テラーノベル
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――聞かれよ、旅路の途中に足を止めし方々よ。これより紡ぐは、剣もなく、魔法もなく、ただ一巻きの糸と、一本の物差しだけを携えた、ある仕立て屋の物語である。
辺境の防衛都市、その名をグランベルという。魔物の影が絶えぬ最前線にありて、この地に住まう者たちは、長きにわたり、ひとつの教えを胸に刻んで生きてきた。曰く、鎧は分厚く、硬くあるべし、と。痛みに耐え、重みに耐えてこそ、真の戦士たり得るのだと。幾星霜、その教えを疑う者は、誰一人としていなかった。
されど、その常識に、静かに刃を突き立てた者があった。職人街の片隅、忘れられたような裏路地に店を構える、一人の仕立て屋である。彼は言葉少なに、しかし揺るぎなくこう説いた。真の強さとは、鎧の硬さにあらず。己の肉体に寄り添う、正しき仕立てにこそ宿るのだ、と。
その言葉を証明するように、彼の元を訪れた者たちは、皆、それぞれの戦場で、真の力を取り戻していったという。重い鎧に肩を潰され、涙もろかった戦士は、羽の如き軽やかさで大盾を掲げるようになり。狙いを定めるたびに息を詰まらせていた若き射手は、迷いなく的の中心を射抜くようになり。深い坑道の奥で膂力を持て余していた採掘師は、誰よりも多くの鉱石を運び出すようになった。噂は噂を呼び、いつしか彼の店は、”隠れ家”と呼ばれるようになっていた。
だが、光の強き所には、必ず影もまた濃く差す。
月が満ち、その円を隠すことなく天に昇ったその夜――闇より生まれし者たちが、ついにその隠れ家に牙を剥いたのである。
迎え撃つは、束の間、一人の影のみ。だが、風の噂を聞きつけたか、はたまた定めか――呼ばれもせぬのに、二つの力が、闇を裂いて舞い降りた。
一人は、紅蓮の髪をなびかせる、剛勇の剣士。その剣に纏うは、感情の昂りに応じて燃え上がるという、伝説の闘気(オーラ)。振るう刃は舞のように滑らかに、されど受けし者の骨を残らず砕くほどの重みを孕んでいたという。
もう一人は、規格外の魔力を宿す、誇り高き魔女。その言葉は道端の石ころほどにも気安く、されどひとたび杖を構えれば、天をも焦がす業火をもたらす。加減を強いられることにすら苛立ちを見せるほど、その力は底知れなかったという。
そして、店そのものを守る影――闇より生まれ、闇へと還る、一匹の黒猫。摩擦という、この世界の理そのものを断ち切る歩法を修め、瞬きの間に、幾人もの手練れを沈めていったという。
だが、闇はなおも牙を研いでいた。窮地に追い詰められし賊の頭目は、己の寿命と引き換えに、禁じられし術を解き放つ。天を裂いて現れたるは、家々の何倍もの巨躯を誇る、黒鱗の竜。その一吼えは、街を灰燼に帰すに足るものであったという。
剣も、影も、その巨躯の前には手も足も出ぬ。絶望が場を支配しかけた、その刹那――
魔女は、ただ一言、こう言い放ったという。「下級の竜など、大きなトカゲに過ぎぬ」と。
そして、天より降り注いだ紅蓮の一撃は、瞬きの間に、その巨躯を塵も残さず消し去ったのである。
かくして、隠れ家を脅かした闇は、一夜にして払われた。だが、この物語には、忘れてはならぬ、もう一人の主役がいる。
剣が鳴り、魔が唸り、闇が舞う、その渦中にあってなお――かの仕立て屋は、ただの一言も発さなかったという。糸を繰るその手だけを、寸分たりとも止めることなく。
――剣の音も、魔の轟きも、彼の手を止めるには至らず。糸を紡ぐ、その静かな音だけが、何よりも雄弁に、この物語を語っていたのである。
最後の一節を歌い終え、ボクはリュートの弦から指を離した。
朗々とした語りの調子から、いつもの飄々とした声色へと戻し、得意げにカウンターの奥を覗き込む。
数ヶ月前、取材のつもりが自分自身の喉の悩みを暴かれることになった、あの一件の”落とし前”を、ボクはようやくつけようとしていた。
「どうかな、トウヤ。『隠れ仕立て屋の夜』――我ながら、なかなかの出来だと思うんだけどね」
トウヤは作業の手を止めることなく、感想を求められてなお、いつも通りの塩対応を崩さない。
「……曲の出来は分かりません。ですが、一つだけ」
「なんだい」
「糸を繰っていたのは事実です。ですが、『雄弁』という表現は、いささか大げさかと」
「そういうとこだよ、まったく。……で、感想はそれだけ?」
「あとは、それを人前で披露するつもりですか、という点が気になります」
「もちろんさ。次の酒場の舞台で、お披露目しようと思ってね」
(あの夜のこと、誰かに語りたくて仕方なかったからね。……もちろん、名前は伏せるけどさ)
そこへ、扉を開けて入ってきたのは、たまたま用事で店を訪れていたフェリア嬢だった。
「ちょっと、何の話をしているの?」
「やあ、ちょうどいいところに。新作のバラード、聞いてくれるかい」
「外から聞こえてたけど……さっき謡ってた竜を退治した、とかいう歌?」
「さすがエルフは耳が良いね。もう酒場で披露してみようかと思ってるんだけど、どうかな」
「は……? ちょっと待ちなさい!」
フェリアが、勢いよくカウンターに詰め寄ってくる。
「……あなた、自分が何を歌おうとしているのか、分かってるの?」
「ん? 我ながら、いい出来の英雄譚だと思うけど」
「そういう問題じゃなくて……! いい? 名前を伏せていようが何だろうが、”竜を倒した仕立て屋がいる”なんて話が広まったらどうなるかくらい分かるでしょ?」
……いやな処に気づいたな。
竜を打ち倒したなどという話が世間に広まれば、王家や近隣諸国の耳にまで届きかねない。今はまだ噂話程度で済んでいる店の評判が、まったく別の次元の領域に晒される可能性を、ボクよりもずっと政治的な立場に慣れたフェリアは、瞬時に見抜いていたようだった。
「……面倒なことになりそうですね」
「他人事みたいに言わないでよ! あなたのことなのよ!?」
慌てふためくフェリアと、リュートを片付けながら我関せずを装う自分自身、そして相変わらず作業の手を止めないトウヤ。
三者三様の温度差の中、ボクはこれから先、この店にどれほど厄介な視線が集まることになるのか、その予感を面白がっている自分に気づいていた。
「……とにかく、そのバラード、当分お蔵入りにしておきなさい。いいわね」
「えー、もったいないなあ。まあ、キミがそう言うなら、少しは自重するけどさ」
「少しじゃなくて、完全に、よ」
額を押さえながら、フェリアが深くため息をつく。
「……はぁ。まったく、次から次へと」
「まあまあ、そう硬くならずに。……それより、次はどんな騒動が待ってるのか、ボクとしては、そっちの方が楽しみでね」
「不謹慎よ、あなた」
「詩人なんて、大体こんなものさ」
(――さて。この続きを歌える日が来るとしたら、一体どんな一曲になることやら)
茜色に染まる窓の外を眺めながら、ボクは小さく笑みをこぼした。
新たな騒動の種を残したまま、その日の隠れ家防具店は、いつも通りに店じまいの時間を迎えた。
コメント
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おおお〜〜っ!!第18話、めっちゃ世界観に引き込まれたよ😭✨ 吟遊詩人の視点で語られる“隠れ家”の夜、トウヤのミステリアスな存在感が堪らん!! 「糸を繰る手だけは止めなかった」って描写、エモすぎるでしょ…🥺💕 フェリアのツッコミも可愛いし、バラードを巡る駆け引きがまた良いスパイスになってるね。 続きが気になりすぎる!!また読みに来るから待っててね〜〜🌸