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【番外編4】
早朝、ひとり喧しく身体をひねる男がいた。
男の名はウィル=マイラス。
遠くバーラントの地からゼピアへと渡り、妹のロディアとともにラビーランドの従業員となった男である。
ランドの仲間たちからは、あまりの無頓着さからバカにされて不貞腐れることもあったが、天性の竹を割ったような性格も相まって、なんだかんだ有意義な日々を過ごしている。
毎朝のルーティングである散歩と柔軟体操を終え、大きくノビをしたウィルは、額に手を当てて広大なランドの敷地を見回た。そして何気なくポツリと呟いた――
「毎朝歩いているが、実はウチって……、とんでもなく広い気がするんだが、僕の勘違いかな?」
仕事の準備を整えて寝床を出たウィルは、きっと今日も一番だねと事務所の扉を開けた。しかし中では朝から忙しそうに走り回っているフレアの姿があり、爽やかに挨拶をした。
「おはようフレアさん、今日も朝から元気だね。僕にも分けてほしいくらいさ」
「ウィルさん、おはようございます!」
ギルドへ提出するための資料作りに奔走している姿に、自分も手伝うと進言したウィルは、重そうなファイルの束をフレアに代わって肩に担いだ。
「これをどちらに?」
「地下の資料倉庫へ戻します。ここに置いていても、邪魔になっちゃいますから」
「地下倉庫、ここはそんなものまであるのかい?」
「はい。事務所棟の地下に昔からある簡易式の倉庫です」
へぇと相槌を打つウィルとともに地下室に入った二人は、資料の束を所定の位置に戻しながら、なんでもない会話を楽しんだ。その中で、不意にウィルが感じていた疑問をフレアへぶつけた。
「ところでフレアさん。この資料にもありますが、ラビーランドって、実は随分と巨大な施設の気がするのですが?」
不思議そうな顔をしたフレアは、倉庫に置かれていたファイルを一つ探して手渡した。
「実はそうなんです。よろしければ、そちらの最終ページを見てみてください」
パラパラと頁を捲ったウィルは、記されたランドの全体図を眺めた。
ゼピアの街を含め、詳細に描かれた施設の全体図は、地下空間に至るまで細かな概略が記されており、ウィルは思わず顔をしかめた。年少時より文字の羅列を読んでいるだけで目が回るんだと頭を抱えながら、どうにか図の中にあった文字だけを適当に読み上げた。
「事務局棟と、地下空間A。ああ、ここが僕らがダンジョンとして使っているところだね」
「私たちは主に地下空間Aと空間移転地区Cと、地上の広場Bを使用しています。あと使っているのは、ここに書かれていない皆さんの生活スペースと、新設したモンスター用の厩舎くらいでしょうか。本当はまだまだ色々あるんですが、なかなか整備する時間がなくて」
それにしてもと口にして止めたウィルは、記された広大すぎる施設の規模に驚いていた。
フレアが上げた三つの施設は、ランドの南側、ほぼ入口付近に位置している設備で、本来であれば距離的に相当離れた場所にまで、見ず知らずの設備が様々散りばめられているようだった。
「全部でどれくらいの広さなのかな?」
「全部のイメージだと、ここから見える北の丘のさらに先に見えている山の天辺から、ゼピアの街との間に立っている看板までがウチの敷地です。西はピントスの森の中間から、東はバラメグの泉までです(※総面積は東○ドーム250個分くらい)」
「あっちの森に、こっちの泉も? ハハ、とても広くて自然豊かだね……」
「お父さんが、いつか地上型のダンジョンも創りたいって、北の山と西の森、それに東の泉まで色んな場所を考えて土地を探したんだそうです。凄いですよね!」
「な、なるほど……、ハ、ハハハ」
「でも残念なことに、ほとんど手付かずのままで。使用しているのは1%にも満たないくらいって、犬男にバカにされました……、ぐぬぬ」
「1%?! これだけ広いのに、たったの1%かい。……それは果てしないね」
「ですが本格的にダンジョンを展開するとなれば、これくらいの広さは当然必要なんです。簡単にクリアできちゃうダンジョンなんて、意味もありませんから♪」
嬉しそうに理想のダンジョン像を語るフレアの話を初めはしみじみ聞いていたウィルだったが、次第にヒートアップしていく展望と内容の濃さに異変を察知し、そのうち口を挟む隙すらなくなって絶句した。
広大すぎる土地にも収まりきらないフレアの願望は、ウィルの陳腐な予想など軽く越え、ゼピアの街すら吸収してしまうほどの勢いで加速していった。いよいよ受け止めきれなくなったウィルは、強引に話の腰を折り、「ところで」と話題を変えた。
「今朝の朝ごはんはなんだろうね。僕としては、ミチョル鳥のインデルシンソース添えなどを優雅に食べたいところなのだけれど」
「そっか、そろそろ朝ごはんの時間でしたね。急いで戻りましょうか♪」
上機嫌に資料を片付けたフレアは、スキップ混じりに階段を上がっていった。
どうにか誤魔化せたと胸を撫でおろしたウィルは、手にしたファイルを元の位置に戻し、駆けていくフレアの姿を見上げた。
「……はっきり言って、僕は恐ろしいよ。僕やロディアは、これまで自分たちのことをエリートだと思って生きてきた。しかしここへきてからは、ただの思い上がりだったと気付かされるばかりさ。もちろん犬男やムザイが凄いのはわかるよ。でも何より驚かされるのは、キミら二人の存在さ。何よりキミは、たった10歳で僕ら冒険者を雇い、この広大な施設を運営している。僕なんかにはとても真似できない、本当に凄いよ」
「何か言いました?」と振り返ったフレアに何でもないと首を振ったウィルは、コツコツと腰を叩きながら階段を二段飛ばしで一気に駆け上がった。
「ほらほら、フレアさん。急がないとまたあの男に朝ごはんを食べられてしまいますよ!」
「ですね!」とフレアが返事をした。