テラーノベル
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「ただいま……」
玄関の扉を閉めた。
変だ……。
やけに静かなのに気がつく。
ピロン…と、LINEの着信音がポケットにしまった携帯から鳴った。
『おかえりなさい』
送り主は、シンだ。
足元を見ると、玄関にはシンの靴がある。
どういう事だ?
湊は、首を傾げる。
また、LINEが鳴った。
『部屋に居ます。でも、来ないでください』
意味深な内容のLINEに頭を悩ませる。
これは、フリなのか……?
靴を脱ぎながらシンの部屋に足を向けようとした時、三度、LINEが鳴った。
『フリではないので、絶対に来たらだめですからね』
「こぇよ……」
つい、声が出てしまった。
アイツ、人の心の声が読めるのか…?
読心術でもあんのか…?
ツッコミを入れたいところだが、状況がわからない今は、ひと先ずLINEを無視してシンの部屋に向かうことにした。
シンの部屋の前で足を止め
「シンっ、どうした?」
と、声をかける。
「……」
返事はない。
代わりに、また携帯が鳴る。
『すみません。風邪ひいたみたいで、声が出ません。でも、大丈夫ですから』
「はあっ?」
大丈夫って…。
そういや、夕べから元気がなかった。今朝もなんだか顔色がさえなかった…。
湊は、顔を歪ませる。
なんで気がついてやれなかった…。
こんなに近くに居たのに…。
自分を責めた。
部屋の中からシンの咳が聞こえた。
苦しそうな咳。
全然大丈夫じゃねぇじゃねぇかっ!
ドアノブに手をかけると……開かない。
内鍵がかかっている。
なんて、用意周到なんだ…。
用心深い、シンに呆れた。
「おぃ!顔くらい見せろって!」
開かずのドアの前で叫ぶ。
また、携帯が鳴る。
『病院には行きました。薬も貰ったし、必要な物は全て用意して籠もっているので、湊さんはいつも通り過ごしてください』
「……」
準備万端じゃねぇか…。
返す言葉がない。
いつも通りって……。
お前が居なきゃ…シンと2人でないと、いつも通りじゃねぇのに……。
自分には出来ることはないと悟った湊は「わかった。ゆっくり休めよ」そう、声をかけると、肩を落とし、自室に向かう。
ベッドに腰をかけ、うなだれる。
一緒に住んでいるのに…こんなに近くにいるのに…何もしてやれないって………。
こんなに、ツライのかよ……。
「どうして何も言ってくれねぇんだよ……少しは、俺を頼れよ……ばかシン……」
何か出来る事はないかと考える。
そうだ。前に風邪をひいた時に、シンが作ってくれたお粥を作ろう。
せめて温かい食べ物くらい作ってあげたい。
急いで携帯で、お粥のレシピを検索する。
「お…多すぎじゃね……」
ヒットしたレシピ数にまた、悩んでしまう。
「こういう時は、シンプルなのが1番。……卵がゆ。これなら…」
携帯片手にキッチンへ向かう。
「これで、よしっ」
出来上がった、卵がゆの出来栄えに満足し、気を良くした湊は喉に良い生姜とハチミツ入りの温かい飲み物も添えてシンの部屋の前に置いた。
「シンっ。お粥作ったから食べられるようなら食べろよ。湊さんの愛情たっぷりだかんなっ」
シンが喰らいつきそうな言葉も添えた。
『もちろん。全ていただきます。ありがとうございます』
文字だけなのに、頭の中では喜んでいるシンの顔と声が聞こえた気がした。
だけど…やっぱり本物が見たい…。
直接、声が聞きたい…。
でも、シンは一度決めたら最後まで貫く。そういうヤツだ。
「じゃあな。おやすみっ」
『おやすみなさい。湊さん』
なんだか、味気ない。文字だけの、おやすみ。
ドアの向こうにシンが居るのに、会うことが出来ないなんて…。
複雑な想いを胸にしまい込み、今日は眠りについた。
時折聞こえるシンの咳に、何度も目が覚めた。考えてもどうしようもない事だが、心配せずにはいられない。
だいたい。同じ屋根の下に居るのに会えないって…やっぱり納得がいかない。
だけど、強行突破なんてできない…。
シンには、シンの考えがあってこういう状況を作った。
風邪をひいてツラいはずなのに…きっと、自分を気遣ってくれているんだと思うと、シンの気持ちに逆らうなんて湊には出来なかった。
シンの咳の音で何度も目が覚める。夢と現の狭間で明け方までうまく寝付けなかった。
いつの間にか睡魔に負けたようで、気がつけば目覚ましのアラームを止めて寝続けてしまったようだ。
時計を見て、慌ててベッドから起き上がる。
キッチンに向かうと、流しにはキレイに洗われた土鍋とコップが並んでいた。
湊は、ホッと胸を撫で下ろす。
良かった。食欲はあるみたいだな…。
作り過ぎた、残りのお粥をかっ込むと店に向かう準備を始めた。
出勤時、まだ眠っているであろうシンに、いってきます。と、小さく声をかけてから自宅を後にした。
そんな生活が3日程続いた。
その日は、帰るとキッチンに立つシンの姿が暖簾越しに見えた。
思わず靴を脱ぎ捨て、シンに駆け寄る。
「良くなったのかっ!」
久しぶりに見たシンに嬉しくなって、つい声を荒げてしまった。
クククっ…。と、シンが湊を見て笑った。
「んだよ…」
湊は、少し膨れる。
「いえ…」
「お前な…俺がどんだけ心配してたと……」
シンに近づいて行くと
「湊さん。ストップ」
「は?」
「それ以上は……」
後退りしながら、シンは湊を止める。
「なんでだよっ」
こっちはなっ!やっと…ようやくお前に会えて嬉しくて……そう言ってやりたかった。
「今、湊さん。俺に抱きつこうとしたでしょ?」
「………わりぃかよ…」
久しぶりに会えたんだぞ。
ハグぐらい…いいじゃねぇか……。
ふてくされる湊に。
「……汚いから…」
シンは、真面目な顔で答えた。
「俺…風呂入ってないですし…」
「お前は…したくねぇの……?」
「したいですっ!ハグ。だけど…」
煮え切らないシンに業を煮やし、湊はシンの胸に飛び込んだ。
「俺は…したかった。……ずっと……」
ずっと…心配して…我慢してたんだぞっ!!
怒りを表すように、シンの服をギュッと握る。
「俺も…したかったです。でも、風呂入ってないし、湊さん汚したくなくて…」
「もう、おせぇっ!っうか、汚れてもいいっ!汚れたら、風呂入ればいいだろっ!!俺がどんだけお前のこと心配して……」
こんなに近くにいるのに、LINEのやりとりだけなんて…声をかければ聞こえる距離に居るのに会えないのがどれだけ寂しかったのか…
「わかれよっ!ばかっ!!」
その声は、泣いているのか、少し鼻声になっていた。
「心配してくれていたんですね…湊さん」
「あたりまえだろっ!」
「嬉しいです…」
湊を抱きしめる腕に力を込める。
「元気になって…良かった……」
安堵の声が湊から漏れる。
自分がどれだけ湊に心配させてしまっていたのか、シンは改めて実感させられた。
「ところで、湊さん?」
「ん……?」
「お風呂の件なんですが…」
「おぅ…」
「一緒に入ってくれるってことでいいですか?」
「い…一緒に?」
「いや、だって湊さんも汚れてしまったし…」
「……長風呂は…だめだぞ」
「…はいっ」
シンの声は、まだ幾分掠れていたが、この分ならもう心配はなさそうだ。
湊の肩の力が抜けた。
良かった…。と。
「確認なんですけど…」
「なんだよ」
「お触りは……オッケーですか?」
こんのっ!思春期は油断も隙もない!
「だめっ!ささっさと汚れ落として温まるだけ!」
「ちょっとくらい…」
「ダメなものはだめなのっ!お前がちょっとで済むわけねぇだろっ」
「もしかして…湊さん。期待してません?」
「してねぇわっ!!」
「素直じゃねぇな。おっさん」
「う、うるせぇ」
「ムキになるのが怪しいですね」
そう言って、笑った。
いつものシンに戻ったと、湊は嬉しくなった。
※※※
「……シン」
「はい?」
「今夜は…俺の部屋で寝ろ」
「…えっ?!」
「ち、違うぞ!お誘いじゃねぇからなっ!せっかく風呂入ってキレイになったんだし、シーツとか明日洗うから、今夜だけだかんなっ!」
「ふぅ〜ん……」
「なんだよ……」
「俺、風邪治りました」
「だから、良かったな…って…」
「元気なんです」
「見りゃわかるよ」
「さっきの湊さん。可愛かったです」
「シンちゃん。さっきのは、忘れて……」
「俺はこの3日間アンタにずっと触れたいのを我慢してたんです…」
「………」
「………」
「………こっち…だって……」
「……」
「俺だって、ずっと寂しかったんだからなっ!!」
「それって……お誘いって捉えて良いですか……?」
「……好きにしろ…………」
「好きにします」
照れる湊の手をひき、シンは湊と一緒に湊の部屋に向かった。
たった、3日。
されど、3日。
戻らない時間を埋めるような、今夜は密な夜になりそうだ………。
【あとがき】
まだ、ライブの余韻が抜けない……笑
控えめに言っても、最高過ぎでした♪
連載の本編は、もう少し?お待ちください……
では、また……
2025.08.12
月乃水萌
コメント
2件
もう最高すぎます🥰 めっちゃこの続きがみたいです🫶 シンが風邪ひいて用意周到すぎるのんも想像ができますね😭💓 湊さんは3日間が絶対にもっと長く感じだと思います😊 このお話の続きは出る予定ですか?🤔
はあ…続きを覗きたいです🤦🏻♀️🤦🏻♀️