夕方の校舎は夕日に照らされ穏やかで温かい。
しかし、僕にとっては時に危険が潜む場所となる。
夕方からはあっという間に暗くなっていく。
いつもは時間に気をつけているけれど、頼まれた用事が長引いてしまい焦っていた。
「体調悪い時にこの時間はヤバいんだよっ」
人もまばらな校舎を慌てて走る。
今日は朝から体調が変だった。
風邪をひきかけているせいか、少し息切れしながら階段を駆け下りる。
突然、ピンと張りつめた空気に支配されビクリと立ち止まった。
どう考えても良くない雰囲気のもの。
まずい…
いつもなら気合いで返す事も可能だけど、いかんせん具合が悪い。
「珍しいなー、まだいたのか」
聞き慣れた明るい声。
瞬時に周りの空気が変わり、和らいだ。
「…助かった」
最近気づいたこと。
宇佐木は無自覚ながら鋭い感覚を持っている。
そして周囲へ強い影響を及ぼしているらしい。
暗い存在は近寄りがたいらしく、彼が来ると消えてしまうのだ。
今さら震えが来た体を支えるように手すりを掴み、怠さと共に階段へ座り込んだ。
宇佐木は部活中だったらしく、ジャージ姿で階段を上がってくる。
確か陸上部だっけ。
印象通りだなぁと眺めた。
「とりあえず一緒に帰ろうぜ」
面倒だから着替えないで帰ろうかなと笑っている。
部活後だというのに疲れも見せず、その明るい爽やかさはなんなんだと憮然としてしまう。
その元気を分けてくれ。
そう言おうと口を開こうとしたら、同じく階段の下から女の子が現れた。
「宇佐木くん」
高めで意思のはっきりした声で呼ばれた 瞬間、宇佐木がびくっとする。
「あ、マネージャー…」
途端にわたわたと焦っている。
珍しく(やばい、どうしよう)と顔に出ている。
なんだ。なにしたんだこいつは。
「部活終わってないのに帰る気じゃないでしょーね」
身長は150あるのかなと思うくらい。
ポニーテールの綺麗な黒髪は、肩下ほどの長さで揺れている。
流れるような眉、ぱっちりとした目の美少女だ。
170行くか行かないかくらいの僕ですら、かなり下を見る感じ。
宇佐木は更に10センチほど高いので相当小さく見えてるのではないだろうか。
しかしそれを覆すほどの眼力は半端なく、返す言葉が見つからないほど真っ直ぐに見てくる。
見た目の可愛らしさとは裏腹に、内面の強さがビシバシ伝わってきた。
「まさかの、サボり?」
首を傾げて視線を宇佐木に向ければ、 あははと笑いながら髪を掻いている。
いや、こいつはサボるような性格ではない。
じっと見ながら考えていると。
「確か、宇佐木と同じクラスの草間くんだっけ。具合悪そうだけど大丈夫?」
いきなり彼女から話しかけられ、座りながらも思わず姿勢を正す。
そんなに具合悪そうなのかな。
しかもなぜ名前まで把握されてるのか。
「1年の時は同じクラスだったから。話したことないから覚えてないかもだけど。それに青白い顔で汗かいてるし、めちゃくちゃ具合悪そうに座りこんでるだもん」
全てお見通しみたいな彼女に驚いた。
しかも去年同じクラスだったなんて、失礼ながら覚えてもいなかった。
「ご…ごめん」
「草間くんて不思議な雰囲気で話しかけにくいかなと思ってたんだけど、思ったより顔に出るんだねー」
笑う彼女が小さな手で、まるで幼子へするかのように僕の頭を撫でている。
次々言われる言葉と、されている言動に混乱して固まった。
「そこ!逃げるな!特別に今日は帰っていいから草間君のこと見てあげなよ」
僕と彼女が話している間にソーッと去ろうとしていたらしい。
宇佐木がひゃあ!と肩をすくめる。
「心臓に悪いからもう少し優しく言ってくれよ~。とりあえず、ありがとな」
彼女の言葉に安堵した顔の宇佐木が笑う。
なんだか仲の良い2人だな。
「草間くんて宇佐木の弟に似てるんだって。だからほっとけないって、前に話してたから」
「えぇ…弟…」
どうりで乱暴な世話焼きをされるなとは思っていた。
もしかしたら急に現れたのも、無意識に僕の危機を察して来てくれたのかもしれない。
「私の名前、剛力かずみ。ゴウリキ、だから今度こそ覚えておいてね」
つ、強そうな名前だね…と呟きそうな口を必死につぐみ頷いた。
彼女はクスリと唇を上げて手を振り、ポニーテールを揺らしながら颯爽と階段を降りて行った。
矢継ぎ早に言われて会話についていけなかったけど、格好いい女の子という印象が残る。
名前を忘れようとしても忘れられないくらい強烈な子だった。
「んじゃ、お許しが出たから帰ろう。今日の夕飯なんだろな~」
「お前いつも飯の話だな…ところで弟って年近いの?」
呆れつつ、ヨイショと手すりを掴んで立ち上がる。
「やんちゃで困るけど可愛いんだよなぁ。今年小学校に入ってさ」
兄の顔になった宇佐木が嬉しそうに話し出した。
年の差兄弟かぁ、可愛いだろうなと絆されそうになるも。
……
な、ん、でッ!
高校2年男子が小学校1年に似てるんだよ!
とりあえず叫んだ。
「おまえらーーーっ!」