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「無理に話そうとしなくていいのよ」
って言ってくれるお母さん、マジ女神。
そしてお父さんは、泣きすぎてもはや息を吸うのも難しくなってきたあたしに柔らかく笑いかけてから、改めてリカルド様を見上げた。
「今日はリカルドにとっても良い機会になった筈だ。リカルド、お前は自己評価が低いところが足枷になっていたように思う。自己像を正しく捉えることで、これまで以上に伸びる余地があるだろう」
そう助言を与え、「頑張りなさい」ともう一度リカルド様の肩を叩いてから、お父さんは今度はゆっくりとお兄さんの方へと歩を進めた。
お兄さんはまだ壁に寄りかかって座ったまま。片膝の上に腕を力なく置いて、すっかりうなだれてしまっている。もう、立ち上がれるくらいの体力はあるだろうに、気持ちのほうが折れてしまったのかも知れない。
お父さんが近づくと、お兄さんは顔を上げてお父さんを見たけれど、ばつが悪そうにすぐに顔を背けた。
そんなお兄さんに、お父さんは手を差し伸べる。
「ソルト、お前にもいい機会になった筈だ。どうだ、魔法も捨てたものではないだろう?」
「見てたでしょう、コテンパンですよ。……こんなに威力があって、しかも機動力があるとは思わなかった」
力が抜けた声でお兄さんが呟く。
お兄さんのそんな姿に、あたしの涙もようやく落ち着いてきた。
お兄さんはまだリカルド様の魔法の凄さへの驚きがさめやらぬようだけれど、正直リカルド様を基準にしちゃいけないと思うんだけど。
そもそもリカルド様みたいにあんな威力の魔法を連射できるヒト、そういないと思うし。あ、でももしかしてあたしが見たことないだけで、魔法学校の先生とか国の魔法省とかにお勤めの魔術師とかは、連射できちゃうのかな。
「実践で強力な魔法を見る機会は少ないからな。だが、今日で認識は変わったはずだ。それに、サポート魔法は私たち騎士とも相性がとてもいいと思わないか?」
ああ、それはあたしも思った。魔法学校ではいまひとつ効果が実感できていなかったけれど、強化系はやっぱり元々の基礎力が高い人にかけると威力が実感できるよね。
「お前は貧弱な魔術師が身体強化したところでとるに足らん、と揶揄していたが……ある意味その通りだ。身体強化はむしろ、そもそも身体能力が高い者にかけてこそ真価を発揮する。彼らの魔法は私たちの力を数倍に強化してくれるだろう」
「……」
なぜかにこやかにそんな事を言うお父さんをジロリと睨みながら、お兄さんはしぶしぶといった様子でお父さんの手を掴む。
ぐいっと力強く引っ張り上げられて、お兄さんのがっちりとした体は簡単に引き上げられた。当たり前だけれどお父さんも充分に力強い。
「ソルト、お前は剣の腕はこの国でも随一だ。だが、考えに柔軟性がなく他者の力を侮りがちなところに難がある。これからお前が隊をもち、ゆくゆくは騎士団を率いることを望むならば、自分の考えに固執せず他者を認め、あらゆる可能性を探り、他者と協力する術を磨かねばならない」
まだ渋い顔をしているお兄さんの胸のあたりに、お父さんはゴスッとグーパンチを入れた。ちょっとだけよろけたお兄さんに、お父さんは「本当はわかってるんだろう?」とニヤリと笑う。
「お前はガキの頃から無駄に意地っ張りで見栄っ張りだったからな。人の上に立つつもりなら、意識して改善しろ」
指摘されたお兄さんは恥ずかしそうに目をそらす。そして少しの間の後、お父さんの目をしっかりと見て、「肝に銘じます! ご指導ありがとうございました!」と直角になるくらい頭を下げた。
そっか、二人は親子であると同時に上司と部下でもあるんだもんね。
そんなお兄さんの姿を見たお父さんの目尻が、優しく下がる。
「リカルドに謝っとけよ」
ひとつお兄さんの肩を叩いてから、お父さんは踵を返し悠然とした足取りで修練場を出て行った。
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「ごめんなさいね、せっかく来てくれたというのに、家族の問題に巻き込んでしまったわ」
目の前では、リカルド様のお母さんが申し訳なさそうに手ずからお茶を振る舞ってくれている。
なんと今あたしは、お母様の自室に招かれておいしいお菓子とフカフカソファで心づくしのおもてなしを受けているのだ。
リカルド様たちが汗を流して着替えるあいだ、「お詫びにおいしいお菓子をご馳走したいわ」ってお母さんが誘ってくれたんだよね。まあ、断れるはずもないわけで。
それにしてもすごいよこの部屋! めっちゃフリルとレースとリボンがひらひらしてるよー。白が基調だけど、部屋のそこここに淡い色の薔薇が生けてあって、めちゃめちゃ乙女チックだよ!
あんなごっついお父さんとお兄さんで、お屋敷のそこここに剣だの鎧だのが飾ってある重厚なイメージで、めっちゃ騎士の家! って廊下から扉一枚隔てたら、そこはもう異世界レベルだよ。そして、お母さんはその雰囲気にびっくりするくらいマッチしている。
「もう涙は止まった?」
「はい! おかげさまで!」
「ソルトがごめんなさいね」
「いえ、謝っていただきましたし……あたしも、勢いでずいぶんと失礼なこと言っちゃったんで」
そう、なんとあれからお兄さんは、気まずそうにリカルド様とあたしに謝ってくれたんだ。まさか、あたしにも謝ってくれるとは思わなかった。