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ニキしろ SS
そろそろ暑くなってきた。季節は夏に近づいた頃。桜が咲いていた時期が懐かしくなる。その桜の頃、俺とニキは付き合った。馴れ初めはさておき、今日は久しぶりに2人で出かけることにした。夏服が欲しいというニキの提案から、一緒に買いに行くことにした。ニキのリスナーはジャージばかり着ているイメージだろうから、動画用にもちゃんとした服を揃えて欲しい。
駅でイヤホンをつけながら、ニキが来るのを待つ。もうすぐ着くよ、と連絡はあった。探しに行くのも面倒なので、ある程度の場所を伝えて見つけられるのを待っていた。
「ボビー!おまたせー」
「遅いのぉ、15分待ったわ」
「ごめんって、まぁいつも通りじゃん?」
「まぁいいけどな。行こか」
「まって、ボビー」
イヤホンを外して、歩き出した時ニキに呼び止められる。
「どした?」
「ほら」
ニキは俺に手を差し伸べる。
「ほら、やないよ。何」
「僕達もう恋人でしょ?」
「まぁ……そうやけど」
「じゃあ手、繋ごう」
意外なことを言ったものだな、とそんな顔をしてしまう。でも少し気恥しい。そんなことあまりしてこなかったし。企画や友達として少し手を握ったことはあったが、恋人として手を繋ぐなんてなかった。ニキはまっすぐ俺を見つめている。手を出さないのか?と不思議そうに見つめられていた。
「もし視聴者に見られたらどないすんの」
「別にいいよ」
「なんて言い訳するん」
「企画だって言えば自然でしょ」
「まぁ…」
「ほら。ね?」
「……おぅ」
「ふふ。行こうボビー」
そっと手を差し出すと、ニキは嬉しそうに笑って俺の手を取って引っ張って行った。
行きたい場所があるようで、そこに案内される。道中他愛もない話をしながら歩くが、握られている手の温もりがどうしても気になってしまってあまり話に集中出来ていない。横を見ると近い距離にニキがいる。いつもとあまり変わらない距離感なのに、手を繋いでいることで少し近くに感じてしまう。マスクをしているとはいえ、顔が整っていてやはりかっこいい。この距離で見るとそれがよく分かる。正統派のイケメンだなぁと、改めてこの顔を見て思う。このイケメンがなぜ女の子を選ばず俺を選んだのか、未だによく分からない。不安になる要素ではあるが、手を繋いでくれるほどだから、俺でいいんだろう。きっと、今だけは。
洋服店に着き、互いに物色する。俺も個人的に好きな系統の服ばかりで、ニキを横目で見つつ店内を歩く。
「ねぇボビー、来てー」
「何や」
「これさぁ、どっちが僕に似合うと思う?」
「知らんわそんなん」
「ボビーに選んで欲しいんだよ」
「なんでなん」
「ボビーとデートする時着たいから」
「……デートなぁ」
「そ。だからボビーが好きなやつがいいなって思ってさ」
「じゃあ……黒い方」
「おっけ、じゃあこっちにする」
ニキは嬉しそうな顔をしてそれを購入していた。俺が選ぶ意味が本当にあるのか?と、疑問や不安に思いつつ、それを見ていた。デートと言われてまだ不思議な気持ちになる。今現在も、これはニキとのデートであった。ニキはそういう風に意識してくれているんだろうなと考えた。手を繋ごうとしてくれたり、俺の好みを尊重して買い物してくれたり、俺ばっかりがニキのことを好きなんだと思っていたけれど、実際はニキもそれなりに俺の事を好きなのかもしれない。思い上がりかもしれないが、そう思っていた方が幸せだった。
「俺が選んでよかったんか?」
「いいの、そうして欲しかったから」
「お前……俺の事好きやなぁ」
「大好きだけど?」
「そ、そう…」
少しからかう気持ちで言ったものの、直球で大好きなんて言われてしまって戸惑う。ニキは素直で羨ましいな。それに比べて俺は自分の気持ちにはあまり素直になれないし、恥ずかしくなってしまうから言えない。たまにはニキにも伝えてあげないと飽きられてしまうかな、と、また不安が増えていく。
「お腹減ったな、飯食うか?」
「そうだねー。ちょっとさ、オシャレなとこ行こうよ。この辺で調べたんだよね」
「そうなん?お前が?」
「そりゃそうよ、着いてきて」
また手を取って歩き出す。ぎゅっと優しく手を握られて歩き出す俺たち。なんでニキはこんなに楽しそうなんだろう。俺は緊張でずっとドキドキしているというのに。会ってすぐにニキが言った、「僕達もう恋人でしょ?」という一言から、ずっとそれが頭にあって、これはデートだという認識が少し恥ずかしくて仕方がない。今まで友達として遊んでいた時は一切感じなかった感情が溢れてきて、自分自身がニキへの恋心に追いつけていないようだった。
「ここだここだ、着いたよ」
「おぉ、随分とオシャレな店やなぁ」
「ここの店のハンバーガーが美味しいんだってよ、予約もしてあるから」
「なんか手際良すぎんか?」
「ま、デートだからね」
ニキの行動力に対して驚く。こんなことが出来たのか、と。多分、付き合っていた女の子に対してこういうことをしていたんだろうなと思った。ニキは女の子には優しいし。もしかして、ニキは俺の事を女の子と同じように扱ってくれているのだろうか。顔だけじゃなく行動面までイケメンなのか、とニキを見直した。俺もニキの恋人として、ちゃんとしなきゃならないなと思った。しかし、何を返せるだろう。何をしてあげられるんだろう。俺がニキにしてあげられることがあまり見当たらない。
綺麗な店内に入って、テーブル席につく。メニューを2人で開いて見る。案外メニューが多く、飲み物も色々あるため悩む。しかし、ニキがハンバーガーが美味しいと言っていた。それが気になった。
「ニキが言っとったハンバーガーにしよかな」
「ほんと?僕もそれがいいな」
「同じでええの?」
「全然いいよ。じゃあ店員呼ぶわ」
店員を呼んで、口頭で注文する。店員さんに対しての態度も丁寧なのが良い。そういうところも含めて好きだな、と。動画の話や、この後どうするかなんて話をしながら到着を待つ。
しばらくして、愛想のいい女性店員が俺らの前に商品を並べた。
「めちゃくちゃオシャレじゃね?いいね」
「こういうのあんま来んからなぁ、ええな」
『いただきます』
2人でハンバーガーの写真を撮る。インスタに映えそうな写真だった。載せようかとも思ったけど、ニキがどうするか見てからにしようと思った。同じ写真をあげてもいいけれど、もしこれで付き合ってることがリスナーにバレたらどうしようかと思ったからだ。もちろん仕事以外でメンバーと遊んでいてもリスナーは何も思わないだろうけれど、恋人という関係になってからはそれを少しだけ気にするようになった。なるべく、リスナーにはバラさないように隠していたかった。
美味いなぁと会話をしつつ食べ終わる。会計をして店を出て、また都内を散策する。雑貨を見たり、ゲーミング用品を見たり、また洋服を見たり、靴を買ったり。やはり、道中手を繋いでいた。ニキはそういうのにこだわりがあるのか、俺の事をエスコートするようにリードしてくれるし、とても気遣ってくれていることが分かる。本当に俺を女性のように扱っているように感じていた。
ある程度買い物を終えて日が暮れてくる。いつの間にか夕方になっていた。夕日が見えてきて、辺りも薄暗くなってくる。
「買い物付き合ってくれてありがとね」
「こちらこそ、俺も買ったし」
「この後どうする?」
「んー、どないしよか」
「夜、予定ない?」
「まぁ、特には」
「じゃあさ、ちょっと休憩しよう、来て」
「……は?いや、待て、ニキ…っ!」
少し強引に手を引かれて、路地の方に向かう。人通りの少ない方まで来て、そこはビルが立ち並んでいる場所であった。テナントの看板をよく見ると雑居のビルだけでなく、奥に進んでいくにつれて時間毎の料金プランが書いてあるビルが多くなった。
「ニキ、待って、何するつもりなん」
「いや、これデートだからさ」
「だからってこんなとこ連れてきて…もうそういうことやん、周りにリスナーとかいたらどないすんの」
「誰もいないよ。見てよ」
確かに、周りには誰もいなかった。あれだけ人がいたのに、とても静かで薄暗い場所に来ていた。
「1回さ、来たかったんだよね」
「……は」
「おいで」
「待てって…!!」
人通りのないビル街、薄暗い路地。
横目に見えた料金プラン。
俺は今、ホテルに連れ込まれている。
しかも、ニキに。
男二人で、こういう場所に来たことは勿論ない。
フロントの自動タッチパネルを操作して部屋を選ぶ。人は特に居ないようだ。無人のフロントらしい。ニキが操作を終えた。その間俺は手を繋がれたまま立ち尽くしていた。そして、部屋に向かうためエレベーターに乗る。沈黙が流れて少し気まずい。ニキは何も言わない。俺も何も言えない。ただ手をぎゅっと強く握られている。ニキはずっと離そうとしなかった。
部屋について扉を開ける。目前に広がる部屋の奥に見える大きなベッド。心臓が高鳴る。緊張と、不安が混ざって少し変な気持ちになる。
「なぁ……ニキ…」
「裕太」
俺たちは荷物を抱えたままキスをした。衝撃で俺は持っていたショップの袋を落とした。
軽いキスから、どんどん深く絡めあっていく。ニキの呼吸が熱くなっていくのが分かって、身体がジンジンする。キスを繰り返しながらどんどん壁際に寄せられて逃げられなくなった。
キスを続けて息が苦しくて、それでも気持ちよくて目の前がチカチカする。ニキの吐息が官能的で楚々られる。恥ずかしさでニキのことが見られなくて目が開けられず、耳と体で感じてしまう。
「にき、も…嫌や…」
「嫌、?……ごめん、強引だった」
「違う、違くて」
「違うの?」
「……」
「言ってみて?」
「もう、キスだけじゃ嫌…だ」
恥ずかしいことを言っているのは分かっているけれど、こんなに俺とキスして興奮しているニキを目の前にして耐えられるわけはなかった。
「じゃあ、どうしたいの」
「それ……は」
「僕と何したいの?」
「お前なぁ…!」
「言わないとしてあげないよ」
ニキは俺の腰を撫でながら意地悪な顔をする。
触れられる感覚にゾクゾクしてしまう。
場所も場所だし、ニキもそういうことを考えているとしか思えない。
「……いいんか」
「何が?」
「どうなっても」
「いいよ、そのつもりだし」
「俺、どっち?」
「んー、どっちかなぁ?」
ニキは笑いながら俺を撫でた。
明らかに俺はそっち側だった。
「でも、初めてやしこんなん。男とした事なんて俺…無いで?」
「僕もないって!まぁ、調べてきたから大丈夫。だからここに連れてきたわけだし」
「大丈夫ってお前なぁ」
「優しくするよ。安心して」
耳元で囁かれる。全身にビリッとした感覚が走って腰にクる。
「先にシャワー浴びておいで、待ってる。それか一緒に入って解してあげよっか?」
「い、いや!自分でするからええって…」
「わかった、用意してるね」
「お、おう」
また少し、不安な気持ちになる。ニキは本当に俺とするのが気持ちいいのか?俺とキスして気持ちいいのか。でも、あれだけ興奮しているようだったから、間違いは無いはずだが、本当にここまでしていいのかと考え直す。まだ早いんじゃないのか?でも、ここに連れてきたのはニキだ。答えてあげないと嫌われるかもしれない。ニキにしてあげられることはなんだろうと悩んだのだから、こういう行為も受け入れたい。もちろん、俺自身も嫌なわけじゃないし、むしろ身体を求めてくれるのは嬉しい。でも、初めての経験で不安が募る。
風呂場に行けないまま立ち尽くしていると、ニキが俺を抱きしめた。
「どうしたの、怖い?」
「怖くないけど…」
「やめておく?」
「いや!いや、やめたくは……ない、けど。ニキは本当にええの?俺の事抱けるん?」
「抱けるよ」
「直球やなぁ」
「今すぐにでも抱きたいけん……もう…」
ニキは愛おしそうな声を出して俺の肩に頭を埋めてそう言った。俺の顔は少し綻ぶ。
「今日の裕太、ずっと可愛かったし。洋服真剣に見とる目も、美味しそうにご飯食べる姿も全部可愛かった。こんな裕太のこと独り占めしてるんだなーって思うとめちゃくちゃ幸せでさぁ……」
「……わかった、ニキ」
「ん?」
「用意するからその……初めてやし、ちょっと不安やけど。優しくしてな」
「もちろん、絶対優しくするよ。無理にしたりせんからさ」
「ありがとうな」
ニキを抱きしめ返す。ニキは嬉しそうに俺をまたぎゅっと抱きしめる。
「ニキ」
「なに、裕太」
「好きだよ」
「……僕も。好きだよ、裕太」
またキスをした。恋人だということを確かめる程度のキスを。
END