テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,480
コメント
5件
うわぁぁぁあいい、…😭🫶🏻 恋人なのに明らか自分よりも良くない人と結婚してほしい、それで求められたいみたいな感性がめためたぶっ刺さりだった、🥹💗 夏ベリー様の描き方は周りの風景がわかりやすかったり情景が想像できたりほんと書くの上手いなって思って毎回感動してます🫶🏻︎💓 更新ありがとうございますっ!

今回のお話もすごく面白かったです。 水さんのヤンデレ?みたいな一面や優しさが全面にでていて、世界観が好きすぎます!
第1話、一気に読んだわ。ストーリーの重たさと切なさが半端ないね…。れるの「ちむに飽きられたかも」っていう不安から始まって、結婚の話が出たときの衝撃、もう心臓ぎゅってなった。でも後半、ちむがれるの家に来てからの甘い空気と、最後のれるの「地獄を見てほしい」っていう歪んだ愛情がめちゃくちゃ刺さった。れるの優しさと執着のバランスが絶妙で、続きが気になりすぎる…! 夏ベリーさん、この世界観でここまで心情描けるのすごいわ。次話も楽しみにしてる🔥
⚠注意⚠
・水赤(stxl)・お付き合い済
・長い(約1万字)
・R-18描写含む
・襲い受けのシーン含む
・一部痛々しい表現含む
・モブ(名前なし)の存在を匂わせるシーン含む
・水さん歪んでる
・メリバ?(ハピエンでもバドエンでもない)
・法的にアウトなところがありますが、フィクションですのであたたかい目でお願いします。
注意書き多くてすみません。5行下から本編です。
最近、ちむに飽きられている……ような気がする。俗に言う、倦怠期というやつなのか。
れるを見つめるちむの目には、以前のような輝きがない。れるがちむに触れても、照れて跳ね除けもしないし、かと言って甘えてくることもしなくなった。
現にこの瞬間も、後ろからそっと抱きしめてみても、ちむはこっちを振り返らずにスマホの画面に夢中になっている。
とうとう見向きすらされなくなった。コツコツとちむの爪が画面に当たる音だけが聞こえる。
腕を離して今度は後ろからちむの首を目掛けてキスしてみる。それでもこっちを見ない。
「……会社であんまりベタベタしないで」
挙句の果てにはそんな冷たいセリフまで吐かれてしまった。そこにさらに縋ってちむの気を引く元気はなくて、諦めて部屋をあとにする。
……いつからこんな感じになったっけ。
つい一週間くらい前までは普通だったのに、急に変わってしまった。
家に帰ってきて、着替える気力もなくてすぐにベッドにダイブしてスマホを開いた。
スマホのカメラロールには、付き合ってから2人で撮った写真がこれでもかというほど並んでいる。
写真を頻繁に撮る習慣のないれるは、そのフォルダのほとんどがちむの映った写真だった。
画面の中のちむはいかにも幸せそうに笑っている。ちゃんと目には光が宿っていて、健康的な血色をしている。
れると会うためだけに一生懸命ヘアアレンジをしてきてくれたり、れるが可愛いって褒めたネイルを何度かしてきたり。
そんな日々が確かにあったことが、写真という形で思い出される。
一本の動画が目にとまってタップする。その動画の撮られた日付は去年の8月4日だった。
再生すると、ちむの歌が流れてきた。れるが昔作った曲を、ちむがれるの誕生日のためだけにカバーしてくれたもの。こういう系統の曲は歌うのが苦手だと言っていたのに。
「ちむ…………」
今は本人の前で呼んだとしても返事をしてくれるのか怪しい。家で一人きりの時間がとてつもなく長く、寂しく感じる。
『飽きられている』その言葉では片付けられないほど、ここ数日のちむは様子がおかしい。というより、挙動不審だ。
「何かあったの?」
そう問いかけると、ちむが不自然に動きを止めた気がした。数秒の沈黙ののちに、ちむは重そうに口を開いた。
「……なんもないよ」
今にも消えて散ってしまいそうな声。何もないはずがないのに。意地でも話させようとするれると、意地でも話そうとしないちむの間に微妙な空気が流れる。
ちむのことなら何でも知りたいのに。それでも、これ以上追及したら本気で嫌われる気がした。
その恐怖心から、また何も分からないまま時間が過ぎていった。
「れるさん……今、いい?」
ちむは念入りにドアが閉まっていること、周りに誰もいないことを確認する。
……とうとう来たか、このときが。れるはごくりと唾を飲み込んで、ちむが話し始めるのを見守った。
時計の秒針の音がとても毎秒鳴っているとは思えない。そして、無駄に鼓動を速くさせる。言いにくそうにしているちむの様子から、いい予感はまるでしない。
しばらくして、ちむはようやく口を開いた。
「僕…………結婚、するかもしれなくて」
「は…? 結婚……?」
突然放たれた、れる達には無縁なその2文字。脳が底なしの暗闇へと葬られた。
……ちむが、結婚…………?
冗談かドッキリのはずなのに、ちむはやけに具体的に話を進める。
「親が、僕にどうしても女の人と結婚してほしいらしくて」
「親の前では聞き分けのいい『僕』でしかいられなくて。でも……」
一度言葉を切ったちむが、その場でへたり込んだ。
「俺は、結婚なんかしたくない……」
ちむに異変があることには気づいていたものの、いつの間にかそんなに話が進んでいたとは少しも分からなかった。話が右から左へと流れていって、何も入ってこない。
やっと頭に入ってきた情報は、これくらいだった。
「それで、来週からお試しでその人と同棲することになって」
「………」
全然ネタばらしをする気配のないちむ。
……本当なんだ。近い未来、本当にちむは望んでもいない相手と結婚するんだ。
「……そっか」
もっと言うことがあるはずなのに。気の利いたこと一つも言えなかった。ただ心臓に穴が空いて、体温がすべて失われるような気さえした。
「……今まで黙っててごめん」
『いいよ』とも『許さない』とも言えなかった。そんなに単純な話じゃなかった。
赤の他人であるれるに、拒否権はない。でも、当然素直に祝福できるはずもない。頭がぐちゃぐちゃになって、ちむを直視することもできない。
その日、他に何と言ったか覚えていない。というより、嘘だと思いたかった。それでも現実は残酷で、嘘だと告げられることはなかった。
結婚を肯定も否定もしないまま、ちむは新しい家へ移った。ちむの家との距離が遠くなった。今回は引越しの準備も手伝えなかった。
ちむとその婚約者との共同生活が始まって二週間が経った。今日が久しぶりに2人きりで会える時間だった。
「れるさん、久しぶり……」
覇気のない声と表情で、ちむは現れた。目の下のクマがひどい。れるはこの二週間もぬけの殻の気分だったが、今のちむからはそれ以上に生を感じない。
歩み寄ってくるちむからは、ちむが前に好きじゃないと言っていたルームフレグランスの香りがした。きっと婚約者の好みなんだろう。
既にちむが婚約者の思い通りに作り替えられているような気がして、はらわたの煮えくり返る思いがする。
「……上手くいってる?」
聞かなくとも分かっていた。
『何が』とは言わなかったけれど、主語はなくともちむはその意を十分に理解した。
「…………まぁ」
ちむは目を逸らしながら、それ以上その話題に触れたくないといった様子で答える。
婚約者との同棲生活が順調でないことを、きっとれるに隠したいんだろう。一向に口を割る素振りを見せない。
でも、ちむと長い時間を共有してきたれるにとって、ちむの実情を察せないはずがなかった。
れるの向かい側に座ったちむは、机の上で指を組んだ。左手の薬指には指輪の痕がついている。サイズの合わないものを無理やり引っこ抜いたのか、赤くなっている。
「……ねぇ、れるさん」
「ん?」
「僕とれるさんて、今付き合ってるの」
「…………」
今のれるたちの関係は、いったい何なんだろう。そんなのれるが聞きたいくらいだ。遠くない未来、ちむは他の人と結婚する。
それなのに、ちむもれるも、別れる気がない。別れたくなんかない。
「付き合っては、いるんやない」
「……そっか」
ちむが何を思っているのか分からない。れるが付き合ってないと言ったら、否定してくれたのかすら分からない。
着実に近づく結婚に、ただ漠然とした不安だけを抱えていた。
その日から、さらに1ヶ月はゆうに経った。
音を立てないようにこっそりとドアを開くと、机に突っ伏して寝ているちむがそこにいた。
うなされているのか、時々言葉にもならない低い声が発される。悪夢を見ているなら起こすべきか、でも寝不足ならそのままにしておくべきか。
後者を選択したれるは、これまた起こさないように、足音を立てずに静かにちむに近づく。全く起きる気配がない。不規則に肩が上下している。
ちむのすぐ真後ろまで来たところで立ち止まる。れるの考えすぎかもしれないけれど、さらに細身になったように見える。
れるの着ていたカーディガンを眠っている肩に掛けた。
「………ちむ……」
呼びかけても本人には届くことはなく、そのまま静寂の中に溶け込んだ。
机に片手をついて、ちむに顔を近づけた。苦しそうな寝息が聞こえる。
「っ、やだ、いたぃ……」
わずかながら、確かにそんな寝言が聞こえた。夢の中でも苦しい目に遭っているちむに、心がぎゅっと締めつけられた。
「……代われたらよかったのに」
れるのせいで罪悪感を負わされているちむのことを考えると、いても立ってもいられない。
れるだって、結婚なんかしてほしくない。
一生れるの隣にいてほしい。他の人になんか触れさせず、独り占めできたらいいのに。
こんなに好きなのに、れるには性別だけでちむと結婚する権利がない。
「……ほんまに結婚するん」
自分でも聞いたことないくらいに情けない声が出た。寝言でもなんでもいいから、『嘘だよ』と言ってほしい。
もう片方の手でちむの襟足に触れると、驚くほど冷たい首すじが現れて、髪も傷んでいる。
染めたばかりのときは鮮やかだったピンクの髪が色褪せてきている。その髪を割って梳いていると、ちむは現実へ帰ってきた。
「んー、ん……あれ、れるさん……」
ようやく目を覚ましたちむは、重そうな目を擦りながられるを見上げた。前よりもさらにクマが濃くなっているのを隠しきれていない。おまけに、頬に引っ掻かれたような傷ができている。
「……ほんまに、大丈夫なん?」
大丈夫なはずがない。
抱えている不満を、せめてれるにはすべてさらけ出してほしい。そんな思いで問いかけてみる。
でもちむは愚痴をこぼすどころか、不自然ながらも笑顔をつくった。
「……昨日、寝るの遅くなっちゃって」
大丈夫だよ、と口の端を持ち上げるけれど目が笑っていない。れるの目も、多分笑っていない。
れるの前では素直になってほしいのに。なんとか頭を捻って、今思いつく限りの最善策を提案する。
「今日、れるの家来る?」
「……いく」
間髪入れずにちむは答えた。その提案だけには素直に従ってくれたことに、ひとまずは安心した。
準備があるとかでちむは一度自宅に帰ってかられるの家へとやって来た。婚約者との生活があるちむをこうやって招き入れるのは、実に久しぶりだ。
「とりあえず、お風呂入ってきな」
時間を読んでお湯を張っておいた浴槽に、ちむを放った。ちむが来る前に、入浴剤も何種類か置いておいた。きっと入浴剤の好みさえ婚約者とは合わないだろうから、今日くらいは好きにしてほしい。
ちむは久しぶりでも、前泊まったときに自分の服をどこに置いていったのか覚えていた。
夜ごはんをつくりながら、ちむがお風呂から出てくるのを待つ。ちむが来る前に準備しておいた具材を冷蔵庫から出す。
ちむにご飯をつくるのも久しぶりのことで、自分のためじゃない料理はやけに捗った。
もしちむの婚約者が2人分の料理をつくっているとしたら、そいつには負けたくない。そんな気持ちもあった。
「……お風呂ありがとう」
タオルを首に掛けたちむが、浴室から戻ってきた。まだ髪を水滴がつたっているけれど、心なしか入浴前よりも生き生きとして見える。
「髪乾かしてないやろ? れるが乾かすから、こっち来て」
膝を叩いて、ちむをこっちへ誘導した。ちむはぱちりと目を瞬かせてから、すぐにれるのほうへ歩み寄ってきた。
ちむがれるの目の前まで来ると、れるの愛用しているシャンプーや柔軟剤の香りが漂った。わけの分からないルームフレグランスの匂いが消えたその事実に顔がニヤつかないように気をつけながら、ドライヤーのスイッチを入れた。
髪を乾かしながら雑談を振っていると、ちむはだんだんと素の笑い声を取り戻した。無理に明るく取り繕うわけでもない、でも心の底から楽しそうな声。
ちむのこんなに幸せそうな顔を見るのは何週間ぶりだろう。……もしかしたら何ヶ月ぶり?
今だけは結婚のこととか将来のことなんか忘れているようで、れるも自然と顔が綻んだ。
頃合いを見て夕ご飯を出した。料理を見る前から、れるが作ったと聞いて嬉しそうだった。
「こんなおいしそうな手料理久しぶり〜!」
おそらく、深い意味はないんだろう。純粋な瞳でテーブルの上を眺めるちむ。それすらもれるには引っかかった。
……最近、何を食べて過ごしていたんだろう。
気になったけれど、聞くのはやめておいた。この和やかな空気に水を差す気がしたから。
普段は棚の中にしまっている、ちむがいちばん楽しそうだった頃の髪色に近いピンク色の食器を取り出す。ちむのために買ったけど、あの人のせいで最近は使う機会がなかった。
いつもの2倍……いや、何十倍も賑やかなテーブルを挟んで座る。ちむは終始笑みを浮かべては箸を進める。
「やっぱれるさんのご飯、おいしい……しばらくまともに食べれてなかったし」
目尻を思いっきり上げて、きらきらした目でちむが言う。れるはそれだけで救われる気がした。時間をかけて料理をした甲斐があった。
「……こんなにやさしくしてくれるの、れるしかいないよ」
幸せそうだったちむの表情が一瞬陰った。かと思えば、れるを値踏みするような視線を向ける。ちむは箸を置いて、両手で頬杖をつく。
「結婚するって言ったら、みんな『おめでとう』とか『羨ましい』しか言わないもん」
ちむにはまだ結婚していない友達のほうが多い。それもあって、なかなか結婚することに対して不平は言えないようだった。
「……俺、あの人と本当に合わなくて。向こうから毎日悪口言われるし、勝手に服捨てられてたこともあったし」
「もう、あの人とやっていける気がしない」
さっきまでちむを繋ぎ止めていた鎖が外れて、次々に本音があふれ出す。ちむの声は涙ぐんで、目にも潤いが増している。
れるはただ黙って聞きながら、ティッシュを差し出す。ちむはそれを素直に受け取った。
そのまま、ちむが落ち着くのを待った。他にも何度か婚約者とのエピソードを聞いたが、その同棲生活は想像以上にひどいもので、聞くに耐えなかった。
ちむと結婚できるくせに、最低な態度をとり続ける婚約者とやらが心底恨めしい。
しばらくしてちむが落ち着いてきた。
「……ごめん、迷惑かけて」
「何言ってん、恋人やろ?」
戻ったかと思えば、ちむは再度口を噤んだ。何かまずいことを言ったかと思ったが、そうではないらしい。
テーブル越しに反対側に座っていたちむは、れるの隣へと移ってきた。甘えたいのかと思ってその頭を撫でようとしたら、その手首をきゅっと掴まれた。
そのとき、視界がぐらりと揺れた。
気づいたら、れるはソファの上で仰向けになっていた。手首はまだ、ちむにしては強い力で掴まれている。
その上で、ちむがれるに跨った。ちむのほうからこうやってくるのはほぼ初めてのことで、戸惑いながら言葉を発する。
「ちむ……??」
れるのハテナは解消されることなく、ちむは跨ったまま、指でれるの頬を撫でる。それからふにふにと耳を触る。少しずつ距離を近づけてくるちむの肩を持つ。
「ちむ、まって……、」
今日は過度に触れるつもりなかったのに。そんな名目で家に呼んだわけじゃない。
ただ、ちむに安らぎを与えたかっただけなのに。
それなのに、目の前のちむは止まることを知らない。れるがその気持ちを伝える前に、無理やりれるの口に自分のそれを重ねる。
「……ん、……」
止めなきゃいけない。このままじゃ、ちむの気持ちを無視するあの人と同類になってしまう。それと同時に、ほとんど無に等しいちむからのスキンシップが心地いい。
ちむはやめる気がなく、ずっと離れてはくっつけるを繰り返す。空気が薄くなってきて頭が働かなくなるけど、なんとか残っている理性でちむを起こす。
「ちむ、やめよ……」
もっと自分を労わってほしい。今日くらいは、婚約者から解放されてリラックスしてほしい。
「……なんで」
至近距離でちむは眉を寄せて表情を歪ませる。今にも涙が零れそうなその瞳が揺らめく。それでいてじっとりとした目。
「俺のことすきなら、さわってよ」
甘い、舌が焼けるような声でささやかれる。
こっちをまっすぐに見つめて、れるの心をじりじりと焦がす。ちむはれるの手をとって、自分の心臓のあたりへ持っていく。聞こえるはずのない、ちむの心臓の音が聞こえる気がした。
れるも限界だった。
倒されていた身体を起こして、ちむを反対側へ押し返した。今度はちむの顔に影が落ちる。
「……それ以上誘う気なら襲うよ」
「そうして」
にっこりと何のためらいもなく答えるちむ。余裕そうな笑みを浮かべている。
「……きょうは、自分でしてきた」
言いながら、ちむは一転して目を伏せる。
その一連の動作に、またいちだんと熱が高まるのを感じた。
れるの家に来ることになって、わざわざ自分で準備してきたなんて。……れるとすることを期待して?少し昔のちむなら考えられない。
「うれしい」
頬に軽くキスすると、ちむは表情を綻ばせた。
その顔を見たいがために、鎖骨にも、脚にも口づける。
「ん……っ」
その度にうっすら声を漏らしながら肩ごと反応してくれるちむ。そのすべてを受け取って徐々に慣れさせる。
衣服を脱がせると、ちむの異様な痩せ方が顕著に分かった。骨が浮き出ていて、そっとなでるだけでも余分な脂肪が一切ないのが分かる。
ちむの着ていた服の、れるの柔軟剤の香りの代わりに、またあの疎ましいルームフレグランスの匂いがちらついた。ちむの体が汚染されている。今すぐ解毒してしまいたかった。
壊れないように、傷つけないように。久しぶりだからかちょっとだけ窮屈なそこに、そっと押し込む。
「っ……、ぅ」
ちむも少し苦しそうで、でもそんな声とは対照的に、れるを両足でホールドする。
「……遠慮してんの?」
いつもより控えめに動くれるに、ちむが気づかないはずもなかった。不満そうに口を尖らせる。
「いつもみたいにしてよ、遠慮とかいらないから」
不敵に口もとを綻ばせる。その一言で、れるの中の理性が切れた。
「っ、きもちぃ……、♡」
ちむは何度到達しても、その度に色っぽい声をもらす。瞳には涙がたまっているけれど、さっきまでの涙とは意味が違う。
ちむが足先でシーツをつまんでいるせいで、位置がズレてきているのすら愛おしい。
ちむの足首を持ってれるのほうへ近づける。その衝撃で、またちむの脳が狂う。手先も時々震えているのが分かる。
「…っ、……?」
ちむは正気を失いながらも、首すじの汗を拭う。汗がちむの爪に伝って、ネイルパーツがきらりと反射する。
れるも息が切れてきた。
少しの間ちむの喉仏を見つめていると、ちむは体を起こして、サイドテーブルに置いてあったペットボトルの水を自分の口に含む。
そのまま、その水をれるの口に流し込んだ。
一度ちむの口内に浸かった、生ぬるい水がれるの喉を通る。
ちむは長い爪でれるの前髪を横に流した。
「……だぃ、じょぶ…?」
回りきらない滑舌と、ピントの合わない瞳で尋ねられる。
「ちむこそ大丈夫なん」
「遠慮すんなっていったでしょ」
「そうやけど……」
お互い疲れきっているのに、日付もとっくに変わっているのに、ベッドの上から降りようとしない。部屋にはたった2人分とは思えない甘ったるい熱気が充満している。
言葉を濁していると、ちむはれるの腰に手を回した。
「まだ、おわんないで」
懇願するような、弱々しいのに芯のある目つき。薄く開いた口から、熱っぽい息がもれる。
「れるは、……れるだけは、ずっと愛してくれるんでしょ」
そのとき、れるの頭の中で何かが音を立てて崩れた。心臓がどくどくと脈を打ち始める。
今度はれるから、ちむの口に触れた。
でも、濃度はさっきの比じゃなかった。表面だけじゃなく、口の中奥深くまで。
お互いの体液が入れ替わるほどしつこく舌を絡ませる。2人の舌がクロスして、ほどけたかと思えば歯列をなぞって、また交差する。脳にまで唾液が行き渡る気分になる。
「っふ……ぅ゛……、♡」
いくら吸っても息が足りなさそうなちむ。それでも休ませる隙を与えず、むしろもっと苦しくなるくらいに縋りつく。
そのとき、薬指にある指輪の痕が目に留まった。
「いっ゛…………、!?」
ちむが痛がるのをものともせず、その痕にかぶりついた。何回も何回も噛みついて、痕が見えなくなるまで。だんだんとれるの形に矯正されていく。だんだんその指にれるの唾液がまとわりついて、海ができる。
痛そうにしていたちむも毒波に飲まれていく。
「もっと…っ、かんで、けして……、」
「……ええの? あの人にバレるかもしれへんよ」
そう言いながらも、ちむの腰を強く引き寄せる。
「それでも、してほしい……っ」
多分とっくにれるの唾液を飲み込んでいるちむの喉がごくっと鳴る。
そこを弱く押してみると、ちむは限界そうに目を瞑る。口を離すと、ちむは口で、肩で、全身で息をする。
「っ、はぁ、はぁー……」
さすがに怒られるかと覚悟していたら、それどころか目を細めてうっとりした表情を見せた。
懐かしいようで、懐かしくない表情。れるが自分でも理解できるくらい、ちむがれるのことを愛してやまなかった頃に見せていた顔。
その表情を今になって再び見ることのできた満足感と、もうひとつの信じがたい自分の気持ちに気づいてしまった。
……ちむがこのまま結婚すれば、絶対に今以上にれるを好きになるんだ。
結婚相手にぞんざいに扱われて、肉体的にも精神的にもすり減ったちむが頼れる先は、れるしかいない。
「……れる?」
名前を呼ばれて意識を戻す。ちむは不思議そうにれるを見ている。でも、その顔がさっきまでとはまるで違うように見える。
周りの友人にも祝福か羨望の眼差ししか向けられないちむが、唯一れるに救いを見出している。そんなちむが可哀想で、愛おしくてしかたがない。
「なんでもない」
力を緩めて、でも突き放せない加減でちむを抱きしめる。ちむは一瞬だけ驚いてから、すぐに抱きしめ返してくれた。
大好きな人に愛し返されるのって、こんなにもあたたかい。
その温度を全身でたしかめて、また与える。そんな夜を長いこと過ごした。
目が覚めると、すっかり明るくなっていた。ベッドに入ったまま時計を見るとすで正午を過ぎていた。
そのまま体ごと隣を見ると、ちむはれるに背を向けて横たわっていた。その背中に小声で話しかける。
「…ちむ?起きてる?」
「うん……」
掠れた声。でもそれはきっと寝起きのせいというより、昨夜の行為のせいだ。
ゆっくり、ゆっくりとベッドから出て2人して洗面所に行って、また寝室に戻ってくる。寝室だけやけに湿度が高く感じる。それなのに定位置のように、そこに引き付けられる。
ぽすんとベッドの縁に並んで腰掛けた。時々つま先がぶつかる。昨日のように雑談は持ちかけず、お互い虚空を見つめていた。
そんな静まった雰囲気の中、ちむのスマホが震えた。ちむは気乗りがしない様子でその場で手だけを伸ばして、スマホを寄せる。
「そろそろ帰らないと、か……」
ちむはベッドに座って枕をぎゅっと抱きしめたまま、気怠げに呟く。帰ると言ったわりに、一歩も動く様子を見せない。
全然立ち上がる気配がないので、れるが先に動いた。
代わりにちむの荷物を本人のところへ持っていくと、ちむはそれを一瞥してから「……そこに置いといて」と言った。足もとに置いてから、れるはちむの横に再び座った。
「…………結婚、したくない……」
ちむがぎりぎり聞こえるくらいの小さな声でつぶやく。
苦い表情で、手をグーにして握りしめている。爪が自身の手のひらに突き刺さって痛々しい。それすら気にならないくらい、心はもっと傷を負っているのかもしれない。
ちむとれるは、似ているようで正反対のことを考えている。
ちむをとられたくない。それは結婚の話を聞いたときから今まで、ずっと変わらない。
でも、ちむにはあの最低な婚約者と結婚してほしい。
絶望的に気の合わないあの人と生活を共にして、地獄を味わう。そんなちむに、れるが手を差し伸べたら……。
口角が上がらないよう、表情を保ったまま言う。
「結婚しないと体裁やばいんやろ?……それに」
ちむの手をほどいて、ぎゅっとつなぐ。ちむの瞳が、れるの瞳を一直線に貫く。
「大丈夫。ちむが結婚しても、ずっと愛してる」
よりいっそう視線を強めて、少しの瞬きも許さない。さらに手に力を込めて、ちむとの距離をつめる。
そして何よりも、献身的な恋人の仮面は外さない。ちむにもっと地獄を見てほしいなんて気持ちは、察されてはいけない。
「れるのところ、いつでも帰ってきてな」
「うん…………ありがとう」
付け足すと、ちむはまた、泣きそうになりながら目を潤ませる。無理に力んでいるのか、口もとが震えていた。
「れるがそう言うなら、できる気がする」
ちむは清々しい笑顔で、晴れやかな声で言った。窓から吹いてきた風が、ちむの髪を揺らす。さっきよりも、ちむが一段階大人っぽく、まぶしく見えた。
あんなに動きたくなさそうだったちむが、すくりと立ち上がった。あの家へ帰る決心がついたようだ。
玄関でもう一度だけ抱きしめてから、ちむを送り出した。駅まで送ろうとしたら、それも大丈夫だと言われた。その強さは、いったいいつまで持つのだろうか。
まともな人だったら、きっと恋人の結婚なんて全力で止めている。でも、れるにはそれができない。
ごめんね、こんな恋人で。
後ろ姿が完全に見えなくなってから、家に入って施錠する。真っ先に向かったのは、ちむが泊まるときに荷物を置いていたリビング。
真っ暗のそこに立ち入る。電気もつけずにその部屋の隅にある机に近づく。
その机には、さっきちむの荷物からこっそり引き抜いておいた、指輪のついたネックレスが置かれている。
「……いつ気づいて取りに来るかな」
置かれているネックレスを手に取って、そのネックレスのアジャスターを外す。するとネックレスの両端が途切れて、通されていた指輪が外れる。
外れた指輪は、そのままゴミ箱の奥深くへとすべり落ちていった。
代わりに、前に買ったれるとちむのペアリングを通す。外れないように、ネックレスの留め具をしっかり固定する。
さっき帰ったばかりなのに、次に会う日のことを考えながら、強制的に忘れ物にさせたそのネックレスをしばらく眺めていた。
ちむがすぐにでもボロボロになって、早くれるの愛を求めに来ますように。