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それから約10時間後、お姉様は元気な女の子を出産した。
この場所では衛生状態が良くないということもあり、赤ちゃんとお姉様は出産経験のある女性と共に、一番近くの街へと移動することになった。巻き込まれてしまった女性に、お姉様が勝手な動きをしてしまったことに詫びを入れると「今までの話を聞いて、どんな人かはわかっているから」と言われた。
本当に不名誉なことだと思う。
約束をした以上は話をしないといけないし、早めに切り上げるつもりで、お姉様がいるテントに入った。
「……アイミー、見てくれた? 私の可愛い赤ちゃん。レイロとの子供よ」
簡易ベッドの上で横になっていた、お姉様が体を起こそうとしたので止める。
「お姉様、そのままでお願いします」
「……でも」
「横になっていても話はできるでしょう」
「……わかったわ」
お姉様は渋々といった様子で横になった。
出産はやはり大変なものらしく、髪は乱れて疲れ切っている様子だ。赤ちゃんは今は別場所に移されているので姿はなく、小さなテントの中にはお姉様と私しかいない。
こんな状態で話をしても良いのか、まだ迷うけれど、また改めて話をするというのも嫌だったし、もう会うつもりもなかった。
「お姉様、早速、本題に入らせていただきますが、私は二人の仲を邪魔する気はありません。ですから、嫌がらせなんてしていません」
「……嘘よ。それならどうして、レイロは私を選んでくれないの?」
「それは本人に聞いてもらえますか」
「聞いても、私のことを愛していないからって言うのよ! そんなわけがないのに!」
答えが出てるのに、それを認めないだけじゃないの。
「レイロにとって、お姉様は遊びだったのでは?」
冷たい声で言うと、お姉さまはすごい剣幕で叫ぶ。
「嘘よ!」
「お姉様だって分かっているから、私に当たるのでしょう」
「違う、違うわ!」
声を荒らげるお姉様に落ち着くように話しかける。
「お姉様、あなたは子供を生んだばかりなんですから、興奮するのは体に良くないと思います」
「そう思うなら、私にレイロをちょうだい!」
お姉様は両手で顔を覆って泣き始めた。
「レイロが私のものならあげていたかもしれません。でも、レイロと私は元夫婦という関係なだけで、今は赤の他人です。どうしても欲しいならば、レイロの両親に言えば良いかと思います」
「……わかっているけど、自分の口からは言えないのよ」
お姉様が自分で自分のことを何とかしようとしなくなったのは、私にも責任がある。だけど、お互いに大人なのだから突き放しても良いだろうし、言わなければいけないことは自分で言うべきだと思う。
「話があるとだけ伝えておきますから、赤ちゃんと一緒に屋敷に戻って、レイロの妻になりたいという話をしてみてはどうでしょうか」
「そ、そんな……、連絡するんなら伝えてくれたら良いじゃない」
いつまでこの人は私に頼るのだろうか。
私の夫だったレイロと浮気をしておいて、よくもまあ、願い事なんて頼めるものだわ。
「嫌です。それくらいは自分でどうぞ」
「待ってよ、アイミー!」
拒否してテントから出ていこうとすると、お姉様は悲痛な声で話し始める。
「レイロが私と結婚してくれないのはあなたが原因だとしか思えないのよ。……謝るから許してほしいの」
「謝る? 何をですか? それに、私は彼にお姉様と子供を大事にするように伝えています」
「本当に?」
「本当です。浮気する人なんて私はいりません。妹の夫を奪うようなお姉様とお似合いだと思います」
お姉様は両手を顔から離し、何度か目を瞬かせたあと話し始める。
「もしかしたら、レイロが私を拒むのは自分が廃嫡されたからなのかしら」
どうしてそんな話が出てきたのかしら。よくわからないけれど、認めておくことにする。
「……そうかもしれないですね」
「そうよ。きっとそうだわ! 私は平民になったとしても、レイロといられるのなら気にならないのに!」
お姉様は満足そうな顔で言うと、一人で話を続ける。
「早く帰ってレイロに会わないと!」
起き上がろうとするお姉様を慌てて止めてから、エルが言っていた仮説があっているかどうか確かめることにする。
「お姉様、レイロのことは今は良いでしょう。子供と自分のことを考えてください」
「私はもう大丈夫。動けるわ。ねえ、アイミー、私の体を気にしてくれるのなら、転移魔法を使ってくれない?」
「くだらない理由のために使えませんし、使いたくないです」
「くだらなくないわ! 好きな人と一緒にいられることは素敵なことよ」
「好きな人と一緒にいられることは素敵なことだという考えには同感です。ですが、あなたが今、一番に考えなければならないのは子供のことなのではないですか?」
厳しい口調で尋ねると、お姉様は少し考えてから頷く。
「そうね。大変な思いをして生んだんだもの。ちゃんと役に立ってもらわないと困るわ」
「お姉様、今の言葉、本気で言っているんですか?」
「え……? あ、ああ、ごめんなさい。そうね。可愛い我が子が優先よね」
お姉様は言い直したけど、やっぱり、レイロと一緒になるために子供を生んだとしか思えない。
世話をしていく間に愛情が芽生えていってくれたら良いけど、お姉様にそれを期待するのは難しいかもしれない。
「……お姉様」
「なぁに?」
「子供を大事にしていないとわかったら、お姉様から子供を引き離します。それが嫌ならちゃんと愛してあげてください」
「……わかったわ」
頷いたお姉様は、ため息を吐いて目を閉じる。
「疲れたわ。もう、あなたに用はないから帰ってくれていいわよ。来てくれてありがとう」
「もう二度と会わなくて済むことを祈っています」
「わかっているわ。心配しなくても、私とレイロの子供なんだもの。大事にするわよ」
私が今度こそテントを出ようとすると、お姉様がまた話しかけてくる。
「言い忘れていたわ。アイミー、幸せになってね」
「お姉様もどうかお元気で。もう二度とこのような馬鹿な真似はしないでください」
「それからね、アイミー」
「……何でしょうか」
「私はあなたのことを妹として愛しているのよ。レイロを奪ったのはあなたのためなの」
「そうですか。ありがとうございます」
そんな言葉を誰が信じるのかしら。最低な男を引き取ってあげたと言いたいようだけど、私のためなんかではない。
鼻で笑いそうになるのをこらえて、私はテントを出た。
お姉様のせいで多くの人に労力を使わせてしまった。お礼とお詫びをしなくちゃいけないわ。
そう思った瞬間、大粒の雨が降り始めた。
私の胸の中には、これで終わったという安堵感はなく、これからが本番だという嫌な予感しかなかった。