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――千年前。


千歳は、『涅 日奈子』として生を受けた。

生まれたての小さな手のひらに握られていたのは、琥珀色の大きな『護り石』。


涅家の直系である上に、並外れて強い霊力。

さらには『護り石』を通して霊力を付与できるということもあり、十五歳という異例の若さで、日奈子は当主の座についた。


「屋敷の外にも出られぬほど身体の弱い私が、当主だなんて。相応しい者は他にもいるだろう」

「おりませんよ……当主は貴方様以外に考えられません。陰となり日向となり、お支えするのが俺の生きがいです」

「まったく、|浅葱《あさぎ》はいつもそんなことばかり言って」


お前と話していると、気が抜ける。

そう言うと、嬉しそうに浅葱が笑う。


温厚で、いつものんびりとした従兄弟……浅葱。

涅家で日奈子の次に霊力の強い浅葱は、人好きのする笑顔を浮かべながら、いつも調子のいいことを言って和ませてくれる。


病気がちで身体が弱く、療養しながらの当主生活。

幼い頃からともに過ごし、信頼のおける浅葱が付き人となり支えてくれるのは、心強く、またありがたかった。


「お前のおかげでこうして当主の仕事ができるのだ。感謝しているよ」


その時ガラリと襖が開き、夜色の瞳を持つ青年が入ってくる。

あまりの無作法ぶりに、浅葱が苦虫を噛みつぶしたような顔した。


「|蒼士《・・》、当主様がいらっしゃるのだ。声くらい掛けてから入ったらどうだ」


兄の浅葱に注意され、もう一人の従兄弟である蒼士が、ふてくされたようにソッポを向く。


兄弟仲が悪い訳ではないのだが、几帳面な浅葱と、大雑把な蒼士は性格的に合わないらしく、顔を合わせればいつも喧嘩をしていた。


「ああ、構わない。急ぎ報告するよう申し付けたのは私だ。浅葱、すまないが少し席を外してくれ」


日奈子に一礼し、浅葱が退出する。

蒼士は跪き、収まらぬ瘴気について報告を始めたのだが、ふと見ると袖口に湿った水草が付いていた。


「蒼士、湖に入ったのか?」

「……はい。水辺に瘴気溜まりがありましたので」

「そうか、それはそれは……ぷっ、くくく、……」

「……」

「あははは! お前は泳げないだろうに」


幼い頃に溺れたことがあり、すこぶる水が苦手な蒼士。

それ以来、水辺を避けていたのは知っていたのだが……。


難儀だったな、とお腹を抱えて笑っていると、蒼士は不満気な顔をしながら立ち上がった。

数歩進み、日奈子と膝が付きそうなほどの距離まで近付く。


上向けた視線の先に、仏頂面の蒼士が見えた。

恥ずかしいのか、耳元が仄かに色付いている。


「そんなに笑わなくても……」

「ッ……ハハハ、何をむくれているんだ」


――浅葱と蒼士は、日奈子が最も信頼を寄せる親族である。

周囲の大人達はどちらかを婿にあてがうつもりで、幼い頃から引き合わせていた。


成人し、跡目を継いだ日奈子。

本来であれば、霊力が強い浅葱を婿に取るはずだった。


だがどうしても諦めきれなかった蒼士は先代当主のもとへ押しかけ、日奈子と添いたいと、本人を目の前に願い出たのである。


白狐の面の男達に連れ出され、そこで話は終わるものだと思っていたのだが――。


『どちらを婿に取るか、日奈子が選んでよい』


滅多に外に出られない日奈子のために、暇を見つけては訪れ、労わり、心を尽くす蒼士の姿に、父である前当主はついに折れた。


浅葱だけでなく蒼士も婿候補に加わり、日奈子自身が選ぶよう告げられる。


一体どちらを選べばいいのか――?

だが結論を出す直前、浅葱が日奈子のもとを訪れた。


『当主様の婿になれば制約も多く、思うようには動けません。傍に立ち、何かあれば命を投げ打ってでも護りたいと願う俺は、婿には向いていないでしょう』


当主に何かあれば、夫がその業務を代行することになる。

その不自由な立場は浅葱の望むところではなく、自由の効く立場で日奈子を護りたいのだと告げられた。


凪いだ海のように穏やかで信頼のおける兄の浅葱と、不器用だが包み込むような深い愛情を惜しみなく向けてくれる蒼士。


一日の半分を病床に伏す日奈子にとって、心の支えであり、どちらも宝物のように大切だった。


「……バカだな、君は」


笑い過ぎてコホコホと咳が出た日奈子の背を支えるようにして、蒼士が腕を伸ばす。


暖かな手のひらはどこまでも優しく、愛おしむように触れ、――そして日奈子は、ゆっくりと目を閉じた。


ついばむように柔らかく重なる唇は、遠慮がちに触れては離れていく。


「……ん」


どれくらい、そうしていただろうか。

日奈子から吐息のような声が漏れ、ハッと我に返った蒼士の頬が紅潮する。


「あ、その……」


増加の一途を辿る瘴気溜まりの処理が終われば、結婚の儀を待つばかりの二人。

口元に手を当て、落ち着きなく目を泳がせる蒼士に、日奈子は小さくクスリと笑った。


「……仕事に戻ります」


慌てて踵を返し、退出した……はずの蒼士。

だが何故か再び襖を開け、ズカズカと部屋に入ってきた。


何事かと尋ねようとした日奈子の顔を上向かせ、屈んで再度口付けを落とすと、真っ赤な顔をして逃げるように去っていく。


「…………あはははは!」


感情表現があまり得意ではなく本人には伝えていないのだが、こうやって目一杯の愛情を向けられるのは、本当は嬉しくてたまらない。


耳どころか首まで赤くして遠ざかる蒼士の姿が可愛くて。

……可笑しくて、目尻に涙が溜まるほど笑ってしまう。


それは、何にも代えがたい幸せな時間。


あの時は確かに、どうしようもなく幸せだったのだと――今更ながら、|千歳《・・》は思い至る。


同じ顔。

あの時と変わらぬ大きな手。


懐かしい霊力を持つ同じ魂。

――――でも、違う人。


らしくなく、じわ、と涙がにじみそうになる。


千歳はゆっくりと、|蒼士郎《・・・》の胸元から頭をもたげた。

苦しいのだろう、額には玉のような汗が浮かんでいる。


「……君は、あれからどんな人生を送ったんだ?」


水底に沈んだ後のことは、何も分からない。

別の妻を娶り、日奈子にしたように愛を育み、幸せな生涯を終えたのだろうか。

……それは、とても悲しいことだけれど。

でも、君が幸せだったなら、それでいい。


握られた手をそのままに、蒼士郎へと身体を寄せる。

サラリと落ちた髪を耳にかけ、二人の距離が近くなる。


柔らかな唇から、今出来る精一杯の霊力を送り込んだ。


「君を害するモノは、私のすべてで以て、取り払おう」


君を……|君達《・・》を置いて逝った私には、それくらいしかできないのだから。




あやかしに売られた『身代わり花嫁』は、愛されすぎて今日も死ねない

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