テラーノベル
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午前三時十四分。
目を覚ますたび、慎一の額には不快な冷や汗が粘りつき、心臓は胸肋を内側から破らんばかりに乱打していた。
ここ一週間、彼はまったく同じ夢に苛まれ続けていた。
夢の舞台は、どこまでも続く無機質なコンクリートの廊下だ。照明はなく、足元には薄っすらと濁った水が溜まっている。そして必ず、背後の暗闇から「それ」は現れる。
最初は、遥か遠くで響く濡れた肉が擦れるような足音に過ぎなかった。しかし、夜を重ねるごとに音は近づき、その姿を鮮明に変えていく。
それは、光を完全に吸収したかのような絶対的な黒の塊だった。四本足の獣の形を模してはいるものの、関節の折り曲がる方向は狂っており、影が蠢くように輪郭が常に歪んでいる。顔と呼べる部位には目も鼻もなく、ただ巨大な裂け目がひとつ存在し、その奥で不揃いな白い歯が無数に蠢いていた。
慎一は走る。水たまりを跳ね飛ばし、必死に脚を前へ出そうとする。だが、夢の中の肉体はまるで泥の中に沈んでいるかのように重く、どれだけ力んでも速度が上がらない。
後ろから迫る、「ズルリ、ズルリ」という粘着質な追跡音。
背中に迫る腐臭と、肌を凍りつかせる狂気的な冷気。
(振り向いたら、終わる――)
直感がそう叫ぶ。だが昨夜、獣はついに慎一の真後ろまで迫っていた。首筋に触れた、生温かく湿った息の感触。その恐怖に耐えかねて飛び起きたのが、数分前のことだ。
荒い息を整えながら、慎一は暗闇の中でベッドの上に体を起こした。
「……ただの夢だ。ただの……」
そう自分に言い聞かせ、枕元のスマートフォンに手を伸ばそうとした、その時だった。
――ペチャリ。
静まり返った自室の床から、小さく湿った音が響いた。
慎一の体が凍りつく。部屋の電気は消えている。しかし、街灯の光がわずかに差し込むカーテンの隙間、その手前の影が、あり得ない角度で立ち上がり始めていた。
ゆっくりと開いていく、暗闇の中の巨大な裂け目。そこから覗く不揃いな白い歯が、闇の中でニヤリと歪んだ。
夢は、もう終わっていたはずだった。
コメント
1件
いや、最後の一文で背筋がぞっとしました……。「夢は、もう終わっていたはずだった」のあとに、暗がりから立ち上がる歪んだ影。慎一の焦りや恐怖が手に取るように伝わってくる描写で、特に「ズルリ、ズルリ」という擬音が生々しくてすごく怖かったです。夢と現実の境界が溶ける感覚、とても丁寧に描かれていて、ゾクゾクしながら読み終えました。続きが気になります……!