テラーノベル
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海愛
479
糖分
73
__負けても、終わらない、六人で掴む未来。
この世界には、
「勝者」と「敗者」しか存在しない。
……少なくとも、俺たちはそう教えられてきた。
誰より目立て。
誰より上へ行け。
誰より強くあれ。
夢を掴めるのは、一番になった奴だけ。
だから俺たちは、ずっと競い続けていた。
歌で。
言葉で。
才能で。
そして――自分自身で。
「……またお前かよ」
練習場の扉を開けたいるまが、少し嫌そうな顔をした。
その視線の先には、赤い髪の暇72がいた。
「それはこっちのセリフだわ」
暇72も負けじと言い返す。
「今日こそ俺が先に終わらせるからな」
「勝手に決めんな。俺が一番になる」
「……は?」
「なんだよ」
「俺に勝つつもり?」
「最初からそのつもりだけど?」
二人の間に、ピリッとした空気が流れる。
そこへ、水色の髪を揺らしながらこさめが入ってきた。
「朝から何してんの?」
「こいつが喧嘩売ってきた」
暇72がいるまを指差す。
「お前が売ったんだろ」
すぐにいるまが反論した。
「……二人とも子供じゃん」
こさめが呆れたように言う。
「お前に言われたくない」
「なんで!?」
そのやり取りを見て、後ろから来たLANが笑った。
「相変わらずだな、お前ら」
LANの隣には、すちとみこともいた。
「今日、六人で合わせるんでしょ?」
すちが確認する。
「うん。もうすぐ本番だからね」
みことも頷いた。
そう。
今日は、俺たち六人にとって特別な日だった。
この国で年に一度だけ開催される、最大のステージ。
そこに立てるのは、選ばれた六人だけ。
そして今日。
俺たちは、その六人になるための最後の審査を受ける。
会場の扉が開く。
眩しい照明。
何千人もの観客。
ステージ中央に立った瞬間、歓声が一気に押し寄せてきた。
けれど。
俺たちは知っている。
ここにいる誰もが、ただ楽しみに来たわけじゃない。
勝負を見に来ている。
誰が一番なのか。
誰が最後まで残るのか。
そして――
誰が夢を諦めるのか。
「それでは――最終ステージ、開始です!」
司会の声が響いた。
音楽が鳴る。
一番最初に、暇72が前へ出た。
マイクを握り、客席を真っ直ぐ見つめる。
「俺がここにいる理由?」
暇72が問いかける。
観客が静かになる。
「簡単だよ」
一瞬、間を置いて。
「俺は、俺以外にはなれないから」
歓声が爆発した。
その勢いのまま、いるまが前へ出る。
「誰かの真似をして、誰かの後ろに隠れて……」
いるまは少し笑った。
「そんな人生、つまんねぇだろ」
また歓声が上がる。
こさめが続いた。
「だったら僕は、僕にしか行けない場所まで行く」
「俺だって負ける気はない」
LANも力強く言った。
「俺も」
「僕も」
「僕もだよ」
六人が並ぶ。
それぞれ違う。
声も。
考え方も。
夢も。
それでも、今だけは同じ場所にいる。
本番前の控室。
みことは、一人で窓の外を見ていた。
「……みこと?」
後ろからすちが声をかける。
「すち……」
「どうしたの?」
みことは少しだけ笑った。
「ねぇ、すち」
「うん」
「もしさ」
一度、言葉を止める。
「僕が今日、最後まで残れなかったら……どうする?」
すちの表情が変わった。
「え?」
「いや……なんでもない」
「……みこと」
すちが心配そうに名前を呼ぶ。
みことは笑っていた。
けれど。
その笑顔は、いつもの笑顔じゃなかった。
実は。
みことには、決めていたことがあった。
今日のステージを最後に、ここを離れる。
自分には才能がない。
他の五人には、自分にはないものがある。
何度練習しても。
何度追いつこうとしても。
届かない。
だから。
これ以上、みんなの足を引っ張る前に。
自分から終わらせよう。
そう思っていた。
本番が始まった。
六人のパフォーマンスが始まる。
暇72の力強い声。
いるまの鋭い言葉。
こさめの自由な表現。
LANの堂々とした存在感。
すちの柔らかさの中にある強さ。
そして、みことの声。
六人の個性がぶつかる。
混ざる。
そして――
一つになる。
観客が立ち上がった。
「すごい!」
「六人とも違う!」
「誰が勝つんだ!?」
そんな声が客席から飛び交う。
ステージの上。
みことは笑った。
……楽しい。
こんな時間が、ずっと続けばいい。
でも。
終わったら、自分はここを去る。
そう考えた瞬間。
胸が苦しくなった。
最後のパート。
六人が横一列に並ぶ。
「まだ終わってないぞ」
LANが叫ぶ。
「ここからだろ」
暇72が続ける。
「最後まで走り切れ」
いるまが拳を握る。
「絶対、譲らないから!」
こさめが笑う。
「うん」
すちも頷く。
そして。
「……僕も」
みことが力強く言った。
六人の声が重なった。
会場が揺れる。
そして、曲が終わった。
静寂。
次の瞬間。
大きな拍手が起こった。
六人は息を切らしながら、互いを見る。
誰も笑っていない。
ただ。
全員が、何かを感じていた。
結果発表。
「今回の最終ステージ――」
みことは目を閉じた。
これで終わり。
そう思った。
「選ばれたのは――」
名前が呼ばれていく。
暇72。
こさめ。
いるま。
LAN。
すち。
そして――
みこと。
「……え?」
みことの目が大きく開く。
自分の名前が呼ばれた。
確かに。
自分の名前だった。
「……僕?」
みことが呟く。
「みこと!」
すちが駆け寄った。
「やったじゃん!」
「当然だろ」
LANが笑う。
「まあ、悪くなかったしな」
暇72も照れくさそうに言った。
「素直に喜べよ」
いるまが笑う。
みことは何も言えなかった。
ただ。
涙がこぼれた。
「……なんで」
みことが震える声で言う。
「僕……全然、みんなみたいにできなかったのに」
「誰がそんなこと言った」
いるまが返す。
「でも……」
「勝ち負けだけで決めてたら」
暇72がみことの肩を叩いた。
「今日のステージ、六人で立った意味なくね?」
「……」
LANが静かに続ける。
「俺たちは競ってた」
そして、笑った。
「でも、敵じゃない」
「そうそう」
こさめも頷く。
「お前がいたから、俺も負けたくないって思えた」
「僕も」
すちも優しく笑った。
「……みんな」
みことは涙を拭った。
その夜。
六人は誰もいないステージに戻った。
照明は消えている。
観客もいない。
静かな舞台。
みことは中央に立った。
「……僕、ここからいなくなるつもりだった」
みことがゆっくり話し始める。
誰も驚かなかった。
「やっぱり……」
すちが小さく呟く。
「僕には無理だと思ってた」
「何が?」
こさめが尋ねる。
「みんなと並ぶこと」
みことは俯いた。
「僕より上手い人なんて、いっぱいいる」
「僕より才能がある人もいる」
「だから……」
声が震える。
「負ける前に、自分から逃げようと思った」
静寂。
すると。
いるまがみことの前に立った。
「それ、本当にお前が選んだことか?」
「……え?」
みことが顔を上げる。
「誰かに負けるのが怖いから逃げる」
いるまは真っ直ぐみことを見る。
「それって、自分で選んだ道じゃなくね?」
みことは何も言えない。
「勝つことだけが全部じゃない」
LANが静かに言った。
「でも、諦める必要もない」
暇72も続ける。
「負けたっていいじゃん」
こさめが笑う。
「……」
「次に勝てばいいんだから」
みことの目から涙が落ちた。
すちが静かに笑う。
「六人でいたら、きっと何回でも立ち上がれるよ」
「……ずるいよ」
みことが涙を拭う。
「え?」
「そんなこと言われたら……」
少しだけ笑って。
「離れられないじゃん」
その言葉に。
六人が笑った。
その瞬間。
誰もいないはずの会場に、ステージの照明が一つだけ点いた。
六人を照らす。
まるで。
もう一度、ここから始めろと言われているようだった。
「……なぁ」
LANが呟く。
「ん?」
暇72が振り返る。
「俺たち、まだ何も始まってなくね?」
いるまが笑う。
「確かにな」
こさめが手を伸ばした。
「じゃあ……」
そして。
「もう一回、やろうよ」
「うん」
すちがその手に重ねる。
「負けたくねぇな」
暇72も手を重ねた。
「俺も」
いるまも続く。
「俺も」
LANが笑う。
最後に。
みことが手を重ねた。
「……僕も」
六人の手が重なる。
誰か一人が勝つためじゃない。
誰かを蹴落とすためでもない。
自分自身に負けないため。
夢を諦めないため。
そして。
六人でしか見られない未来へ進むため。
それから一年。
六人は再び同じステージに立っていた。
今度は審査されるためじゃない。
誰かに選ばれるためでもない。
自分たちで選んだステージ。
満員の客席。
眩しい照明。
六人を呼ぶ声。
「いくぞ!」
LANが叫ぶ。
「せーの!」
六人の声が重なった。
音楽が始まる。
笑う。
叫ぶ。
飛び跳ねる。
観客を煽る。
笑顔で歌う。
そして、みことも笑う。
去年の自分なら。
この場所に立つことすら諦めていた。
でも今は違う。
負けるかもしれない。
失敗するかもしれない。
それでも。
前に進む。
何度だって。
曲が終わる。
六人は息を切らしながら、ステージの中央に集まった。
観客の声が響いている。
その中で、みことが小さく言った。
「……ねぇ」
「なに?」
こさめが返す。
「僕たちって、結局誰が一番だったのかな」
全員が顔を見合わせる。
「知らね」
暇72が笑う。
「興味ねぇな」
いるまも笑った。
「決めなくていいだろ」
LANが答える。
「だって――」
すちが笑った。
「六人とも、ここにいるから」
その言葉に。
六人は笑った。
勝者が一人じゃなくてもいい。
誰かと競い合ったからこそ、見つけられたものがある。
誰かに負けたからこそ、諦めなかったものがある。
悔しくて。
苦しくて。
何度も逃げたくなって。
それでも。
手を伸ばした。
最後に、六人は客席を見る。
そして、同時に叫んだ。
「――まだ終わってねぇぞ!」
歓声が響く。
六つの声が重なる。
六つの色が混ざる。
誰にも譲れないものを胸に抱えて。
誰にも決められない未来へ。
六人は走り出す。
勝つためだけじゃない。
負けないためだけでもない。
自分たちが、自分たちであるために。
これは、六人の「戦い」の物語。
そして――
ここから始まる、
六人だけの未来の物語だった。
コメント
1件
わあ…読み終わって、すごく温かい気持ちになりました。 「勝者と敗者しかいない」という世界で、みことの“逃げ出したい気持ち”がひたむきで切なくて。自分には才能がないって俯く姿に、胸がぎゅっとなりました。 でも、いるまが「それ、本当にお前が選んだことか?」って真っ直ぐ問いかけたところが、すごく好きです。一人で背負わせない、六人でいる強さが、ステージの照明みたいに静かに、でも確かにみことを照らしていて。 タイトルの“譲れないもの”って、勝ち負けじゃなくて、“一緒に立つこと”本身なんだなって思いました。六人の重なる手が、ずっと忘れられないシーンです🌷