「おはよーございまーす」
出来るだけ自然を装いながら明るく挨拶を放る。恐る恐る入るスタジオには若井も元貴も姿が無かった。なんだ、遅く来る必要なかったかもな。引き締めていた気を抜いてマネージャーに話しかけに行こうとした瞬間、肩を掴まれた。
「涼ちゃん、おはよ」
「うぇ!?…も、元貴か…びっくりしたぁ」
振り返るといつも通りの元貴。声が出たのは演技ではなく素だったので、少しだけ照れて声が裏返った。これだと緊張しているのが丸分かりじゃないか。それに昨日の事が雑念として片隅にあるので、顔が熱くならないよう考えないようにしないと。元貴の後ろからひょっこり顔を出した若井もおはよ!と声をかけてくる。あれ、若井…。元貴と一緒にいたのか?なら何故言い合いのひとつも起こった感じがしない…?不意に若井が元貴の肩を優しく叩き、2人が頷き合う。そして1度離れた元貴が近付いてきて小声で囁いた。
「今日終わったら公園で話せる?ほら、ここのスタジオからすぐ近くの」
「え?あー…。うん、分かった。大丈夫だよ」
そう言うとスタスタと若井の元へ去っていった。ずしんと体に重りのようなものが降りかかる。わざわざ公園、か。公園に呼び出しといえば、少なからず告白のイメージを持つ人も居るだろう。でも形上俺達は既に付き合っているので、まさかその逆の…。嫌な考えが過ぎった。朝考えた通り、昨日大人気なくカッとなってしまったんだ、無理もないと自嘲した。1回限りで、捨てられる。きっとそんなに珍しいことではないだろう。
期待しない、そう割り切ろうにも重りが動きを遅め、いつもの倍の感覚で時間が流れて行った。
◻︎◻︎◻︎
「じゃあ若井、俺達は一緒に帰るから」
打ち合わせの為会議を繰り返し、ただでさえ流れが遅かったように感じたため終わった時には疲労困憊だった。元貴はその真逆のスピードで、今ウォーミングアップを終わらせた様に生き生きしている。あの終わっても居座るで有名な彼が最速で帰る準備を整えていた。その行動を見るだけで、心の重りが昨日ボロボロになった体をどんどん痛みつけてくる。
「涼ちゃん、行こ」
「…あ、うん」
若井を振り返ると、気にした様子もなくひらひらと手を振っていた。何かおかしい、あの元貴が噛み付いてこないし。スタッフらに挨拶し足早にスタジオを出る。
夜でも明るい町を出来るだけ人に会わないよう潜り抜け、目的の公園に着く。その間ほとんど言葉を交わすことが無く、反対にずっと、どくっどくっと心臓が煩かった。入口で丁度カップルが1組すれ違って出ていく所だった。あまり広くないが十分整えられたここは俺達以外誰もいないようだ。
パッと見外の人からなら死角になるところまで来て、少し先を歩いていた彼がピタリと止まった。顔が良く見えず、どんな表情でどんな意図なのか分からない。こうやってこんな立場で会えるのは最後かもしれない、だから。
意を決して、元貴に声を掛ける。
「…ねぇ、元貴。僕さ…」
ドシン、と。
俯きかけていた俺の胸に、衝撃が走った。
突然過ぎて後ろによろけるがなんとか持ちこらえた。元貴が飛び込んで抱き着いて来たのだ。まだ痛い腰に響いたが、背中に回された手がぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
「涼ちゃんっ!…涼ちゃん、若井から聞いたんだ。俺ね、ずっと勘違いばっかりしてた。自分が傷つきたくないからって全部涼ちゃんに押し付けてた…。ごめん、ごめんね涼ちゃん」
胸に顔を埋めているので声がくぐもっているが、涙混じりの謝罪だった。鼻をすすり、君は続ける。
「俺めっちゃ不器用だけどさ、誰よりも涼ちゃんが好きで大事なんだ。俺のせいで涼ちゃんと居られなくなるって分かった時、やっと涼ちゃん会うために生まれてきた、そう思ったんだ」
胸から顔を上げ、涙目の元貴は上目遣いで見つめてくる。なにか言おうと口を開いた時、君が一足先に喋り出す。
「涼ちゃん。俺がやってしまったことは無かった事にならないし、許して貰えないと思う。…だから、改めて、反省して今度こそ幸せにしたいから。俺とこれからも一緒に居てくれませんか…っ!」
先程まで煩かった心臓が打って変わって、とくん、とくんと喜ぶように高鳴る。
あぁ、もう。本当にお前はいつもずるい。
「…元貴、僕も言いたい事があるんだ」
肩を掴んで、一旦君を引き剥がす。不安そうにこちらを見つめて、元から整っていて幼い顔立ちなのに更に可愛げが増している。お前の方こそ、その危なっかしい見た目と性格でいつもいつもこっちを不安にさせてんだよ。
だから、告白された時、夢かと思う位嬉しかった。
微笑むと、君も安堵したのか釣られるように微笑む。
1つ息を吸って、気持ちを打ち明けた。
「僕…。いや、俺ね、元貴のことが大っ嫌いなんだ」
その瞬間、笑顔が固まる。
え…?涼ちゃん…?と信じられないような、でも俺の言ったことは揺るぎない事実で君の顔に脂汗が浮く。それでも俺は言葉を続けた。
「出会ったときから、今日までずーっとね。君は俺を壊したんだ。作り上げてきた平穏な日々を。虫唾が走るし、殺意が湧いたこともあるし、元貴がいなければ孤独を孤独として認識しないままだった」
みるみる顔が青ざめていく。力が抜けそうになった君の肩を掴み直して、名前を呼ぶ。虚ろな目でこちらを捉えたところで、続けた。
「…でも、同じくらい自分が嫌いだ。」
はっと元貴の目が見開かれる。ぱくぱくと声にならないが口を動かしていたので、俺はとりあえず続きを言う。
「自分のダメなところはいつも隠してばかりで、ふわふわで天然な不完全な完璧…そう、『涼ちゃん』を演じてあまつさえ愛されようとした。本来はこんな、これが俺だよ。本当の、粗くて脆い内側の『藤澤涼架』そのものだ」
ふじさわ、りょうか…と君は漏らす。そうだよ、初めまして、ねえ元貴。俺はお前が大嫌いだけど、同じ位、それの倍以上の思いで元貴に恋してるんだ。
「元貴は、ちゃんと見てくれてる気がしたんだ。いいよ、って、それが作り物でも関係ないって。勝手に期待して、大嫌いなはずの元貴に恋をした」
俺の事で喜んでくれた、あの日から。
満面の笑みを向けてきた、その瞬間から。
その瞳は俺を掴んで離さないんだ。
「こんな俺でも、本当に愛してくれる?」
俺だって大概ずるい。
嫌いだけど、好きで、ふわふわだけど、本当は粗い。無茶苦茶で我儘極まりない。それでも愛せなんて、よっぽど俺に心酔しているか、はたまた愛を知らないくらいのやつしか___。
「っ勿論!!涼ちゃんだけを俺は、愛したい…っ!」
叫びに似た返事。覚悟。
やっと、想いが通じ会えた気がする。
頬に一筋の何かが伝った。触ると濡れていて泣いていることに気が付く。今泣いてるのは、どっち?僕か、俺か、それとも…。
「…ね、涼ちゃん。演技なんてきっとみんなしてるんだよ。家に一人でいる時と、会社や学校に出て大衆の前にいる時、親や友達、恋人とかの気を許した人といる時。どれも全く同じ人なんていないと思うんだ」
でも、違いなんて誤差でしょ?結局は全部、涼ちゃんなんだから。そう言って元貴は手を広げる。
眩しいな、恋ってこんなに美しいんだね。
また1つ、君に教わる。
「涼ちゃん…いや、『涼架』。おいで。」
元貴も泣いている。俺は君に抱き着いた。今度は、離れないように必死じゃない、暖かいハグだ。
「涼架、ごめん。大好き、もう離れたくない…」
「俺、っ俺も…元貴が、大好き…」
ほんのりと優しく鼻をくすぐる香水、俺より小さいけどがっしりしている体。そして耳に心地よく響くオフの元貴の声。あぁ、安心する。
薄っぺらい話だ。いつ壊れるか分からぬま、不格好でおかしな喧嘩を終えて俺達はまた繋がる。
そんなもんなんだろう、きっと。
歴史の織物もそうやって自然に紡がれてきた。中身スカスカで口ばっかりの自分だけ特別な待遇みたいに思っている人達。俺も、君も。まるで醜いかもしれないけど、笑い飛ばしてやる。
秋の風が吹き込む。ふと上を見ると、色づいてきた木々は、生命の濃度を感じた。背景なんかじゃなく彼らもきっと主人公のように必死に生きている。
俺達も、きっと。
◻︎◻︎◻︎
読んで下さりありがとうございます。
1週間程空いてしまい申し訳ないです…。がっつり体調を崩しておりました。何はともあれ、VIPこれにて完結です。
大森さんが込めた思いは、矛盾とか皮肉とか、人間のどうしようも無い部分があっても諦めず、向き合っていこうという意味でラブソングとしたのかなぁと。ならまずはあのふわふわの可愛い担当、涼ちゃんの二面性を作り上げるかと思い立ち、この作品が出来上がりました。そんな彼を愛すために生まれてきたのが、元貴くん。
愛のために生まれてきた彼と、愛を知らないように生きてきた彼。
この2人をくっつけるだけの、薄っぺらなストーリーかもしれない。でも人生ってそんなもんなんです。未完成で不完全なまま進んでいく。そしてその時産まれた沢山の苦労は周りが背負う。これは若井さんの役割になります。それらを上手く表現できていたかは分かりませんが、楽しんでいただけた方がいたら、そして彼らを愛してくれたら幸いです。感想お待ちしております〜
それと、今日はもう1つお知らせを投稿します。
今後も是非よろしくお願いします。
コメント
2件
完結、ありがとうございました〜☺️私、このお話好きです❣️最後は💛ちゃん素直になれて、想いが通じあえて、良かったです💕