない真実だと。
俺はその様子になんだか腹が立って来て語気を強めて言った。
「異常を排除ね。この法で死んだ人間は異常だから死んだってことなのか。
人間としてより良くない遺伝子だったからって自分で判断したって言いたいのか。」
とても理解できない。というよりはその理屈は以前俺が思っていた自殺したい理由そのものだったはずなのに、今自分が生きていることの矛盾に気持ちが悪くて心が理解したく無いと拒絶反応を起こしていた。
そんな俺を見透かしているかのように教授は続けた。
『自然界の大多数の生物って言うのは自殺というものを考えない。何故ならいつでも死と隣り合わせにいるからだ。
明日生きてる保障なんて無いからねぇ。だからあえて自殺なんかしなくていいんだよ。 むしろ生きているのが確証されている方が異常だからさ。
でも人間は何故か自分達が明日も生きていると思い込んで生きてしまう。思い込まされていると言ってもいい。だから生きるのが辛いなんて考えてしまうのだろうさ。
尊厳死法は常に死を身近なものにすることでより良く生きれるものなんだよ。死が身近になることで、命は軽いようで重くなる。救われる人間も居るはずなんだ。』
教授はそう言ったあと鼻で笑った。
『まぁ、そうなるはずだった。んだけどねぇ。』
教授は教卓の上のタブレット端末に手を置き悲しそうに撫でた。
そこにはデータ化されたなにかの数値が表示されて変動を繰り返していた。
「実際のところ尊厳死法が施行されて効果はどうだったんだ。意味はあったのか。」
『意味かぁ…。君は野暮なことを聞くねぇ。
まぁ統計的な数値だけで言えば人口は1/3減少したよ。
まずは面白半分お試しで“アポトーシス”と唱えたネット配信等若年者の層。これはそうだなぁ、後先考えずに行動してしまう危険予知能力の欠如が招いての結果だね。生物学的には臆病であり行動しないことは危険と隣り合わせになるリスクが減るから生存率は高くなる。
次に多いのは余命宣告されていた病識者。
闘病生活の上で身体的苦痛が長く続いていた層、これは年代は問わずだね。まぁここは言わずもがな治る見込みがないならいっそのことって思ったんだろう。
あとは、精神疾患の患者。もともと死にたかったから楽に死ねるって言われて実行しちゃったんだろうね。ここも長期療養患者で、寛解を繰り返して社会復帰を望んでもなかなか就労できない人が多かった。
あぁ、あとは最近流行りの発達障害グレーゾーンと呼ばれる層、判断ができる知能はあって尚且つギリギリ社会に帰属できない層。これに関しては見解の分かれるところだったけど周りに言われて素直に実行しちゃいましたって結果が出てる。障害故の特性なのか、障害を取り巻く環境が異常なのか、はたまた障害を持つ人の周りが変異してしまうのか難しいところさ。
貧困層と呼ばれる経済的困窮者はそこまで増えなかった。社会には属せていたからねぇ。
ここまでは想定通りだったし、欲しかった結果だった。
…ただ、驚いたことにねぇ1番多かった尊厳死は 赤ん坊なんだよ。』
驚いたという割には、どこを見ているのかわからない何の感情も乗せたくないといったように教授は言った。
「赤ん坊?赤ん坊はアポトーシスなんて唱えることできないだろ」
意外な結果と本来ならば1番生きるべき存在を失ってしまったことに動揺を隠せないでいた。
『僕達も当初はそう思っていた。だから乳幼児期も対象になる飲料水に混ぜて遺伝子組み換えを行っても問題はないだろうとしていたんだよ。
自我が芽生えてくるのは1〜2歳くらいの発語が出て来た時期で、
そこからは自由意志によるものと見做されるからと。 だけどね違った。アポはね。強く願えば作用してしまう。どうやら脳からの刺激にも反応する。』
「なんで赤ん坊が自殺なんて…。」
教授は言いたいことはわかるよと言わんばかりにうなづいた。
『赤ん坊と言っても傾向があって、ネグレクトや虐待が疑われる家庭の子の突然死が多く報告された。あとは、生まれながらに身体が弱い子、これも自殺遺伝子が作用してしまった検査結果が報告されている』
タブレットを操作しながら教授は言った。
『そもそも生きる力が彼ら自身の力ではどうしようもないから、これは異常だと思って細胞が死滅したと結論づけた。 如実に環境が絡んでくる。痛い、寒い、危険、怖い。 そう思うと簡単に死を選んでしまう。それほどまでにもともと人は脆い。取り巻く環境がダイレクトに生命を脅やかしてしまう。
彼らは対抗する力がない状況で、どうしようもなく、死を選択するしか無いと思ってしまっていた。何故なら逃げた経験も、それに成功した経験も、その先にあるちょっとした生きる喜びも何も経験したことがないから。』
俺は逃げた経験も、それによって生かされて来た成功体験も、人生においてちょっとした生きてて良かったなと思える経験もしてきたなと思った。紗希ちゃんや三禄さんの顔が浮かんできた。俺は無意識に生きる選択をできていたのだろうか。
『 僕達は死を平等に与えるべきではなく、
生きるうる経験を与えるべきだった。
人は集団の中でしか生きられない。群れを追われた生き物は絶対的に死ぬ確率があがる。これは自然界のオキテだからね。実際に育児放棄された子どもが生き残る確率は自然界では最も低い。
そんなわかりきったことを
まざまざと見せつけられたことに意味があるのかって顔してるね。
違うのさ、この場合の異常って言うのは個のもつ性質なんかじゃなくて
個人を取り巻く環境が異常でしかないってことさ。まぁ好きな言い方じゃあないが、運ってとこかな。』
運、俺が1番嫌いな言葉だ。そう言っておけばなんでも許されると思ってしまうからだ。
「そんな、それじゃあ尊厳死法なんて意味がなかったじゃないか。その子達は無駄死にだったんじゃないか。」
『いいや。意味はあったと僕は思っている。
僕達は尊厳死法によって群れから外れては生きていけない動物であることを再認識した。
しかしそれと同時に“選択”ができることこそ
人間たる所以だと。
個人の性質は微々たるもので、実は周りの群れが作る環境こそが人を殺し、そして生かす。
群れから異常とされ外れた人が自殺を選ぶのは当然の結果だ。 死にたいと願って死ぬ選択。大いに結構。それも群れを守るための手段だと本能にプログラムされているのさ。
じゃあ僕達はその人が生きうる可能性を広げるには何をすべきか。
…何もできないんだ。本当に何もない。』
「何もない?ふざけるなよ。散々人を殺しておいて何もないで済まされるか」
『確かにできることは何もない。人は簡単に死ぬ選択ができるから。でも生きうる可能性を広げる経験や環境を作る“選択”は僕達にはできる。
単純に個々の性質を異常と排除せずに群れから外れさせないことだ。』
そんなことわかっていると言いかけて喉から言葉は出て来なかった。俺たち人間は常に排除して生きてなかっただろうか
自分にとって理解できないものから。
理解しようとしてもできないから「異常」と決めつけて。今、俺が教授を責めたてている様に。
『だけどね僕は改めて問いたい。尊厳死は本当に無駄死になのだろうか。悪なのだろうかと。
群れから外れた動物は確かに生きられない。じゃあ群れから外れ無いためには何をすべきか?模倣するんだ、その群れのあり様を崩さないためだけに。だけれどそれでも個の性質上ついていけなくなった人間はどうするべきか、群れを存続させるために、 その人がその人らしくいられる新たな群れを探すか、なければ諦めて死ぬしかないんだ。これは動物のプログラムされた細胞単位の本能なんだ。僕達はそれをもっともらしい理由をつけて無理矢理生かそうとし続けてしまう。生きることが正しいという群れの価値観を押し付けて、その個体はもう本能で生きられないと悟っているのに。群れのために死ぬ選択が最善だと本能が言っているのに。こんなに苦しいことはない。だから余計に死にたくなるそう思わないか。』
俺はその問いになんて言っていいかわからなかった。確かにそう思って死にたかった俺も居たし、同時に今生きている俺がいるからだ。
『僕達は生きることも死ぬことも逃げることも選択していいんだ。その群れの中で正しく生きようとしなくていいんだ。それが一番“自由”に生き抜く方法なんだ。それが人間なんだと僕は思っている。
…もちろん拮抗するゲノムを書き換える酵素も国には渡してある。それはもう僕の管轄するところではなく、国の“選択”にはなってしまうが、アポは単なる発動条件で、言わない選択は個人でし続けられるし、何歳まででも好きに生きていい。尊厳死法自体は大して意味はないんだよ。“選択”し続けることが重要なんだ。
まぁ、僕は十分満足したので、人類の発展と多少の良心の呵責のためにひと足先に失礼するよ。』
君と話せて良かった。小声でそう言った後に
博士は僕を見ながら微笑んで言った。
『アポトーシス』
俺はもう何も言い出せずにただ教授を見つめてそこに立っていた。
そこにはなにも異常はないように思えた。
ただ俺がいた。今も尚生きる選択をし続けている俺がいた。
完
コメント
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うわ、これ、めちゃくちゃ重くて哲学的な話だ……。博士の「尊厳死法」の理屈、アポトーシスを人間社会に当てはめる発想がゾッとするほど冷静で怖かったです。でも最後の「そうなるはずだった。んだけどねぇ。」で、何かうまくいかなかったことがあるんだろうな、と。続きが気になりすぎる!