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『春に咲いた嘘』(最終話)ー桜の約束ー
それから、季節は静かに巡った。
冬の冷たい空気を超えて、また春が、やってきた。
桜の花が、町のあちこちで咲き始めた頃。
私は、約束を思い出した。
「桜、見に行こう」
悠真が、優しく言った。
私たちは並んで歩く。
去年と同じ道、でも、去年とは違う気持ちで。
公園の小さな丘。
満開の桜が、空いっぱいに広がっていた。
あまりに綺麗で、私は息を呑んだ。
(…響)
心の中で、そっと名前を呼んだ。
あなたが教えてくれた、桜の優しさも、儚さも。
全部、私は覚えている。
でも今、私の隣には、違う人がいる。
それを、悲しいと思わなかった。
きっと響なら、こう言うだろう。
ーーよかったね。
ーーちゃんと、前に進めたね。
風が吹いた。
桜の花びらが、ふわりと舞い、私の頬を撫でる。
まるで、あの日の「最後のキス」みたいに。
「…泣いている?」
悠真が、そっと覗き込んだ。
私は笑った。
「違うよ。嬉しいの」
嘘じゃない。
こんなに美しい桜を、誰かと一緒に見られる幸せ。
こんなにも、ちゃんと生きている今。
「ありがとう、悠真」
「何に?」
「ここにいてくれて」
悠真はちょっと照れたように笑って、そして、私の手を優しく握った。
何も言わずに。
ただ温もりだけで、伝わるものがあった。
私は、もう怖くない。
春が来るたびに、悲しむだけの私じゃない。
大丈夫。
響も、ちゃんとここにいる。
私の心の奥、あたたかな場所で。
私はこれから、何度も春を迎える。
そして、何度でも笑う。
君に見せたかった笑顔を、これから誰かに向けていくんだ。
それが、君との約束。
それが、私が生きるということ。
桜の下、私はそっと目を閉じた。
優しい風が、未来へと吹いていた。
ーおわりー