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冬季限定。短編集

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冬季限定。短編集

21 - 21【闇夜に祈りを】

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2025年03月28日

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寒さが和らぎ始めた3月下旬。

日中は暑い程の気温だが、朝晩の気温はまだ寒い。

特に今日は、寒の戻りの影響で暖房がまだ必要な程に寒かった。

三寒四温が繰り返され季節が移り変わる。

春はもうそこまで来ているーー。


営業時間終了後、店の片付けをしていると突然、目の前が暗闇に包まれた。

ブレーカーが落ちたのだと思い確認しようと辺りを見回すと、何も見えない程に視界は暗かった。

店中の灯りだけでなく街頭も他の家々の灯りも全てが消えていた。

「停電…ですね」

片付けを手伝いに来ていたシンが言った。

顔は見えなかったが声のする方に顔を向ける。

「みたいだな…」

雷が鳴った音は聞こえなかった。

雨が降っているわけでもなく、風が強く吹いているわけでもない。

何か別の不具合でこの辺り一帯の停電が発生したみたいだ。

「シン…大丈夫か…?」

椅子の上に立ち掃除をしていたシンを思い出し心配して近寄ろうとすると、

「…っと……っ!」

持っていたほうきに躓き転びそうになる。

「なにやってんですかっ」

伸びてきた手に支えられ難を逃れた。

「……わりぃ」

気まずそうに謝る。

助けるつもりが、助けられてしまった。

「こんな暗闇で急に動くなよ。あぶねぇな…」

時々10も年下のコイツは大人びた口調に変わる。しかもその言葉は反論できない程に的を得ているので

「……はい」

そう素直に返事するしかなかった。

カッコ悪い…。

シンの胸の中に収まる自分がなんだか情けないく感じて、大人しくそのままじっとしていた。

視界が暗闇に慣れてくると、徐々に見えなかったものが見えてくる。

顔をあげるとすぐ傍にシンの顔があった。

朧気に見えるシンの顔があまりにも近すぎて鼓動が一気に脈を打ち始める。

こんなに大きく高鳴り出したら聞こえてしまう…。

落ち着こうと顔をそらすが、逆に意識してしまい抑えがきかない。

どうか…気がつかれませんように…。

祈るように目をきつく閉じた。

「湊さん…」

気づかれ…た…!?

「寒い…ですか?」

「…へ?」

予期せぬ言葉に変な声をあげてしまった。

言われてみれば確かに寒いのかもしれない。停電で暖房が止まったのだから仕方ないが…。なのに、湊の身体は寒いのではなくどちらかと言えば暑いと言う言葉が相応しい程に火照っている。だから、寒いなんて感じもしなかった。

なんて事を言えるわけもなく

「まぁ…」

曖昧な返答をした。

すると、シンの腕は湊を抱きしめてきた。

「お…ぃ……」

身じろぐ湊に

「電気が付くまでの間だけだから……」

それは自分の熱を分け与えようとしているかのように感じた。

そんなに近くに接近したら…

バレてしまう…。

「なんか羽織れるもん探してくるわ…」

寒さを気遣うシンの優しさが嬉しい反面、これ以上抑えの利かない胸の高鳴りを気がつかれるのが怖い。

なんとかシンの腕から逃れようとすると、

「まだ此処にいて下さい。下手に動くと危ないし…人肌の方が暖かいですよ…」

そう言って引き戻されてしまう。

「……人肌って」

「それに…俺、今すごく身体……暑いんです…」

「……」

暗闇でもわかる位にシンが緊張しているのが伝わってくる。

触れ合うシンの身体から自分のものとは明らかに違う心臓の音が聞こえてくる。

ドクンドクン…と、伝わる鼓動は確かにシンから聞こえてくるものだった。

湊を抱きしめる手も微かに強ばっているように感じる。

そういうところは、やはり年下なのだと感じてなんだか可愛く思えてしまう。

いつもより早く、強く脈打つ鼓動が今は心地が良い。

この腕の中は…ひどく安心する…。

シンに身を委ね、腕をシンの背中に回した。

暗闇とはいえ、店の中でこうして堂々と抱き合う事ができるのは停電という突然訪れたハプニングのお陰である。

できればもう少しだけ…このままでいたい……。

再び見上げたシンの顔は、湊を愛おしそうに見下ろしていた。

虚ろな目で見つめる湊の顔にシンの顔が近づいてくる。

自然と重なる唇が普段では絶対にできない店の中だという事に戸惑いを隠せないでいた。

唇が離れると、急に我に返り恥ずかしさのあまりにシンの胸に顔を埋める。

「なにすんだよ…」

僅かな抵抗。

「キス…して欲しそうな顔してたから…」

そう言って微笑んでいるであろう事は、見なくてもわかる。

だから余計に恥ずかしくなって強くシンの胸に顔を押しつける。

「可愛い……」

ふと漏れるシンの言葉が恥ずかしさを一層増した。

停電のせいだっ!

そう、叫びたくなった。

こんなにドキドキするのも、こんな場所で抱き合うのも…キス……したのも全部…全部…っ…。

冷静になると、ことの成り行きの全てが恥ずかしくなって逃れたくなった。

でも…そんなのは全部言い訳に過ぎない。

だからウソだ…。

突き放そうとすれば出来た。

無理矢理されたわけではないし、シンはそんな事絶対しない。

俺が…して欲しいと思ったから…。

だったら…それ以上を望んでしまったら…?

「湊…さん……?」

髪に触れるシンの手が優しく湊を撫でる。

そんな事…この場所で出来るわけねぇだろ…っ!

シンの服を強く握りしめる。

それが合図だと思ったのか、シンは湊の肩に顔を埋める。

だめだ……っ。

頼むから…それ以上は……っ!!

理性が吹き飛びそうになるのを必死で堪えた。

「…はぁ…んんっ……」

漏れる声を手で止める。

「やっ……め…」

「しませんよ…」

シンの動きが止まった。

「此処では…」

「此処ではってなんだよっ!」

からかわれた気分になり、急に腹が立ってきた。

「しても良いんですか、此処で?俺は構いませんけど?」

そういう事をしれっと言うコイツの態度が気に入らない。

「良いわけねぇだろっ!ばーかっ!!」

先程までの緊張が嘘のように一気に解けた。そして、なんだかおかしくなって顔を見合わせ笑う。

シンの瞳が真っ直ぐ湊を捉え

「湊さんが嫌がる事はしません…」

急に真面目な顔してそう言うものだから、

「知ってる。お前はそういうヤツじゃねぇって事くらい。俺が1番わかってる…」

俺も真面目に答えたくなった。


電気が復旧した時、手をつないでいたのは恋人としてごく自然な事なんだと思う。



暫くは店に入る度に今夜の事を思い出し1人照れてしまうだろう。

そしてきっと、こう思うーー。

あの日、真っ暗な闇の中1人ではなく、シンが居てくれて良かったと。




【あとがき】

書き終わる度に思う。

暫くは、書けないだろう…。と。

そして、また書いてしまい、書けねぇんじゃねぇのかよっ!と、ひとりツッコミを入れる笑


冬季限定短編集。開花宣言までは続けようと思いましたが、これにて完とさせていただきます。

長らくお付き合い、ありがとうございました。


それでは…

2025.3.28

月乃水萌


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