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朝の日差しがカーテンの隙間から漏れて百子の顔にかかる。やや眩しそうにその眉が顰められていたが、観念したかのように両目が見開かれる。刺すような日差しに両目を瞑りながら頭を起こした時点で、固くない感触を両手に感じて百子は頭をひねった。
(あれ、私……昨日ベットで寝てたっけ?)
昨日は泣き疲れてそのまま廊下でダウンしていたはずなのに、ベットで寝た記憶が無い。昨日のお酒のせいだと思い込もうとしたが、百子は大して酔っておらず、何なら記憶を失うほど飲んだ経験もないので混乱してしまう。ひょっとしたら陽翔が運んでくれたのだろうか。そうだとしたら何だか申し訳なかった。
(あ、お風呂入ってない! まだ6時だしシャワーを借りよう……)
百子は自分のバスタオルを持ってそろそろと風呂場に向かい、崩れた化粧を落としてから手早く髪と体を洗う。昨日は打ち上げで気分が良くなってたというのに、弘樹に会ったせいで台無しになってしまった。腹いせに心の中で弘樹をタコ殴りした百子は、やれやれと頭を振りながら風呂のドアを開けるが、いやにドアが開く音が大きい。向かいから寝ぼけた陽翔が脱衣場のドアを開けたのだった。
「あ……すまん!」
百子が驚いて自分の体を隠す前に、陽翔は勢いよく脱衣所のドアを閉めた。その音で我に帰った百子は、遅ればせながらバスタオルで自分の体を包み込む。何せ半年以上レスだったので、誰かに裸を見せるのは随分久しぶりである。それでも恥ずかしいものは恥ずかしかった。しばらく顔を真っ赤にしていた百子だったが、湯冷めしそうになったので、急いで服を着替えて脱衣所を出る。陽翔が朝食を先に作っているのを見て、慌てて百子は手伝いに入った。先程のことが気まずく、二人は黙々と作業をしていたが、食べる為にソファーに座ると、百子が口火を切った。
「さ、先程はお見苦しいものを……ごめんなさい」
陽翔がため息をついたので、百子は思わず身を固くしていたが、陽翔はそうじゃないと首を振った。
「何で敬語なんだよ……というか悪いのは俺だ。すまんな、茨城……次からはちゃんとノックするから……」
陽翔が下を向いたので、彼があの時の百子を思い出して赤面しているのは百子には見えていない。ハムエッグをしばらくつついていた陽翔は、百子の艶姿を頭から追い出すように味噌汁をぐいっと飲み、話題を変えることにした。
「そんなことよりも昨日は楽しかったのか?」
百子は先程とは別の意味で身を固くした。昨日のあの嫌なことを思い出したせいで、朝食を食べる手も止まる。陽翔はその様子を見てしまったと思ったが、出した言葉は引っ込められない。
「……ううん、何もなかったよ。皆との打ち上げは楽しかったし! プロジェクトが終わったあとのお酒は美味しいし、今までの苦労が報われた感じがするもの」
だが百子は努めて明るく振る舞う。白米もかきこんで食べた百子はにこりと陽翔に微笑みかけた。昨日のことがショック過ぎたこともあるのだが、陽翔から振ってきたとはいえ、朝から嫌な話をするのも嫌だったのもある。今伝えれば気まずい空気になるのは目に見えていたし、陽翔を心配させてしまう。一人で抱え込むなとは言われているが、弘樹の言葉が酷すぎて、それを自分の口からは言いたくないのだ。
「ごちそうさまでした。今日はちょっと早めに処理しないとだめな仕事があるから先に行くね。食器だけは洗っておくわ」
陽翔より早めに食べ終わった百子は、そそくさと自分の食器を下げて洗い始める。陽翔もすぐに食べ終えて食器を下げたが、彼女の背後に回り込んで、逃げられないように彼女の食器を洗っている両腕を掴む。そして彼女の耳元で低く囁く。
「俺には言えないのか。お前玄関で大泣きしてそのまま寝ただろ。昨日何があったんだ」
百子はびくっとして思わず陽翔の顔を見た。いつも以上にその眉間の皺は深く、眼光も鋭い。百子がすぐに目をそらしてしまったので、陽翔は彼女の耳を軽く咥えた。
「ひゃんっ! べ、別に……泣いてない、もん……疲れて寝た、だけ……ああっ!」
陽翔がするりと百子の耳朶に舌を触れるか触れないかのタッチで触れて、思わず彼女は声を上げた。そのまま彼の小さなリップ音がしたと思えば、耳朶をゆっくりと舌がなぞる。その感覚にゾクゾクとしていた百子は、持っている食器を落とさないように一度シンクに置いてから、やや苛立たしげに口にした。
「ちょっと! 私は今日仕事に早く行かないと……っ!」
だがそれも陽翔の唇が首筋に移動してそのままキスされると、百子の言葉は途切れてしまう。いつの間にか陽翔の両腕は百子の胸の下に回り込んでおり、背中いっぱいに彼の体温を感じている。
「隠し事下手くそ過ぎ。昨日俺が帰ってきたらお前は玄関で寝てたから、ベットまでお前を運んだけど、顔に大泣きした跡があったぞ」
陽翔の片手が百子の太ももに伸びて、また小さく声を上げた百子だったが、ベットに運んでくれてありがとうとだけ口にする。陽翔は聞きたいことが彼女の口から全く出てこないでいるので次第にいらいらしてきた。
「礼はいらん。それより昨日泣くほど悲しいことがあったんだろ。早く言え」
陽翔の手が胸を触るか触らないかのタッチで触れ、わざと敏感な所を避けるようについと撫で始める。そして首筋をゆっくりと舐めると、百子の吐息混じりの声がした。
「いまは……っ、いえ、ないっ……」
「じゃあ吐くまでずっとこのままだぞ。お前仕事早く行かないと駄目なんだろ? ならさっさと吐け」
「そん、な……んんっ」
吐息混じりのその声は、ますます陽翔の劣情を煽る。スカートの中にするりと手を入れた彼は、彼女のストッキング越しに太ももを撫でた。小さく高い声を上げたとて、百子は一向に口を割らない。その口から漏れるのは吐息のような喘ぎだけだ。陽翔が言えと促しても、百子は首を振るばかりで、業を煮やした陽翔は彼女のブラウスのボタンを外し、柔らかい彼女の胸の感触を楽しむ。胸の頂をそっと撫でると、それは既に充血しているようで固くなっていた。
「やあっ……」
「敏感だな」
陽翔は首筋に舌を這わせて、軽く胸の頂を摘み、指先でころころと弄ぶ。太ももをまさぐっているその不埒な片手は、下着のクロッチを既に探り当てていた。
「……湿ってるな。期待してたのか?」
陽翔は欲望のままそこに指をゆっくりと這わせる。段々と湿り気を増してきたのを感じてニヤリとしていたが、百子はかっとしてしまい、激しく身を捩った。
「もうっ……やだ! やめてよ!」
さらに百子は肘鉄を陽翔にお見舞いする。さしもの陽翔もそれを予想しておらず、脇腹近くに彼女の肘が当たって低く呻き、両腕から一瞬だけ力が抜けた。その隙に百子は彼の腕をかいくぐって、彼の頬を平手でぶった。乾いた音が一瞬だけ台所に反響する。
「何で強引にこんなことするの! 酷い! 東雲くんのばかっ!!」
顔を赤くしながら、少しだけ涙を滲ませている百子を見て陽翔はやりすぎたと思って謝ろうとしたが、その前にどたどたと音をさせて百子は玄関から外へ出てしまった。陽翔は百子にやり過ぎたことへの謝罪のメッセージを飛ばしたが、当然だが既読がつくことはない。
「……ちくしょう」
陽翔は壁に勢いよく額をぶつけた。ずっと今朝見た彼女の裸がちらついていたのもあるが、百子が自分に隠し事をしているのが許せず、つい事に及ぼうとして百子を傷つけたことに腹を立てる。見え見えの嘘をつく百子が許せない以上に、陽翔は彼女に意地悪をしたことを責めていた。
「もしも……もしもあいつが帰ってこなかったら……俺は……」
百子には一人で抱え込む癖があると分かっていたので、何としても聞き出して楽にさせようとしてあんな事をしたものの、頑として何も言われなかったどころか、それで彼女を傷つけるなぞ本末転倒もいいところだ。
「ちゃんと茨城に謝らねえと」
陽翔はそう決心し、自身も仕事に行く準備を始めた。