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直哉はお手製のウィスキーが空っぽの胃を直撃して、血液に染み込んでいくのを感じて、顔をしかめた
ここ数日は特にひどい、酒を飲まないと夜寝るとき脇腹がズキズキ痛む
そして飲んだからと言っても、その痛みは一時的に忘れら去られるだけで、根本解決にはなっていない
病院に行くのが怖い、きっと自分はどこか悪い、もうすぐ死ぬ
ならば好きなものを食って飲んで死にたい
直哉は母屋からすぐ横の自作の、ウィスキー工房の中で工房いっぱいの酒の香りに酔いしれた
なぜか毎日気持ちはぐったり疲れ、酒量が多く、ろくに眠れず、自分が不摂生な生活をしているのはもはや町の誰もが知っていた
アルコール依存症の父親と、その継母に育てられた子供は、ただひたすら物事に無関心になることで、自らを守って来た
何も感じず
誰も信じず
いっさい欲しがらず
心の弱さを認めなければ
傷つくこともない
それでも先ほどお福さんに自分が言った言葉は、なかったと思った
ずいぶんひどいことを言ってしまった
たとえ本当にそう思っていたとしても、決して口にすべきではなかった
なじみのない罪悪感にどこか居心地が悪い
実際の所自分は人と深くどう関わればいいのか、わからなくなっている、たまに道であった人と陽気に世間話ぐらいはできる
しかし昔から自分の人生を顧みるのは得意ではない
子供の頃からずっと何も望まなければ、何も得られなくても、落ち込まなくてもすむと信じて生きてきた
愛情など求めなければ、心が傷つくこともない、人間は誰しもみな醜悪な一面を持つものだと思えば、自分の立ち位置はいつも安全だった
―旦那さまにもしも何かあった時にどうするんですか―
..:。:.::.*゜:.
お福の言葉が頭から離れない
自分は上の兄貴とまったく性格が違う、兄貴は両親がアルコール依存症で最悪の状態だった頃には別々に暮らしていた
電気代を何か月も払わない時もあったので、昼も夜も真っ暗な母屋で何日も、あるいは何週間も放っておかれることも北斗はなかった
そんな風に山ほど自分が問題を、抱えているにも関わらず、どういうわけか北斗は自分に優しくしてくれた、命綱のように直哉は北斗懐いた
今でも兄貴の新たな幸せをねたむ気持ちなどは、どこにもなかった
北斗がアリスを連れてきて結婚すると言った時は、素直におめでとうとハイタッチをした
北斗があんまり嬉しそうに、顔をヘラヘラしているのを見て思わず苦笑いをした
「おい!喜び過ぎだぞ、頼むから少し落ち着いてくれ、これじゃぁ同じ部屋にいるのも苦痛だ」
「努力するよ」
北斗はそう笑って直哉に言った、細胞と言う細胞が天にも昇る気持ちなのだろう
自分には誰かの為に頑張る何かなんてないし、あんな風に誰かを愛するなんてことはない
またウイスキーの瓶に手が伸びる
持ち上げると酒の重さを感じ、揺れる液体を見て、どうしようもない喉の渇きを覚えた
縁に口をつけぐびぐびとラッパ飲みをする
するとまたズキンッと脇腹が痛んだ、まるでそこに心臓があるみたいに、その痛みはズキズキと体を蝕む
直哉はあまりのその痛みにカッとなり、持っていたウイスキーの瓶を壁に投げつけた
:*゚..:。:. .:*゚:.。
人々が自分を噂する声がこだまする
:*゚..:。:. .:*゚:.。
ガラスのボトルが割れ、破片が飛び散り、壁にウィスキーのシミができた
ウィスキーの芳香な香りがより一層、工房に広がった
「・・・好きで飲んでんじゃねぇんだよっ・・・」
直哉は壁にもたれかかり、そのまましゃがんで両手で頭を抱えた
..:。:.:
直哉が母屋に帰ってみると、リビングには誰もいなく空っぽだった
しかし食事時の食器は綺麗に片付けられ、食器棚に収まっていた
直哉がこぼしたテーブルのビールは綺麗に拭かれ、床はワックスがかけられ、自分が映るほどピカピカだった
水を飲もうとキッチンに行くと、籠にアボガドと卵が山積みに積まれていた
炊飯ジャーのタイマーは、きっちり午前7時・・・・
8人分のお茶碗と汁物椀、湯呑みとみんなの箸が、一か所にまとめられ布巾をかけられている、明日も早朝から使うからだ
ふと横を見ると、洗面所の横のランドリー室には、従業員一人一人分キチンと仕分けられ、洗濯された作業服が、畳まれて個別に積まれている
翌朝、従業員達がここで朝食を済ませ、洗いたての作業服を持って、牧場に行けるように準備されている
誰がやったかすぐにわかる、アリスはここまで出来ない、お福さんだ・・・・
あれほど自分と言い争いをしたのに、あの人はあれから、まるで何もなかったかのように後かたずけをし、明日もみんなの朝食を作る気でいる
これが母親ってものなのかな・・・と、ふと毎日のルーティンは欠かさな、彼女を思った
いつものようにいつもの場所で一日が始まる、雨の日も風の日も盆も正月も、あの人は一日も欠かさず誰かの為に働くのだろう
アリスがいくらお福さんに小言を言われても、平気なのはこういうことなのかもしれない
お福さんは何があっても俺達の世話をやき、尽くすことをやめない
あの人は小言を言うに値する人だ
その時キッチンの勝手口がガチャッと開き、お福がほうれん草の束を持って入って来た
そして直哉を見てハッとした
「まぁ・・・直哉坊ちゃま 」
途端に直哉はバツが悪くなった、その場に立ち尽くしモジモジする、いったい何を言えばいいのかわからない、口火を切ったのはお福の方だった
「お昼間はすいませんでした・・・・私も言い過ぎたと反省しました。明日の朝はほうれん草のお浸しをしようと思いましてね・・・夜のうちに良いものを収穫してきたのですよ」
優しい口調で言われ、どうにもこうにもいたたまれなくなる
「あの・・・俺・・・・ 」
「ああ・・・それと・・・・私明日の夕方で・・ここをおいとまさせて頂きますね・・・実は・・・奈良に妹がおりますの・・・もっとも体が動かなくて施設に入居してるんですけどね、あたくしもそこに空きがあるかと聞きましたら、幸運にも、妹の部屋のお隣の方がお亡くなりになられてね。今すぐ申し込んだら入れそうなんです・・・・めったに無いことですのよ、ラッキーですわ 」
お福がふふふと笑う
「姉妹で施設にお世話になりながら、楽しく余生を暮らすのも良いものですわよね、煩く言ってごめんなさいね、明日には静かになりますから・・・ 」
お福が直哉にニッコリ微笑んだ
「ここでの数日は人生で一番楽しかったですわ、ありがとうございました。直哉坊ちゃま・・・・ 」
ズキンッと心が痛む、自分はなんてことをしたのだろう、でもこんな時何を相手に伝えればいいのか、本当にわからない、人に謝ったことなんて一度もない
俺・・・わからないんだよ
お福さん・・・・
ああ・・・心が痛い・・・
ぎゅっと心臓を片手でおさえる
ハァ・・
「お・・・お福さん・・俺・・・ 」
足に力が入らない、直哉はもはや立っていられず、わけの分からない唸り声を発し、その場にうずくまった
「・・・坊ちゃま?まぁ!直哉坊ちゃま!!!どうされました?大丈夫ですか?誰か!!誰かぁ~~~っっ!」
お福は直哉に駆け寄り、大声で叫んだ
数十分後成宮牧場に一台の救急車が向かった