夏のあくる日。目がさめる。少しカーテンを開けると真夏の太陽がまぶしく光っていた。
ため息をついて、寝起きの体を無理やり起こす。
服を着て靴を履く。ドアを開けると夏の空が広がっていた。
一歩足を踏み出して、そのまま駆け出す。
少し走ったところに俺の通っている高校がある。立ち止まってフェンス越しに校庭を眺める。そこにあいつの姿はない。
うつむくとうなじが焼けそうなほどに熱くなった。慌てて顔を振ってまた走り始める。
俺は、あの夏、諦めた。あいつと目指していた夢を、諦めた__
~三年前~
「青空!パス!」「星七!」「ナイッシュー!」「「パチンッ」」「さっすが青空!」「星七のパスのおかげだよ」
「やっぱあいつら最強コンビだよな」「何言ってんだよ。西高の空組だぞ?当たり前じゃん」「そんな名前がついてるんすか?」
「ああ、一年は知らねぇか。あいつら、幼馴染でよ、息ぴったりで二人に勝てるやつはいない、って言われてんのよ」
「へぇ~」「あいつらきっとつえーチームに入るんだろうな~」「それな~」「そうっすね」
そう、噂されてた。俺も、星七も。そう思ってた。だけど、違った。
「星七、ちょっといいか?」「はい?」「実はスポーツに特化した〇〇高校から推薦状が来ててな。どうだ、受けるか?」
「えっ?あの、、〇〇高校すか?」「おお、お前の最近プレーはすごいからな」「あざす!受けます!」
「ははっ、よかったな。星七」「はい!」「転校、っていう形になるが、平気か?」「はい!大丈夫っす!」
その会話を聞いてしまった。担任にクラスのノートを持っていこうとしていた。
全身が震えた。大丈夫と言い聞かせた。タイミングが来たらきっと俺にも推薦状が来る。と、浅はかに願っていた。
でも、いつになっても一年たっても来なくて、築いたらあいつが転校する日になっていた。
その日の授業もお別れの会もなんも頭に入ってこなかった。憎いとか羨ましいとかではない感情が胸を覆っていた。
いつもの帰り道、星七といつも通り帰る。ふいに星七が立ち止まって、真剣な顔つきになった。
「俺さ、バスケの強豪校に行けることになったんだ。だからこの時期に転校ってことになって。
ごめん。ずっと黙ってて。」
俺も星七のほうを振り返る。そこには申し訳なさと喜びをにじませた顔があった。
唇をかむ。そして俺はニコッと笑って
「知ってる。知ってるよ。星七、よかったね。俺は、、いけないけど。がんばって。」
するとショックを受けたような顔をした。きっと星七にとって昔のあの約束は何事もなかったんだ、そうわかった。
「青空、、知って、、」
「俺、バスケやめるわ」
「!?待って!青空!」
つかまれた腕をを強引に振り切った。
「ごめん。じゃあね。頑張って」
俺、昔の約束、ずっと大事にしてたよ__
『俺ら、ずっと一緒にバスケしような!』『うん!二人で一緒だよ!』
過去の思い出を振り切ってと俺を呼ぶ星七を無視して俺は走って家に帰った。
そこから、バスケ部はやめた。ただただ普通にいつも通りに学校生活を送った。
ただ、部活がなくなった、バスケがなくなった。それだけだった。
学校に行くのはただただ作業になっていた。
なら学校に行かなければいい。だけど、そうでもしないと俺は壊れてしまうから。終わってしまうから。
何もなくなってしまうから。
行く当てもなく、悲しむ暇もなく、ただただ正しい選択をして前に進む。
そうやって生きると決めた。そしてなにもかも諦めた。つもりだった。
棚の上のボールから目を背けるようにして登校した。
でも、無意識にバスケ部やバスケ部員を目で追っていた。
放課後、気が付けばバスケ部の部員を探して練習を見ていた。体育館や校庭に出て。
星七との思い出のバスケットボールを今でも無意識に触ってしまう。
それでもこれ以上求めることが怖くて前に進めずにいた。
だってバスケをしたいって思ったらきっとうまくなりたいって、星七のところまで上り詰めたいと望んでしまうかもしれない。
いや、絶対にそうだ。でも、望んだら望んだ分、俺は失う。失望して絶望する、それがわかっているから、怖い。
俺は、本当い弱いな、と改めて思い知る。闇に引きずり込まれているように体も重かった。
今日はバスケ部の練習がないのでそのまま帰った。校舎を出ると雲行きが怪しくなっていた。今にも雨が降りそうだった。
空が、天が、俺の代わりに泣こうとしてくれているのか、同情してくれているのか、なんて柄にもない変なことを考えてしまっった。それくらい俺は闇に飲み込まれそうになっている。
「ほんと、情けな、、」
そんな情けない声が、言葉が漏れた。でも、俺は大丈夫。そう言い聞かせる。
俺が弱いだけ。もっと強くならなきゃいけない。ずっと思ってたこと。ずっとわかってて目を背けていたこと。
そのためにしなきゃいけないことを俺は知っている。
自分の意志に、向き合わなきゃいけないんだ。
すると少し体が軽くなって俺は走り出した。
家に帰るとすぐに自分の部屋に向かった。部屋にはいってすぐのところにあるたなの上を見る。
星七との思い出のボールだ。そのボールをなぞる。
俺は、俺は、、バスケが好きだ。バスケをもう一度やりたい。
やっと自分で自分の意志を認められた。
心がとてもすっきりして、心地よかった。
すぐにバスケをするのは無理だ。いや、できるかもしれないけど思うようにプレーはできない。
だからまずは体力づくり。そう意気込んだ。
星七、ごめん。ずっと俺はお前のせいにして。お前が離れていったから悲しくてできなかったなんて言い訳してた。
本当は自分が弱くて一人でやっていく意思が、勇気がなくてできなかっただけだ。
明日は運命の日になる。緊張しながらベットに入った。
そこから俺の人生は再スタートした。
そんな日から一年くらいたってやっと体力が昔くらいに戻ってきた。
後半の半年くらいからはバスケの技や試合方法をもう一度学んで、練習した。
そしてとうとう運命の日が来た。
緊張して震えて冷や汗をかいた手を強く握り、扉をノックする。
コンコンコン
「はい?どうか、、って青空先輩!?急にどしたんすか、、」
「いや、あの、俺、もう一回バスケやろうと思って、、」
「えっ?」「だっ、だから、その、バスケ部に再入部してもいいですか?」
「いや、、えっ?ちょっと待ってくださいね。先輩!東先輩!!」
「んだよ。うるせぇなぁ。って青空!?んでここに、、」
「もう一度バスケがしたい。」「、、、いい顔してんじゃん。来いよ」
慧は俺を体育館に案内してくれた。その顔は一年前とは全然違い、ハキハキしていた。
「ありがと慧。」「たいしたことしてねぇよ。お前、覚悟しろよ。空組のときとは格が違うくらい練習量が増えた。
それについていく自信あるか?」「ある!頑張る!」「まあ、つってもお前、青空だもんな」
思った以上に受け入れてもらえてほっと安堵する。
星七、もうお前は俺の隣にいないし、別の世界にいるのかもしれないけど、俺はここで頑張るから。
今すぐにはそっちにいけないし、うまくもならないけどいつかお前に追いついて見せるから。
そう、心の中にいる星七に語りかけた。
そこからはハードな練習だった。空組のときはもっとゆるくて練習量も少なかった。慧のいったことは本当だった。
ついていけないこともしばしばあった。
「青空!遅いぞ!速く走れ!」「はい!」
後輩の見世物にされている気分だった。まあ、数名は本当に見世物のように見て、笑っていた。
「先輩ってもと空組の青空先輩だろ?あんなよぇのな」「な。でも星七先輩はやべーつえーらしいじゃん」
「じゃあ青空先輩ってただのお荷物だったってことじゃん」「おいそこ!無駄話するな!」
その言葉は俺の心をえぐった。確かに俺は星七のお荷物だった。
そおことは誰よりも俺自身がわかっている。足が止まりそうになる。だけどこれ以上慧を怒らせたくなかったので走った。
涙が出るのをこらえてうつむきがちに走ってなんとかして走り終えた。
そんなこんなで帰ると身も心もボロボロで、ふいに暖かい液体が頬を伝った。
バスケをもう一度やろうと決めたのはつい最近のことなのにもう辞めたくて仕方がなかった。
後輩の見世物。星七のお荷物。下手。そんな当たり障りのない言葉が心にひびを入れていった。
ぼーっとベットに横たわっていると星七との思い出のボールが目に入った。
ある出来事を思い出した。
~~~~
昔は俺のほうが星七より身長が高くて俺のほうがたぶん、バスケがうまかった。
星七より早くにバスケを始めていたせいもあったかもしれない。
俺らは小学校のバスケットクラブに入っていた。そんなある日、体育館に先約がいて近くの公園で練習をすることになった。
星七とバスケをしていると隣の小学校のバスケットクラブの子たちが急に公園に乗り込んできた。
「おい、星七!」「ん?なんだよ」
そいつらは星七を名指しすると突如バスケットボールを顔面に投げつけた。
ふらついた星七の体を支え、
「何してんの?」と諭すとそいつらは
「だって星七、青空のお荷物じゃん。青空はめっちゃうまいのに。お前がいるせいで青空と勝負できねぇじゃん。
この下手!」
星七は下唇をかんで、今にも泣きだしそうだった。俺のなかにある何かが切れた。
「ねえ、それ以上言ったらこのボール君たちにあてるよ?星七はお荷物なんかじゃない!
それにお前らと勝負できないのはお前らが弱いからだよ。そんなんもわかんないの?」
俺は珍しく怒った。星七が驚いた眼でこちらを見ていた。
あいつらは分が悪いと感じたのかそそくさと逃げ帰っていった。
ボールが当たった頭をさすりながら星七は言った。
「青空、ありがとう。青空、かっけぇ!」
晴れやかな笑顔だった。そう言ってもらえることがただただうれしかった。
ガバっと布団から起きる。誰だよ、星七にお荷物じゃないって言ったやつ。
お荷物っていうほうが弱いって言ったやつ。俺じゃん。また泣きそうになるのをこらえて、
俺は星七との思い出のボールを持って家を飛び出した。
昔のあの公園に行く。まだバスケットコートがあった。
あの男の子がバスケをしていた場所だ。
試しに投げてみる。するとゴールは決まらなかった。でも、心の奥底から楽しいと思えた。
俺は、これがやりたい、と。
すると誰かが後ろに立っている気配がした。振り向くとこの前の男の子だった。
「おにいちゃん、バスケしよ!」
『星七!バスケしよう!』
その子が星七と重なった。
「うん、やろう」
俺は迷いなく答えられた。バスケが大好きで、星七と一緒に無我夢中でやっていた時のように。
それから俺らはバスケをやった。無我夢中で何時までやったかは分からない。
家に帰る途中、まだバスケットボールの感触が手に残っていた。
空を見上げる、空は闇に飲まれたように黒い。漆黒だ。
でも、俺にはそれは晴れやかできれいに見えた。決してどす黒くなんてなかった。
俺は、自分の闇を抜けたんだ。そう直感的に分かった。
その瞬間足が軽くなった気がした。軽快に走り出す。
俺はやっぱり、バスケが好きだ。この気持ちだけはずっとなくならず、偽らず持っていた。
気持ちを無視しても目ではバスケ部を追っていた。バスケの授業が大好きだった。
俺、バスケが大好きだ。
そのまま走って家に帰った。
次の日の昼休み、屋上に行った俺はスマホを取り出した。
何年も開いていなかった。開けなかったLINEを開く。
「星七、久しぶり。前はごめん。俺、またバスケ始めたよ。俺、やっぱバスケ好きだ。
すぐには星七のところには行けないけど、いつか必ずお前を迎えに行くから。
お前のところまで行ってやるから。待ってろよ。」
LINEを打って送信する。既読はすぐにはつかない。というかつくはずがない。
だって星七は俺らとは違うあっち側の世界の人間だ。
そのままスマホを閉じて空を見上げる。
いつも教室から見てる空と同じはずなのに、いつもより晴れ渡って見えた、なんていうのは俺の勘違いだろうけど
本当に、本当にそう見えた。
午後七時。青空のスマホが鳴った。
そこには___
「青空、久しぶり。バスケ、また始めたんだな。また青空とバスケやりたいな~。
お前がやることやってこっちまでくんの楽しみにしてる。
お前、バスケバカだからな~、なんでもやんだろ?(笑)
体には気をつけろよ。じゃあ、また会う日まで__ 星七」
この解釈は、あなた次第。あなたはどうとらえる?







