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直哉に持ち上げられて紗理奈はディアの上に乗り、すぐさま直哉も乗って、紗理奈を包むように跨った
信じられないぐらい馬の背は高くて、紗理奈はしっかりと直哉にしがみついた
「少し散歩しよう!」
近くの森へと続く曲がりくねった、乗馬専用道をのんびり進んで行く、紗理奈が頭を撫でるとディアは耳をパタパタした、何となく彼女と心が通いあった気がして嬉しくなった
この子は彼がとても大切にしている子・・・
ディアは初心者を乗せていることを重々承知していて、まるでバレリーナのように優雅に歩を進めた
「どう?馬の背に慣れた?」
30分ほど経って直哉が聞いた
「素晴らしいわ!大好きになったわ!私赤ちゃん生まれたら本格的に乗馬を習いたいわ、でも・・・あなたとディアはいつもはこんなに、大人しくしているわけではないのでしょう?」
直哉はにやりとした
「そうだよ、ジャンプしている所を見たい?」
「見たい!見たい!」
直哉は紗理奈を木陰に残して、ディアに再び勢いよくまたがり口笛を鳴らした
ディアは地面を蹴り上げギャロップの体勢に入った、瞬く間に直哉とディアの姿は、草原の彼方に遠ざかって行った
ディアのたてがみがなびき、揺れる尻尾はまるで炎のようだ
直哉も髪を風になびかせ、美しい横顔をさらして草原を駆け抜ける、馬と人は一体になり、紗理奈の目の前の柵を勢いよく飛び越えた
一瞬その姿は重力から解き放たれ、空中に浮かんだかのように見えた
地響きをあげて着地すると、ディアはまるで我こそが神の化身であるかのように、鼻を鳴らして誇示した
「キャーッッ!すごい!すごい!おみごとだわーーーー!! 」
紗理奈は拍手喝采でずっと叫んでいた、直哉が戻ってくるのを興奮して迎えた
「ディアは空を飛んでるみたいだったわ!」
「実際アラブ馬は風をのむ馬と呼ばれているんだ、さぁ昼飯にしよう、お福さんが色々持たせてくれた」
それから二人は大きな樹木の木陰で、ピクニックシートを広げ、お福さんが用意してくれた昼食を食べた
陽射しはのどかで、風は気持ちよく、木漏れ日が水面のように騒ぎ、真っ白な紗理奈のワンピースのスカートやノースリーブの腕にも淡い影を落とし、風が吹くたびそれがユラユラ揺れた
乗馬ブーツも靴下も脱いだ直哉は、ひざ丈までズボンの裾をめくり裸足になった、紗理奈もそれを見習って靴を脱いだ
暫くして直哉の太ももを枕にして、紗理奈がゴロンと寝そべった
今は直哉がシャインマスカットの房から一粒づつ取り、せっせと皮を剥いて紗理奈の口に、忙しく放りこんでいる
紗理奈は直哉の膝枕で横になり、口を開けるだけでよかった、甘くて大粒でジューシーなマスカットが、どんどん口の中に入って来る
紗理奈は口いっぱいにもぐもぐ食べて幸せに浸った
ふぅ~・・「もうお腹いっぱい、あなたは?マスカットいらないの?」
「俺もいただくよ」
そう言うと直哉は紗理奈の頭を、ぐいっと持ち上げて上を向かせ、唇を重ねた
直哉の舌が執拗に紗理奈の口の中を探る
「ん・・・ん・・・・ 」
途端に体中に火がつけられたようになり身をよじった
「うん・・・このマスカットは甘いな・・・・」
「・・・食べられちゃった・・・」
「もっと食べさせてくれ・・・」
涼し気な木の木陰で、自分の膝に寝ている紗理奈の唇を、直哉がさらに貪った
直哉の片手が紗理奈の髪に走らせて弄び、頭を撫でる
紗理奈の世界が崩れていき、意識にあるのは歓びと欲望と全身を貫く、うずきだけになった
紗理奈は彼と愛を交わしたくて、しかたがなかった
あまりの甘美さに圧倒されそうだ
キスが終わって唇が離れるまでには、頭のてっぺんからつま先まで広がった、震えが止まらなくなっていた
焦点があわない紗理奈の瞳を覗き込み、彼自身も欲望を抑えるのに必死なような表情をしていた
ボソ・・・「え~っと・・・事務所を・・・案内するはずだったよな?」
「・・・ええ・・・行きたいわ」
「もう一度だけ・・・」
紗理奈は幸せな気分で、また木漏れ日の中目を閉じた
温かい唇の感覚と、直哉の頭の影だけが
瞼の裏で揺れていた
そこから二人は牧場の入場ゲートにある、大きな事務所に向かった
直哉は事務所に入ると、少し仕事をするから自由に過ごしてくれと、紗理奈に言った
直哉の言葉通り紗理奈は大きな事務所を、ブラブラして見て回ったが
一つの事務机にあった彼のお兄さんが、読んでいると言うSF小説の文庫本数冊を抱え、入口にある真っ黒の、革張りの応接ソファーに腰を降ろした
彼の方は何個もある事務机の、一番奥の一番大きな机に向かった
デスクトップパソコンに電源を入れ、一週間の天気を調べ、牧場の柵に流れている高圧電力の数値を確認する
各厩舎の従業員にチャットで用事を伝達し、帳簿を長い間調べ、レシートの山に目を通す
そして電話を2~3本かけ、何枚か小切手を切った
紗理奈は忙しく事務仕事をこなしている、彼の後ろ姿を唖然として見守った
こんな彼の姿を見るのは始めてだ
厩舎の周到な運営ぶりから見ても、彼は他のすべての事と同様、几帳面に違いない
今は彼はあごに手を当て、眉をひそめて1通の手紙を熱心に読んでいる
途端に紗理奈は彼への愛で胸が高まった、先ほど馬に乗っている彼、仕事をしている彼
期間限定の恋人で一緒に遊んでいる時の彼とは大違いだ、一体自分は彼の何を見ていたのだろう
ふと直哉がじっと見つめている紗理奈に気が付いた
「ごめん・・・退屈かな?本はどう?おもしろい?」
「ええ!とっても」
紗理奈はもう少し彼の傍で、仕事ぶりを見ていたかったので軽い嘘をついた、物語などこんな時に頭に入ってなんかこない
そこでアラブ種のディアたちが、何億もすることを知った
「アラブ馬を何頭飼ってるの?」
「今の所12頭で他の品種が40頭」
「すごい・・・」
改めて彼を尊敬した
「他にもまだ全部農場を見せてもらって、いないでしょう?」
「ああ」
「おれが実際に手をかけているわけじゃないんだが、ウイスキーを作っているよ。去年からこの牧場で出来たウィスキーをドイツにも卸しているんだ、もっとも今はウクライナの戦争でまったく利益にならないがね・・・かといって日本のウィスキー産業に、入っていけるほどブランド力は持ってなくてね」
本当に彼は凄い・・・一介の物書きには想像も出来ない、この広大な土地の経営、このような富に紗理奈は驚いた
「すまない・・・あと数本電話をかけないと行けないんだ」
「私お昼寝したいから、ここからなら母屋まで近いから散歩がてら、ブラブラして帰るわ 」
「危ないぞ!」
「まぁ!過保護さん!私は赤ちゃんじゃないのよ」
しぶる直哉を事務所に残して、紗理奈はルンルン散歩しながら母屋に続く小道を歩いていった
爽やかな残暑の日差しに世界はもっとも、色が濃い空気を漂わせている
ゆらゆらと立ち昇る陽炎の向こう側に、紗理奈の鮮やかで真っ黒な長い巻き毛が、揺れて景色にめりはりを与えていた、帽子を買ってやらないと
暫く直哉は事務所の入口に、立ったまま戸口にもたれ、紗理奈の姿が見えなくなるまでそこに佇んだ