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現場は『神在月』家の近くということで、仕事をするのであればすぐにでも連れて行ってくれるとのことだった。
せっかく固めた決意が揺らいでしまうのは嫌だったので、俺はその日の内に仕事を受けることにした。
「イツキ様。緊張されていますか?」
「……うん。緊張してる」
運転してくれているのは、俺に『属性変化』を教えてくれたお兄さんだ。
1年ぶりとかに会ったが、全然変わっていなくて安心した。
そして、このお兄さんがいざという時に俺の支援をしてくれるらしい。
「お兄さんは、よくこうして祓魔師を現場に連れていくの?」
「えぇ。免許を持っていない方たちの足になるのも、仕事の1つですから」
お兄さんは「とはいえ」と言いながらハンドルを切る。
「私が足になるのは、第三階位以上の方たちが多いですが」
「そうなの?」
「えぇ。それだけ階位が高くないと、あちこちに行かないですからね。第一階位や、第二階位の方たちですと地元にとどまって“魔”を祓うので、どうしても手一杯になってしまいますから」
「そうなんだ……」
頷いた俺だったが赤信号に引っかかって止まる車の中で、「それはそうかも」なんて思った。
確かに祓魔師と同じようにモンスターの大部分も第一階位から、第二階位。
その階位だと、父親レベルの祓魔師は駆り出されない。
出なくても、現場の祓魔師たちで対処できるからだ。
逆に言えば、第一階位や第二階位の祓魔師たちは、日本全国のあちこちに行っている場合じゃないとも言える。道路に、お店に、そして普通の家に突如としてやってくるモンスターを相手にしなければならないのだから。
「だったら、いつも車に載せる人は高校生とか中学生が多いの?」
「そうですね。既に現役で働かれていて免許を持っていない方たちなので、そうなります。でも、高校生になられた方はバイクの免許を取られたりするので、中学生の方を載せる方が多いかも知れません」
高校生でバイク?
やんちゃだね。
「簡単な治癒魔法であれば私が使えますし、支援もできます。何かあれば、すぐにご連絡ください」
「うん。言えたら」
「………えぇ。お願いいたします」
モンスターの中には、助けを呼ぶことも許してくれないものもいる。
だから俺はそう言ったのだが、お兄さんは申し訳無さそうな顔で声を漏らした。
別に嫌味が言いたかったわけじゃない。
ただ、いつだって助けを求められないということを自覚しておきたかっただけだ。
俺は胸元にかけている『雷公童子の遺宝』に触れる。
黄金色のそれは最悪のときの切り札だ。
それに切り札はこれだけじゃない。
胸ポケットには肌見離さず『破魔札』を持っている。
しかし、これだけあっても緊張というか不安は解けない。
俺が緊張を誤魔化すように助手席の中でシートベルトをぎゅっと握っていると、車が止まった。
「ここです」
「……ん」
お兄さんが車を止めたのは、なんて変哲のない下町の工場だった。
車のドアを開けると、静かな町が出迎えてくれる。
流石に今日は休みだからか、どこの工場も動いている音がしなかった。
「では、私は車の中で待機いたしますので」
「うん。祓ってくる」
お兄さんが付いてこないのは、車の中で聞かされていた。
そういうわけで、俺は歩いて廃工場へと向かう。
向かうと言っても車から歩いて1分も無い場所だ。
工場に向かいながら俺はふと、はじめてのお使いってこんな感じなんだろうかと思った。親が付いて来ずに、近くのスーパーとかコンビニに買い物に行く。
俺がやろうとしているのはモンスターを祓うことだけど、なんか近いものを感じてしまう。
……無駄なことを考えるのはやめよ。
俺は思考を切り替えると、建物の前で足を止めた。
ところどころ錆びた窓枠に、ひび割れたコンクリート。
窓ガラスはいくつか砕けた場所もある。
本当に廃工場だ。
俺は写真で見た場所と全く同じ場所であることを確認しながら、工場の入り口で手を、パン、と叩いた。
柏手かしわでじゃない。
『妖精魔法』の準備だ。
俺がぱっと手を開くと、そこから身長5cmくらいの小さな妖精が3匹立っている。
全員が大きな帽子と、黒いブーツを履いている。
特徴としてはそんなものだ。着ている服はスーツのようだが、そうでもない。
俺は詳しく知らないが、妖精っぽい服とでも呼べば良いか。
そんな小さな妖精たちの名前は『レプリコーン』。
「中、見てきて」
俺がそうやってお願いすると彼らはこくこくと頷いて、2匹がそのまま工場の中に入っていった。
残された一匹は俺の服を伝って肩に登って来ると、そっと耳元で囁ささやく。
『いる。いる。中に1体。大きいのが、いる』
「見えやすいところ?」
『そう。そう。入って、すぐ。馬鹿でも、見える』
「ありがとう。他には?」
『ない。ない。他には、居ない』
……うん?
聞いている限り粉末を作っているモンスターと、それを配っているモンスターがいるという話だったと思うが……。
「他にモンスターは?」
『ない。ない。近くに、居ない』
ということは、今はあの粉末を配りにでも行ってるんだろうか。
「良いよ、そのまま祓って」
『やだ。やだ。俺たち、死にたく、ない』
「……分かったよ」
俺はため息をついて、肩に載せている妖精に静かにするよう伝える。
妖精に腹を立ててもしょうがないので、ぐるりと廃工場の周りを回る。
馬鹿でも見える場所にいると言ったのだ。
入ってすぐなら別に工場の窓からでも見えるだろうと思って、割れた窓ガラスの中からぬっと顔を上げてみると……やっぱり、いた。
モンスターだ。
廃工場の中は思っていた以上に散らかっており、工場こうばのど真ん中に相撲取りみたいな巨漢が座っていた。そして、その周りには天井がぶら下がっている赤い蕾が囲んでいる。
蕾つぼみの大きさは、子供1人くらいある。かなり大きい。
……なんだ、あれ。
俺が蕾つぼみの存在に首に内心で首を傾げていると、その巨漢は天井からぶら下がっている真っ赤な蕾つぼみを右手で握りしめた。
その瞬間、赤い蕾つぼみから、真っ赤な液体がどびゅ、と下に用意してあった汚いバケツに吐き出されたではないか。
その液体を見た瞬間、不思議なことに俺はそれを人の血液だと思ってしまった。
本当に不思議なことに、何故かそう確信したのだ。
俺に見られているとも知らない巨漢は、吐き出された液体の中に左手をツッコむ。 すると、みるみる内に赤い液体がガチガチに固まった。
そして、固まったバケツから巨漢が手を抜けば赤い塊が粉々の粉末になってしまったのだ。
そこからどうするんだろうと思って見ていれば、巨漢はさらさらと粉末を口の中に入れてしまった。そして、べっ、と吐き出す。すると、そこには銀の包装をされた薬包が何本も地面に散らばった。
……え、そうやってたの?
やってることは魔力を用いた『形質変化』だ。
粉末を作り出すほどの魔力を持っていないから、途中までは手作業でやって梱包だけ魔力を使っているんだろう。
梱包は機械でやっているんだろうと思っていたので、やや驚愕。
そうして一連の工程を終えた巨漢は再び赤い蕾つぼみに手をかける。
だが、二度目は無い。
「『風刃カマイタチ』」
俺の詠唱と共に、風の刃が巨漢の身体を真っ二つにした。
赤い蕾つぼみを巻き込んで、男の身体を両断する。
銀の薬包を巻き込んで、巨漢の身体が宙に舞う。
巨漢はすぐに黒い霧になっていく。
ひとまず、謎の薬包の元凶を断った。
次は配達をしているモンスターを祓うだけだ。
工場で張っていれば、その内に戻ってくるだろうか?
そんなことを思っていた瞬間、ごう、と巨漢の黒い霧が渦巻いた。
渦巻いた中から、声が響いた。
『今日も1日お仕事頑張ってますかー? って、あれ?』
黒い霧の中から姿を表したのは、スーツを着た頭の無い人型。
それは工場の中を見回すように身体を動かすと、上半身を傾げた。
『仕事、サボってます?』