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「えっ!?」
アニエスは、聖女が口にしてはいけないことを、軽く言ってしまった。
確かこの国の聖女は、婚姻は出来ないはず。
(好きな人がいるって……。1周目みたいにイケメンを侍らすのもどうかと思うけど、聖女がそれ言ったらマズくない?)
唖然とするリリーにお構い無しで、アニエスは勝手に話し出す。
同じ孤児院にいた2歳年上の男の子。お兄ちゃん的存在でいつも頼りにしていたそうだ。アニエスが聖女認定された時も、これから先は教会に仕えて幸せに暮らせるだろうと、一緒に喜んでくれた優しい子だとか。
まさか、こんな国を守護する大役の聖女だとは、ふたりは考えもしなかったらしい。
あれよあれよという間に、枢機卿にへ連れてこられ――国王陛下や教会のお偉いさんとや面会すると、宮廷での登録は終わっていた。
気が付いたらアニエスは、この離宮に住む事になっていて、その彼とは会えなくなってしまったそうだ。
一応、相手の相手の名前は秘密だと言っていたが……会話の中で「ロビン」と呼んでいたので、その男の子の名はロビンなのだろう。
アニエスは、ちょっと天然なのかもしれない。
「ちゃんと、お別れも言えなかったの……」
そう、伏し目がちに言ったアニエスは、寂しそうだった。
(うーん……。15歳くらいの男の子ねぇ)
リーゼロッテとテオは、目が合うと同時に思い当たる。
『『……あれかっ』』
先程からずっと感じていた視線――。テオは、スッとその場を離れた。
「アニエス様、少し失礼致します」
とリリーもお茶セットのワゴンを押して、厨房に向かった。
ワゴンを置き、厨房の勝手口から外へ出る。
植木の間を小走りに移動し、視線を感じた窓の近くにやって来た。どう見ても、不自然な動きをしている植木の葉がある。
「……やめろよっ。離せって! な、なんなんだよぉ……このクソ犬っ!」
植木と植木の間、隠れるように蹲み込んでいる赤髪の少年と、その少年の服をしっかり噛み付いて離さないテオ。
必死で服を放させよと引っ張っているが、小さいくともテオはピクリともしない。
その上、少年は軽く威圧されて半ベソになっている。
(まあ、見た目は小さくなってるけど、フェンリルだからねぇ……)
リーゼロッテは苦笑した。
「その子はテオよ。クソ犬じゃないわ」
急に声をかけられ、少年はビクッとする。
さっきまで、アニエスと一緒にいた侍女が目の前に現れ、真っ青になった。
「正直に話せば見逃してあげるわ。あなたは誰? ここで何をしているのかしら?」
大方の検討はついているが、一応本人確認をする。
「…………」
「あら、言えないの?……仕方ないわね。テオ、お願い」
『承知した』
テオは、見る見る大きくなり、少年を前足で押さえ込むと、大きく口を開いた。
仔犬だと思っていたそれが、大型犬サイズになり狼だと気がついた。本当は、魔獣であって狼ではないが……。
「……ヒィィッ! ごめんなさい、話すから食べないでっ!! 俺は、ロビンですっ。厨房に食材を運ぶ仕事をしています!」
――予想通りだった。
離宮の中に入ってから感じていた視線。敵意を全く感じなかったから、放置していたが。
聖女の想い人、孤児院で一緒に育ったロビン。きっと、アニエスのことが心配で、少しでも近くに居たかったのだろう。
「ねえ、ロビン。あなたはアニエス様が心配なのね。それで、隠れて見守っているの? でも、アニエス様は気が付いていない……」
図星をつかれ、目を見開いた。
「そうだよっ! アニエスが……元気で楽しそうならそれでいい。あいつは寂しがり屋だから。俺に気が付かなくてもいいんだ。だけど、近くに居れば悪い奴が来ても守ってやれるからっ!」
(……守るねぇ。どうしたものかしら?)
頼もしいが、全く実力が伴っていない。
リーゼロッテは、暫く考えて決めた。
「ロビンは、毎日ここへ来ているの?」
「ああ、毎日食材を届けている」
「じゃあ、明日もこの時間にこの場所に来て」
きょとんとするロビンに、リーゼロッテはニッコリと微笑みながらもう一言を付け加える。
「そうそう、私とテオのことは誰にも言ってはダメよ。もしも、誰かに喋ったら……」
テオの大きく開いた口が、ロビンの目の前にあった。
「ぜ、絶対に誰にも言わない! ……だ、だけど、アニエスに何かしたらタダじゃおかないからなっ!」
「大丈夫、私たちはアニエス様の味方よ。また明日ね」
クスッと笑って、リーゼロッテはテオを連れて離宮に戻った。
◇◇◇◇◇
――その晩。
リーゼロッテはブランディーヌに相談したいことがあり、伯爵邸に転移した。
「お祖母様、ただいま帰りました」
突然、目の前に現れたリーゼロッテに、ブランディーヌは驚く。
手にしていたティーカップをそっと置いた。
「リーゼロッテ……。急に、驚かさないでちょうだい。転移魔法が使えるなら、前もって言いなさい。……心臓に悪いわ」
そう言いつつ、全く動じないブランディーヌ。
「驚かせて申し訳ありません。……お祖母様に、相談に乗ってほしいのです」
「何か、離宮であったのね?」
今日一日で起こったことを話し、リーゼロッテはブランディーヌの力を借りたいとお願いした。